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十二支史 召喚獣が獣耳少女で困る   作者: 佐藤 白
第二章 黄泉帰り
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くたびれた男

 人気が無い所か魔獣ひしめく大地の上空に転移させられた白衣の男。彼は視界の端に岩の槍を並べ立てたような巨壁を捉えた。


「(返しの内側となると此処は冥界。この国らしく言えば黄泉國だったか。まだ境界が見える以上、上層のどこかだろうが面倒な所に飛ばされたな)」


 辺りを観察する男の視界が不意に遮られる。

 複眼をもつ怪鳥によって丸呑みにされたのだ。その喉を突き破って出て来た男の腕は異形化していた。

 だが、休む間もなく地上から巨大な多頭蛇が大口を広げて迫ってくる。男は障壁を盾にしながら足場として跳躍することで怪鳥の巻き添えとなることを回避した。


「これでは落ち着いて会話も出来んな」

「なんだ。本当に話し合いがしたかったのか?」


 男の前に現れたエトが扇で扇げば、凄まじい突風が龍の咢の如く男に喰らいつき、かなりの距離を吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。


「昔はこの辺りに住んでたんだが、何でか魔獣も寄り付かないんだ。此処なら多少は落ち着いて話も出来るだろ」


 雷を伴う暴風雨が空模様を一変させ、周囲の草木や砂利を巻き上げながら渦を巻き、空間さえも捻じ曲げる。その中心に降り立ったエトは胸が膨らんだだけでなく背が伸び、長い黒髪を風にたなびかせる女性となっていた。


『断空の大竜巻』


「これでもう転移は出来ねえぞ。取り敢えず知ってることは洗いざらい吐いてもらおうか」

「器用な真似をする割に乱暴なことだ」


 土に埋もれえた男は起き上がることもなく、異形化した腕を元に戻すと、そのままの体勢で話し始めた。背骨が折れたせいか、それとも戦意がないことをアピールするためか。後者だとすれば、エトが追撃を加えない程度には戦意を削ぐことに成功していた。


「そう遠くない内に世界が滅ぶとしたらどうする?」

『『『『『『『『『『『『……』』』』』』』』』』』』

「何の話だ?」

「もしも……仮定の話だ」


 エトは少しだけ考えてみた。しかし、世界が滅ぶというのがいまいち想像できない。


「とりあえず世界が滅びないように頑張るわ。ダメだったらダメでしゃーなし」

「フッ」

「おい、笑うならきくなよ」

「いや、余裕のある強者らしい答えだと思ってな」


 咄嗟に反論しようと思ったエトであったが、反論するような内容でもないなと思い直した。十二支たちの協力があれば大抵のことはどうにかなる彼にとって危機的な状況というのは非常に限られる。常に手段を選ぶだけの余裕があるのだ。もっとも、いざという時は十二支たちが手段を選ばなくなるが。


「私も立場上そうありたいものだが、性分でね。足掻くよりは諦めて心残りのないようにと思ってしまうわけだ」


 お前や他の連中が羨ましいと男はぼやく。


「現在に至るまで遺されたものを見れば少しはモチベーションも上がるかと各地を巡ってみたが、そう上手くはいかないな」

「もしもの話じゃなかったのか?」

「もしもの話さ。ただ、可能性が高いというだけで」


 男は天を仰ぐように空を見上げた。雲が渦を巻く巨大な竜巻の中心は一転して雲一つ無く晴れ渡っている。


「数ある星の一つが消える。それだけだ。そう考えると世界というのは言い過ぎだったな」

「それって同じじゃね?」

「いいや、星一つ消えるだけならこの星を出ればいい」

「そんなこと出来るのかよ?」

「極少数で短期間ならばともかく、大勢抱えて移住するとなると未だ夢物語。それをどうにか実現させるのが仕事なのだが、解決すべき問題なんて星の数ほどあってな。気が滅入ってしょうがない」

