6-4: 突然の百合宣言
日頃体育の時間に使われる陸上グラウンドのど真ん中に、今年のテーマである『疾風』をイメージしたらしい大きなオブジェが置かれて、三日間に渡る今年度の煌星祭が開幕した。このオブジェは、あるときの実行委員がノリで作ったモノがスタートだったもので、それが恒例化し、その後は実行委員ではなく有志を募って製作するようになったものだ。
テニス部の先輩が言うことには、こうして置かれているオブジェは年々大きくなる一方だとか。もっとも、大きくしているとは言っても、かつてはセンチ単位で大きくしていたが、安全のために今はミリ単位に絞られているらしい。『らしい』というのは、例年既定通りに作られているかの確認が終わった後で勝手に修正がされているから。黙認してたら意味が無いと思うけれど、とりあえずはお咎め無しで来ているそうだ。
とにかくスタートから高校の学校祭にしてはやたらとド派手な印象だが、その感覚は間違っていないらしい。
「はぁ……」
「祭りのはじまりだってのに、なーんで星凪はため息なのかね」
完全に呆れているのはユミ。煌星祭開幕式は学年や学級の区別なく自由に参加できるということもあって、アタシはこっそりと隣のクラスに紛れ込んで、ユミの真横をしっかりとキープしていた。
「別にぃ」
「ってことは無いでしょうよ。アンタは最近ワンパターンなの」
「あうぅ……」
言い訳無用とばかりに、ユミはアタシの言葉を強制シャットアウトする。どうもアタシは最近誰にも――とくにユミには――頭が上がらなくなっているような気がしてしまう。だけどそれと同時に、いろんな人に助けてもらっているんだということも感じる。
「最初に見たときから、星凪ってしっかり者なイメージだったんだけどなー」
「いや、それは無いでしょ」
「そこらへんの否定だけは早いよね、自己評価が低すぎっていうか」
だってアタシとしては、それが事実だと思っているのだから仕方がない。
白水は褒められ慣れてないような気がする、なんて言うような内容のことは同級生どころか先輩からも先生たちからも時々言われたりする。アタシとしては全くそんなつもりはないのだけれど、周りからはそう見えるらしい。
「とりあえずさ、このムードに乗せて今まで私に隠してたこと言ってみなよ」
そんなことを言いつつ、ユミはアタシの肩を抱いてきた。なにそのイケメン的包容力は。シチュエーションとか精神状態次第では、コロッと惚れちゃうかもしれないから勘弁して欲しい。
「……ねえ、ユミ。アタシはときどき、アナタがアタシに盗聴器か何かを仕掛けてるんじゃないか、と思うワケなんだけど」
「失礼ね。それだけ最近の星凪がわかりやすいってことでしょうよ」
そこまで言われたら諦めるしかない。今までユミには言ってなかったアストに好きだと言われたことも含めて、勢いに任せて打ち明けることにした。途中で茶化してくるかと思っていたけれど、ユミは結局アタシが話し終わるまで真剣な表情を崩さずに聞いてくれた。
「……星凪って、思ってたよりウブだねえ」
「それは否定しないけどさぁ」
――最後まで聞いた上でしっかりと茶化してきたことについては、目を瞑ってあげることにした。聞いてくれたことには間違いなく感謝しなくちゃいけないし、そもそもこれを否定したところで結局はボロを出すことなんて、自分がいちばんわかっているつもりだった。
「だって実際、ユミがアタシたちのところに来てあんなことを言わなかったら、アタシたちこうはなってなかったからね」
「なになに? さては、私が諸悪の根源だってこと言いたいの?」
「違うってば。逆、逆。恋のキューピッド役ってことだってば」
たしかに、アタシたちの関係が動き始めて、あるいは崩れかけてしまったそのきっかけをつくったのは紛れもなく五月の連休前にユミが言い放った『どの組み合わせで付き合ってるの?』というセリフだった。あの言葉が無ければきっと、ナミがフウマに告白することも無く、アタシがフウマに抱いていた感情の元に気が付くことも無かった。――もしかすると、アストがアタシに好きだと言ってくれることも無かったかもしれない。
「でもさぁ。最終的に私がキューピッドになるかどうかって、星凪次第でしょ?」
「へ?」
「だってそうじゃん? 星凪の気持ち次第みたいなとこあるっしょ」
不意打ち。たしかにユミの言う通りかも知れない。
だけど――。
「それは、だって……。ほら」
「ん? え、もしかして、気持ちは固まってる、と?」
「…………うん」
自分でもびっくりするくらいに自分の言葉を噛みしめた。気持ち次第と言われてようやく、『ああ、そうだったんだ』と確信できたような気がする。自分だけでもムリだったし、あの三人とでもムリだったかもしれない結論の導き方だ。
またしてもユミには感謝することが増えてしまった。そんなことを思いながらユミの方を向くと、ユミは両手をぎゅっと握りしめて何かを耐えているように見えた。どうかしたのだろうか。眉間に皺が出来ていくのが無意識でも感じられてしまう。
「え、ちょ、ちょっとユミ。どしたの」
「ねえ、星凪」
「な、なに?」
「私も星凪に告ってイイ?」
「…………は?」
だいぶ無言の時間を長く取った上で、たった一音だけの返事をする。やたらと力強い視線に思わず後ずさりそうになるけれど、それよりも明らかに早くユミが距離を詰めてくる。それこそ、テニスで前衛を守っているときに、ふわりと浮いてきた球をボレーするときの寄せ方に良く似ていた。
「んーと? ちょっと言っている意味がわかんないんだけど」
「星凪、今のアンタ、ちょっと可愛すぎる……!」
「ちょ!? こら、ユミ!」
全力で首に抱きつかれて、そのまま頬擦りまでされてしまう。何をされているのかは理解できるけれど、何故それをされているのかは全く理解できなかった。
結局開幕式が終わって解散になるまで、ユミはひとしきりアタシに頬擦りを続けていた。恋する乙女はカワイイのよ、なんて別れ際に言われたけれど、何かのセリフの真似だったりするのだろうか。とりあえずわかったことは、ユミのクラスメイトたちがアタシたちに向けていた生暖かい視線は、アタシの脳裏からはしばらくの間離れないだろうということだった。