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カーマン・ライン  作者: マン太
その後

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81/82

パンケーキ

 キッチンから甘く、芳ばしい香りが漂って来る。

 朝の光が差す中で、八人分のパンケーキを焼くのはソル──では無く、アレクだった。


 その日、ソルはいつもの様に朝食準備に取り掛かると、シャワーを浴び終え、支度を済ませたアレクが何か手伝おうかと声をかけてきた。


「君ばかりに任せきりなのもな…」


 そう言って、長くなった金糸を緩く束ねる。

 白い綿のシャツにゆったりとした麻のパンツ姿。腕捲りすると、幾分日に焼けた腕が途中まで露わになった。

 見た目とは異なり、しっかりと筋肉の付いた逞しい腕。思わずドキリとした。


「…っ」


 その腕に、先程まで抱かれていたのだと思い出し、勝手に頬が熱くなる。


「どうした? ──顔が赤い…」


 赤くなる理由に思いあたったのか、アレクは少し意地の悪い笑みを浮かべた。伸びてきた指先が、頬をくすぐる。


「べ、別になんでも無いって。じゃあ、そこのボウル取って──」


 アレクの手をやんわり避けると、自分は台に置かれた泡だて器を取ろうとするが、避けた筈の手がスルリと腰に回り邪魔をする。


「アレク…。取れないよ」


 上目遣いに不満を訴えれば、


「そうか? 君は取れないだろうが──私は取れる。──ほら」


 アレクは更にソルを抱き寄せ、その向こうにあるボウルを手に取る。


「んんっ…アレク…!」


 口元が胸に押し付けられ、一瞬呼吸が出来なくなる。アレクの腕に包まれ、殆ど抱きしめられている様なものだ。


「──取れた。それで、どうすればいい?」


 間近で悪戯っぽくその瞳が光る。ワザとやっているのだ。仕方無く、ソルも腕をその背に回すと。


「…降参だ。ついさっきまで、アレクと一緒にいたのを思い出してた…。だって、アレク──ずっと離さないから……」

 

 思い出して、また頬が熱くなる。


 本当につい先程まで、だ。


 結局、ろくに寝ていない。

 今日は休息日。実はこの朝食も昼食を兼ねているのだ。数日の間にそんな日が幾度かある。

 それをいい事に、アレクは度々、ソルを離さない。ハグして離さないのとは訳が違う。

 それでも、つい流されてそんな行為を許してしまうのだから、アレクばかりを責められないのだ。

 結局、アレクとそうしていられるのが嬉しくて。


「君が余りに魅力的だから止まらなくなった…。今もとても魅力的だ…」


 そう言うと、腰に回っていた右手が頬に添えられる。ああ、と言う間にキスが落ちて来た。ただの軽いキスではない。


「…──まさか、ここで続きが始まるのか?」


 アレクはソルの濡れた唇を親指で拭いながら。


「始めていいなら」


「っ!……そんなわけないだろっ! 皆、起きてくる…」


「いいじゃないか。どれだけ私が君を思っているか、皆に見せつけるいい機会だ」


「…人に見られるなんて、考えられないよ。ほら、そろそろ焼かないと。昼食が夕食になる…」


 台の上には小麦粉とベーキングパウダー、砂糖、卵、牛乳が置かれている。


「で、何を焼くんだ?」


「パンケーキ」


 それで冒頭の、珍しいアレクの姿となった。器用で一度見本を見せればあっという間に同じものを作ってしまう。


「ちゃんと習えば俺なんかより、上手くなれそうだな?」


「どうだろうな? ただ、ユラナスが全く不得手でな。紅茶を淹れる以外にもある程度は鍛えられた。生きる為だ」


「ユラナスが? …意外だな」


「完璧な人間などいないのさ。ほら、最後の皿を出せ。焦げるぞ?」


「ああ! 待って──」


 急いで皿をフライパンの横に置くと、直ぐにアレクが乗せる。焼き立てのパンケーキは湯気を立て食欲を誘った。

 と、そこへタイミング良くユラナスが入って来る。


「お早うございます。アレク、ソル」

 