「それでやることが人を攫って獣化させることなのか?」

「あれは前任者から引き継いだ仕事だったが、実にそそられない研究だったな」

「お前、人を何だと思ってやがる?」

「お前達のような獣憑きや人擬きを人間扱いするのは人間に失礼だと思わないか?」

「そうかよ」


 エトは掌に風を集めながら吐き捨てた。束ねられ圧縮された大気が熱を帯びて光を放つ。


「もういいから神主のおっさんがどこ行ったのかだけ知ってたら言え」

「さてな」


 再び天を仰いだ男の目に、先程は無かった黒い影が空に浮かび上がるのが映る。


「龍に成りたいと言うから手筈を整えたというのに、直前で取引を反故にするばかりか襲い掛かってきたのでな。武僧共々返り討ちにした後、当初の望み通り獣化の処置を施して帰したさ。その後、どうなったか多少興味があったが、もはやどうでもいい。今、興味があるのはお前だよ」


 気味の悪い音を立てて背骨を繋げた男は徐に立ち上がる。


「全ての属性を扱えるということは万物に対する適正があるということ。盟主様に似たその特性、ともすれば箱舟となる器足りえるかもしれん。そうでなければお前の事を報告しないでいた甲斐がない」


 ふと地面に影が差し、男の周囲にいくつかの大きな物体が降り注いだ。

轟音と共に立ち込める土煙をエトが吹き飛ばせば、鈍い輝きを放つ金属の塊が露わになる。それらに異形化した男の四肢がコードのように接続されると、男を巻き込みながら変形、合体して一つの巨大な人型機械となった。


『メディサリオン起動完了。システムを戦闘モードに移行します』

「戦闘モードで待機しておけと言わなかったか?」

『目標地点の変更に伴い、無駄をなくしました』


 コックピット内に響く機械音声に対し、男は溜息をついた。


『そういえばまだ名乗っていなかったな。ゾディアークサイン十三席サビク。悪いが捕獲させてもらう』


 エネルギーが行き渡ったことを示すかのように機体の各部位が点灯し、けたたましい駆動音に合わせて勢いを増すブースターの噴炎が翼の如き様相を見せる。そして、機体の周囲に浮遊する小型機械ユニットが展開された。


『えっ、なんだアレ? ちょっと欲しいんだが』

『逆に鹵獲してやりましょう! 中身はポイで!』

『後でチウとミミに再現してもらえば?』

『お姉さん、ああいう機械には詳しくないのだけれど』

『畑違いではありますが、殿の頼みとあらば一分の一すけーるとやらでご用意いたしましょう』

『うーん、これは駄目そうですね。参考にするためにもなるべく完品に近い状態で捕まえた方が良いのでは?』

『どっちでもいいけどさー。まずは上を塞ぐべきじゃない?』

『まさか雲の高さまである壁を越えてくるなんてな。まぁ、なんにせよ』

「とりあえず、ぶっ壊す!」


 エトの掌から解放された風玉はあらゆる物を吹き飛ばす暴爆となって竜巻の内側を蹂躙する。

 大きく後退させられながらも球体状の障壁と小型機械ユニットを集めた盾で衝撃波を防いだサビクであったが、巻き上げられた大量の土砂や木々と共に飛来した激流の如き槍によって障壁が砕け散った。


『シールド消失。再展開まで125秒』

「凄まじいな」


 辺りを埋め尽くす土砂と木片の奔流の中。常人であれば知覚はおろか呼吸さえままならない状態での正確な追撃。


「やはり人間とは程遠い。……いや、真っ当な人間などもう残ってはいないか」


 サビクはシズメから人間を止めていると言われたことを思い出す。

 全くもってその通りだと彼は自嘲する。人の道を外れて久しい己も、数少ない同胞たちも、もはや人間とは呼べない有様になってしまった。


今更、何を救えと?


