6-7: 新しいみちへ
満員のホールに万雷の拍手が鳴り響いたとき、アタシの目からは自然と涙がこぼれていた。慌てて拭おうと思うよりも早くそれをフウマに見られてしまう。いきなり鼻をすすったからバレバレだったのは間違いなかった。
「感動したのか?」
「……うん」
正直に頷くと、フウマは何故か満足そうに頷き返した。
「……何でだろうね。よくわかんないや。アタシ、音楽聴いて泣いたことって無いのに」
「別に、悪いことじゃねえだろ」
「ありがと」
自分の気持ちの置き所が最近はよくわからなくなっている。何かがアタシの中で変わり始めているせいなのか。それとも何かが退化してしまっているのか。結局そのどれもが答えじゃない気はするけれど、これが『今のアタシ』ってことでこの涙といっしょに受け流しておくことにした。
「さてと!」
切り替える意味も込めて、ちょっとだけ大きめの声を出しながら立ち上がる。
「……そろそろ行かないと」
「委員?」
「そ」
「サンキューな、わざわざ時間作ってくれて」
フウマに、首を横に振って答える。アタシとしては『こちらこそ』という気持ちでいっぱいだった。
――――だから。
「じゃあ、アンタとのデーティングは終わり、ってことで」
「……あークソ、先に言われたか」
「わ、やっぱり? あっぶな」
ここ何日かはナミの方まで妙に距離を取ってきたあたりでも察していた。ナミの中ではアタシもフウマとお試し期間を作って、どちらかに何かしらの決断をしてもらおうとしていたのだろう。しかもナミとしては、どちらかと言えば、アタシとフウマがくっつけばそれはそれでいい、みたいなスタンスで。
だったら――とアタシがフウマに提案したのは、煌星祭の三日目にいっしょに過ごす時間をデーティング期間にしてしまうことだった。実際は互いに結論は出ているけれど、体裁だけのお試しはする。学校祭も見て回ることもできるので、一石二鳥くらいの効果はあると思ったのだ。
「オレから言うつもりだったんだけどなぁ。あー悔しい。一本取られた気分だ」
「ふっふー。アタシに勝とうなんて甘いのよ」
――内心ハラハラしてたけど、まぁいい。同じ思考回路だったというところにも、今は目を瞑っておくことにする。
「フウマは書道部のところにでも行ってきてあげて」
「おう。お前は……」
「アタシは、……後夜祭のときかな」
「そっか」
じゃあ行ってくると爽やかにホールを出て行くフウマを見届けてから、アタシもゆっくりと委員の持ち場に向かった。
○
後片付けを出来そうなところは閉幕式前から片付けをするということになっているため、一般の来場者が来なくなったところは既に『祭りの後』状態。早々に装飾品が撤去されていくところを見ると何となく味気ない気もしてしまう。とはいえ、学校的にはこの後夜祭が終わった瞬間に夏休みに入るわけだし、アタシも含めて部活がある生徒は明日も学校には来る。部活は屋外だけじゃなく、校舎の中や一般教室を使うこともある。残念ではあるけれど、いつまでも放置しておくわけにもいかなかった。楽しい時間にはやはり終わりが来るのだ。
夕方五時半を回り、すべての来場者が出ていったところで、いよいよ片付け作業が本格化する。教室や廊下など学校内の飾り付けはもちろん、ホールなども通常通りに復元させなくてはいけない。そしてタイムリミットは閉幕式の三十分前。閉幕式のときまでに残される煌星祭の証は、開幕式のときにも使われていたグラウンドのオブジェくらいだろうか。
「ふう……」
次の持ち場に移動する前に一度教室に戻れそうだったので、ついでに寄ってみる。窓や壁の装飾はキレイに片付けられていて、あとは教室に机や椅子を戻せばいつでも授業が出来そうな状態になっている。実のところ、こういった作業を疎かにすると発表内容の審査に悪影響を及ぼす可能性があるという『脅し』が全クラスに知れ渡っている。この具合だとウチのクラスに関しては安心できる片付け状態だった。
「星凪ちゃん、おつかれさまー」
「おー、まなみんちょー。おつかれー!」
数名残っていた生徒のひとりは我らが学級委員長だった。
「片付け、これで大丈夫だよね?」
「バッチリでしょ。減点対象にはならないと思うよ」
「よかったぁ」
心底から安心したように胸をなで下ろすまなみんちょ。実際この様子なら、同じクラスだからという贔屓をしなくても大丈夫だろう。
「星凪ちゃんは? まだおしごと?」
「うん。たぶん後夜祭終わってもうちょっとくらいまで」
そっかぁ、がんばって、なんて他の子たちにも言われつつも、アタシは周囲をチラチラと見る。アストのカバンは、まだある。後夜祭までには校舎の施錠も行われることになっているのでここには必ず戻ってくるだろうけど、吹奏楽部の撤収作業などはまだかかりそうな雰囲気はあった。
「羽田くんは戻ってきてもう外の方に行ったけど、夏海ちゃんと叶野くんはまだだよ」
「うっ」
アタシの視線だけで勘付いたということなのか。察しが良すぎてありがたいけど、ちょっとびっくりする。
「……よくわかったね」
「だって、いっつも仲良しでしょ」
返す言葉もない。
「あ、いた! 白水さーん!」
「はい?」
「時間だよー!」
「え? ぅわ!」
廊下から呼ぶ声に振り向けば実行委員の仲間。時計を見ればもう休憩なんてしていられない時間になってしまっていた。
「ごめんね、そっちはあとよろしくね!」
「うん! ……と言ってもほとんど作業は終わってるけど」
たしかにそうだった、と苦笑いを返しながら廊下へ出ようとして、もう一度まなみんちょに声をかけられる。
「メッセージでも何でも送っておいた方がいいよ!」
「……わかった!」
作業に入ってしまったらそのまま忘れて後夜祭の時間になりそうだと思ったアタシは、早足で次の持ち場へ向かいつつ、持ち場につくとすぐにこっそりと彼にメッセージを送っておいた。