 いつも通り、丁寧な挨拶をして入って来る。


「お早う。ユラナス」


 そう返事を返していると、続いてザインがリビングヘ入ってきた。


「……よう。お早う」


 苦虫を噛み潰したような渋い表情をしている。続いて顔を出したラスターもため息交じりで。


「…っとに。いつまで新婚気分なんだよ…。ユラナスが止めなきゃとっくに終わらせてたって」


 そうボヤく。

 キョトンとすれば、同じく入って来たアルバが。


「仲がいいのはいい事だ。ギスギスしているよりはマシだろう?」


「でもさ。ダダ漏れもどうかと思うぞ? お早うのタイミングも難しいって」


 リーノがソルとアレクに『おはよう』と言ってからそう口にする。


「…どうせなら、中途半端に終わらせないで、最後までやればいいものを」


 やや辛辣な口調で締めたのはゼストスだった。時折、アレクに対して毒を吐く。以前のいい人仮面は脱ぎ捨てた様だ。

 それでようやく、皆がリビングに入れず足留めを食らっていたのだと気が付く。


「……ごめん。気づくべきだった…。今後は気をつける…」


 ソルは皆の前にパンケーキを置き終えると、次にサラダボウルを出しながら、自分の席に付きシュンと項垂れる。


「ソルは朝食を準備してただけだろ? そこに大人げなくちょっかいを出したのが悪い。──なぁ、アレク」 


 ザインは食卓につくと肘をつき、ニヤリと笑ってアレクを見る。当のアレクは気にした風も無く。


「気づいていたさ。ザインが始めから見ていたのもな…。派手に牽制をしておかないと、よからぬ願望を抱く奴が現れるかも知れない。…だからだ」


「単に見せつけたいだけだろうが。ったく。やってらんねぇな。それくらいやるなら、ゼストスの言う通り、せめて最後までやって見せろよ」


「断る。さっきのはソルに対する冗談だ。あんなかわいい姿を早々晒せるか」


「じゃあ、ほんの少しお裾分け? 皆、期待してるでしょ」


 ラスターが綺麗にパンケーキを切り分け、口へ運んで行く。その口調は淡々としていた。いい加減、ウンザリなのだろう。

 隣に座るリーノは豪快に切り分け─と言うか、単に二つに切って後はかぶり付いている─横から引き取って。


「えぇ〜? なんかそれって、危なくね? 余計に火がつきそう──」


「火がつくくらいじゃ済まないだろうな…」


 ゼストスが遠い目をして呟く。


「想像するに恐ろしいな。閉ざされた空間だ。一度、タガが外れると大変だぞ?」


 アルバが続けた。

 皆、本気なのか冗談なのか。

 口々に勝手な想像に走り収拾がつかない。


「……頼む。もう止めてくれ…」


 ソルは堪えきれずに静止の声をあげた。

 元はと言えば、アレクの誘いを断われなかった自分が招いた結果なのだ。


「分かった。もう、十分、分かったから…。今後、気をつける…。だからもう──」


「違うって。ソルが悪い訳じゃない。アレクに反省を促してんだ」


 ザインがサラダを自分の皿に取り分けながら口にする。ラスターが更に続けた。


「そうだよ。皆に気を使わせてるってこと、理解して貰わないと。堂々とやるなら、それくらいの覚悟がないとねって事だよね」


「もう、その辺で…。ソルが可愛そうです。アレクも反省しているでしょうし。そうでしょう?」


 ユラナスが助け船を出す。

 椅子に座ったアレクはフンと鼻を鳴らし、足を組み直すと。

 

「誰もソルを狙わないと言うのなら、止めるがな。…まあいい。──ソル」


 すっかり肩を落しているソルの座る椅子の背もたれに手をかけると。


「アレク…?」


「そうしょげるな。皆、羨ましいだけだ。ソルを晒し者にするつもりはない。今後は気をつける。皆もそれぞれ思うものが出来れば、変わるだろう。──それまでの辛抱だ」


 ソルの頬に触れそう口にする。

 

「それなら、当分、無理だろうな。ソルの代わりなんて、早々いねぇだろ?」


 ザインは当然と言った具合にそう口にするが。


「あれ? ザインはラスターじゃないの?」


 リーノが二人を交互に見る。


「は?」


「なにそれ」


 ザインとラスターが同時に声をあげた。

 確かに、ザインとラスターは特別に強い繋がりはある様に見える。互いを思い合っているのは事実だが──。

 

「そう、なのか? まあ、プライベートには立ち入らないけど…」


 ソルが驚いて首を傾げれば、ザインとラスターは互いに顔を見合わせ。


「そりゃあ、ラスターは俺の機乗での相方だったし、そこら辺の奴らとは強い繋がりはあるが──」


「そういう目で、見たことなかったけど…」


 ラスターは腕を組んで唸る。アルバはその場を収拾するようにアレクを振り返り。

 

「…取り敢えず、当分、アレクは我慢ってことだな。守れるのか?」


「他にも牽制の仕方はある。控える様にするさ。…ソルが誘わない限り」


「さ、誘うわけないだろっ…!」


「ソルは無意識に誘うからな…。その時は抗えない。皆、見ても見ぬふりをしてくれ」


 はぁ?! と、ザインが声を荒げた。

 結局、ソルが誘った事にして、今まで通り手を出すのだろう。

 他の皆は首を振ったり、天を仰いだり。唯一、面白がっているのはリーノだけだ。

 それは、そうだろう。

 今後も、二人の甘い空気を吸わされるのだろうから。


「俺が…気をつける…」

 

 ソルはテーブルの上で手を組んだ。

 何とかアレクに隙を見せない様にすればいいのだ。


 出来る──かな?


 不安はつのる。無意識にアレクを誘っているなら、気づくのは難しい。それでも、皆を不快にさせない為には、気をつけるしかないのだ。


「せいぜい、気を張ることだな? …私のソル」


「……っ」


 青い瞳に射貫かれる様に熱く見つめられ、顔が赤くなる。

 それを見ていたゼストスが。


「無理だろうな…」


 そう呟いて肩をすくめた。


 とある日。朝の光も眩しい、キッチンでの日常のひとコマだった。

 

―了―

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