 機体の右腕に集めた小型機械ユニットが巨大な大砲を形成。その口径に見合った光線が放たれる。

 センサーやレーダーの大半が使い物にならない今、例え当たらなかった所で周囲を覆う結界に穴をあけられればと思っての一撃であったが、手応えはない。集束したはずの光線も大量の障害物に阻まれて拡散し、威力が減衰してしまったようだ。


「衛星は?」

『現在、通信が遮断されています』

「だろうな」


 あれほど派手に利用した抜け穴を塞がないのは馬鹿か無能ぐらいだろうとサビクは溜息をついた。


「仕方ない」


 コード状の触手が肥大化して解け、大砲となっていた小型機械ユニットを取り込みながら機体表面を覆う。直立していた機体は獣じみた前傾姿勢をとり、先端にブレードを備えた長い尻尾が生えてくる。

 そうして禍々しい機械生命体といった様相へと変貌した機体は現状役に立たないセンサーやレーダーを犠牲に感覚器官を発達させ、土煙に紛れて急襲を仕掛けて来たエトを感知。その尻尾で薙ぎ払い、ブレードから放たれた光波を叩きつけた。

 その一撃はエトの体に大きな亀裂を刻み、ブースターによる急加速で接近したサビクに叩き落されたエトの全身に罅が生じる。

 刹那、凄まじい悪寒を覚えたサビクは機体への負荷を度外視した超加速で距離をとり、数舜後に爆発的な閃光が辺りを埋め尽くす。その光は先日、組織の盟主から見せられた映像に映されていたものと酷似していた。


『メインブースターオーバーヒート。冷却完了まで10秒』

「……箱舟の器になるかと思ったが、曰くつきだったか。やはり興味深い」


 辺り一面を包んでいた土煙さえ呑み込んだ光が収まっていく。

 サビクの目に映ったのは無傷のエトの姿とその周囲に浮かぶ時計の文字盤のような召喚陣。そして……。





『意識の覚醒を確認。お帰りなさいませ、マスター』


 メディの音声でサビクは意識がこの体に移されたことを理解する。つまり、向こうの肉体は死んだということだ。

 朦朧とした意識から目を覚ませば視界は赤に染まり、鳴り止まぬ頭痛と共に目や鼻から血が滴り落ちていることが分かる。

 

「あら? もう終わったの? って顔から血がダラダラ出てるわよ」

「多少フィードバックを受けただけだ」


 何故か部屋にいるスピカの指摘を受け、また勝手に通したのかとサビクは鬱陶しそうに血を拭う。

 

「その様子だと上手くいかなかったみたいね」

「……」


 サビクはこれからスピカが口にする言葉を察して辟易する。


「それじゃ、この前言った通り私の計画に協力してもらうわよ」

「……了承した覚えはないが?」

「何言ってるの? これも師弟契約の内。猶予をあげただけ感謝して頂戴」


 サビクは今日一番の溜息を吐いた。


「早速で悪いけど、手伝ってもらいたいことがあるから付いてきなさい」


 スピカは返事も待たずに歩き出して部屋を出る。

仕方なく後を追おうと立ち上がったサビクの意識が一瞬遠のき、ふらついた。前の肉体から受け継がれ、脳裏に焼き付いた記憶が蘇る。

 あの召喚陣から何かが出てきた瞬間、脳が灼けつくような感覚を覚えたサビクは咄嗟に己の眼を潰して機体との接続を断ち切った。だが、強化された感覚は相手の輪郭を捉え、糸が切れるようにブラックアウトした。

 その後のことは把握できていないが、別の肉体にここまでの損傷を与えるとなると情報に攻撃性を持たせた精神汚染の類なのかもしれない。発狂するか廃人となる前に向こうの肉体が死ねたのは運が良かったといえる。それでも相当な手間と時間をかけた肉体を失ったのは惜しいとまた溜息を吐いた。


「それにしても、あれほど悍ましい者達に囲まれてよく正気を保っていられるものだ」


 認識操作でもされているのだろうかと考えながらふらふら歩くサビクの体が自動ドアに阻まれる。


「おい、開けろ」

『現在、この出入口は封鎖されています』

「どういうつもりだ?」

『バイタルサインが異常です。安静に過ごすことを推奨します』

「だからといって監禁するか? ……まぁ、今はいいか。寝る」


 扉の向こうから聞こえてくる声を無視して、サビクはゆらりと寝室に向かった。

 自動ドアが開けば殺風景な部屋に一つだけ置かれた写真立てに出迎えられる。そこに写されているのは白衣の大人達に混じって一丁前に白衣を着た仏頂面の子供。遥か昔のサビクの姿であった。


「神童も十を過ぎればというが……、ならば今の私はなんだろうな」


 そう呟いて、サビクはベッドに倒れ込んだ。

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