プロローグ
学校の昼休み。俺、天乃心は一人で机に突っ伏していると、あることを考え始める。
みんな揃って運命は残酷だと言う。
確かにそうかもしれない。けれど、それでも俺は、そんな事を簡単には認めたくなかった。
それを認めてしまっては、俺自身を否定することになってしまうから……。
「申し訳ありません……後遺症が残ってしまい、記憶の大半が欠損している状態にあります……」
下を向き、申し訳無さそうに告げたのは、自分の手術を担当した医者だった。
一年前。当時の俺は、なんとも珍しい脳の病気にかかり、手術をしなければならなかった。成功率は極めて低く、成功しても後遺症が残る……と。
何度も何度も悩み、考えた。だが、どんな答えを出したのかはこの後遺症のせいで何も覚えていない。
ーーまあ、後遺症で思い出せない辺り、手術をする決断したのは確かだ。
お陰で今の俺は、無気力で、何もかもが真っ暗な部屋に呑まれたままだ。
(……っと、過去の事を考えていても、仕方がないよな)
そう思って、突っ伏していた自分の顔を前に向ける。すると、見覚えのある顔なじみと目があった。
若干の金髪で、整った顔立ち。学食で買ってきたのかは分からないが、焼きそばパンを片手にこちらを見ている。
名前は茂村彰人。少しお調子者な部分は玉に瑕だが、スポーツ万能で優しいため、クラス問わずの人気者だ。
「大丈夫か? そんなぼやけてて」
「ん? ああ、大丈夫」
「……そうか? んじゃ、これお前にやるよ」
そう言って、彰人はポケットから取り出し、もう一つの焼きそばパンをこちらに投げた。
「ーーよっと。いいのか?」
「おう。お前、どうせ過去の手術の時とかの事を考えてて、昼食べてないだろ?」
「……」
完全な図星だった。
まあ、実のところ俺もお腹は空いていたので、ここは素直に礼を言って、大人しく貰うことにした。
「……んで? 『運命は残酷だ』って話か?」
「事実だからな」
この世の中の全ては運命で決まっている。恋愛する相手も、職業も、全ては生まれたときから決まっているのだ。
「そっか。でもそれってさ、お前がそう思いたいだけってことはないのか?」
「……違う」
俺は下を向きながら答えた。
その答えは何度か思考したが、認めたくはなかった。
「……そうか」
それだけを言うと、彰人はどこか複雑そうな表情をした後、廊下に去っていった。
帰り道。俺は一人で帰路を歩いている時、ある言葉が頭の中をグルグルと回っていた。
「認めるべきなのか……?」
『お前がそう思いたいだけ』と言われ、その言葉をハッキリと否定ができなかったのだ。
「はぁ……」
あの手術以降、ずっと頭に残っているこの疑問。
記憶の半分を失うことも運命なのだとしたら、やはりーー
「運命は残酷だ……」
そう零した所で、ポンポンと急に後ろから優しく肩を叩かれる。
「ねぇ、君ーー」
訝しみながら後ろを振り返ると、同年代くらいの見覚えがない女の子がそこに居た。
「な、なんですか?」
「……」
俺が話しかけると、その女の子は少し黙り、まるで、空気が抜けた風船を見るかのように、自分の顔を見つめてくる。
そして、呆れや哀しみ。少しの怒りを混ぜたような声色でハッキリと言った。
「……運命は残酷だって言うけど、それって結局ただの言い訳じゃんね?」