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カーマン・ライン  作者: マン太
第6章 青い石

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6


「…?」


 気づいたときには呼吸器が口元にあてがわれていた。鼻まで覆うそれは自分が通常の状態ではないことを示している。


 ここは…、病院? でも、違う気も…。


 繊細な彫刻の施された白い漆喰の天井。杢目が美しい壁。確かに病院ではなさそうだった。

 とりあえず、自分がアウローラから救出されたことを知った。


 一体誰が自分を助け出したのか。


 アレクではないことは確かだった。別れの時を思い、胸に痛みが走る。


「ああ、良かった…。目が覚めたね?」


 聞き覚えのある声にそちらに顔を向ければ。


「まだ動いちゃだめだよ? あと一週間はそのままで。でも良かった…。意識が戻って。一時はどうなることかと」


 セス…。


 水差しを手に、セレステがこちらに向かって来る所だった。


「まだ、話しちゃだめだから。そのままで。首を振るか頷くかで答えて。質問はまだちょっと無理だけど、聞きたいだろうことなら話せる…。ただ余り時間がなくてね。話せるのは今だけだ」


 そう言うと、水差しをサイドテーブルに置き、ソルの眠るベッドサイドに腰かけ、こちらを見下ろしてきた。重みでスプリングが軋んだ音を立てる。

 白い指先が伸ばされ、額の髪をかき上げると、そこへキスを落とした。


「本当に…。無事で良かった」


 見下ろしてくるセレステの眼差しは優しい。その眼差しに昔を思い起こした。あの頃も、こんな眼差しで自分を見つめていた気がする。


「ここは僕を支援してくれる人の家なんだ。養父の家を出てからはずっとここに入り浸っている。長い付き合いでね。信用してくれていい。もっとも、旧連合の元士官ではあるんだけれど…」


 連合?


 首をかしげるソルにセレステは笑うと。


「ソルを助け出したのは僕だよ。…あの、ア

アウローラへ巡洋艦を落とす計画は、僕が依頼してゼストスが発案したんだ。だから、いち早く駆けつけられた…」


 セレステはそこで一旦、言葉を切ると、迷うような表情を見せる。


 何か──あるのか…?


 身構えれば、小さくため息を漏らしたあと、それを振り切る様に強い眼差しになって。


「…僕はね、旧連合の諜報員なんだ。だましてごめん…。でも、…僕はどうしてもやり遂げたいことがあったんだ」


 セスが連合の──。


 驚きの余り目を見開く。


 いや。自分の知らない過去があっても可笑しくはないのだ。


 けれど諜報員だったとは──。


 全く気づかなかった。

 ソルは眉をしかめると、セスを見上げる。


「僕の目的はラハティ提督を引き下ろすこと…。旧連合の反乱分子もラハティ提督の抹殺を企んでいたんだ。それで互いの思惑が合致して、僕が実践に赴いた。でも、君の出現によって失敗に終わって…。けれど、その代償に危うく君を失いかけた…」


 頬にセレステの手が触れる。その目が辛そうに歪められた。


「ソルは気付いていなかったよね?」


 その問いに頷く。

 幾分奔放になった印象は受けたものの、自分の目に映るのは、昔と変わらないセスだった。


 それがアレクを狙っていたなんて──。


 セレステは片膝を抱えて座り直すと、どこか遠くを見る目つきになり。


「僕の父の名は、クリストフ・フォン・ファーレンハイト」


 ──ファーレンハイト?


 ソルは思わず傍らのセレステを見返す。セレステは笑うと。


「その様子だと、アレクの出自は知っていたみたいだね? アレク──アレクシスは僕の兄だ。証拠は──これ」


 そう言って胸元から取り出したのは、トップに翡翠のついたペンダントだった。ソルは驚きに目を見開く。


 それは──。


 アレクのものと同じだった。

 同じ造りのものをずっと身につけていたのだ。見間違うはずがない。


「僕の本当の名は、カエルラ・フォン・ファーレンハイト。セレステは母がもしもの為に使った偽名だ。このネックレスは、生まれた時に父から送られたものなんだ。ここにチップが埋め込まれていて、個人情報が全て入っている…。母は間違いなく、ファーレンハイトへ嫁ぎ一時は妻として過ごしていた。兄が生まれ、僕が生まれ、親同士が離婚して…。母さんと僕は実家に戻る途中に、乗っていた輸送船が賊に襲われ、母は死亡。僕は孤児院に送られた」


 そこまでひと息に話すと、一度深く息を吐き出し肩をすくめて見せた。


「あとはソルが知っての通りだ。養子に引き取られたあと、養父に客の一人として、この家の主と引き会わされたんだ。アスール、連合に所属する上級士官。彼はいい人で僕に手を出すことはなく、逆に僕の後見人になってくれた」


 かざしてみせたネックレスを再び胸元に仕舞うと、長めの金糸を鬱陶し気にかき上げながら。


「僕は兄が羨ましかった。彼が辺境の惑星で豊かに暮らしているだろうと知っていたからね。でもその後、父親が討たれ、兄も行方不明。その後死亡とされた…。可哀そうだと思ったけれど、結局、兄も不幸になったのだと安堵もした。僕だけじゃないって…。でも。ある日、スクリーンで偶然、アレクを見つけたんだ」


 セレステの瞳が見たことのない強い光を放つ。


「見た瞬間、兄だと分かった。母と同じ顔。他人であるはずがない。確証を持ったよ。勿論、過去も探った。始めアレクからは何も出てこなかった…。けれど、傍にいる間、少しずつ見えて来たものがあったんだ…。話す言葉の僅かなイントネーション。やはり、母と似すぎている容姿…」


 セレステはアレクの戦闘でのパートナーとなった時、それを探ったのだろう。


「けれど、一番の決めてはソルがしていたネックレスを見た時だ。あれは…アレクから貰ったんだろ?」


 セレステはソルに目を向ける。

 ソルは預っていると思っているが、確かにアレクの持ち物で。今は胸元にないそれを思った。

 セレステは何処か遠くを見る目つきになると。


「僕のと同じだったんだ…。あれは僕らの父親が特注で作らせたもの。同じものはふたつとない。それで確信した。兄のアレクシスだとね」


 セレステとアレクを繋げるネックレスだったとは。そう言えば、戦闘訓練中、緩んだ胸元から何かの拍子に飛び出した事があった。

 その時、目にしたのだろう。


「兄のアレクは、ひとり光の当たる場所に立っている…。地位も名誉も、愛しい恋人も得て、さらに昇りつめようとしてる…。嫉妬と羨望と、増悪と。アレクひとり、幸せになんてさせないと思った…」


 セス…。


 精神的にも肉体的にもどれ程の傷を追ったのか。計り知れない闇がセレステの中には渦巻いているのだろう。


 けれど──。


「旧連合軍、反乱分子はアスールから紹介してもらったんだ。帝国軍に入隊して、アレクに近づく機会を狙って…。ソルも知っての通り、偶然、僕に特殊な能力があることが分かって…。これを生かさない手はないと思った。これで、アレクに近づく事が出来れば、僕と同じ場所まで引きずり下ろせる…ってね」


 ソルはチューブが繋がれた不自由な手で、必死になって脇に置かれていたセスの手を取る。


 違うんだ。


 アレクは地位や名誉を手にしたくて、そうして来た訳じゃない。自身が自由になるために、苦労してここまで昇りつめた──。

 自分と…穏やかな時を過ごす為に。


 誤解を解きたかったが、声が出せない。話せない状態がもどかしい。

 セレステはどう受け取ったのか、くすりと笑んで。


「ソルはアレクが好きだものね。こんな行動をとった僕が許せないだろう? …それに、君は俺の所為で死にかけた──」


 それは──。

 でも、あれは俺が飛び込んだせいで。俺がそれを選択したんだ。


「もう、昔のように付き合えないのは分かってる…。けど、どんなに君に嫌われても、僕は兄を許せない。ひとり、幸せになるなんて…。同じ不幸を彼にも味わってもらう…」


 セレステの瞳は暗く光る。ソルは必死にその手を握り締め、首を振った。


 俺は、セスを嫌いはしない。


 それに、今回のことは未遂に終わった。アレクも無事だ。もう、責めたりはしない。


 ただ、今後、アレクに対して危害を加える事だけは止めさせたかった。

 アレクはセレステが思うような、光り輝く道だけを歩いてきたわけではない。必死に這い上がって、自由を得るために立ち上がっただけで。


 セスもそれを知ればそんな気はなくすはず。


 しかし、セレステに言葉が届くことはなく。べッドサイドに手をつき、こちらに覆いかぶさると、ソルの上に暗い影を落としてきた。


「ソル──。心配しなくていい。彼自身にはもう手は出さない。もっと別な方法で同じ苦しみを味合わせてやる…」


 セス…。


 見下ろしてくるセレステの背後に、ほの暗い炎を見た気がした。

 それから少しして、セレステは姿を見せなくなった。



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