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カーマン・ライン  作者: マン太
第5章 波乱

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6

 どれほどの時間が経ったのか、艦は振動をやめた。

 奮闘が功を奏したのか、機体が火を噴くこともなく、また衝突することもなく、滑る様に地表に降り立ったのだ。砂丘の上に運良く降りれたのが良かったのだろう。

 しかし、着陸と同時に動力を失った様で、エンジンの稼働表示が消えている。着陸の衝撃で不具合が起きたのだろう。もう、復活させる事は難しい。

 ソルは傍らのユラナスを振り返ると。


「無事ですか?」


「…はい。なんとか」


 ユラナスは固いながらも安堵の表情を浮かべている。アレクを見れば、乱れたのは髪くらいで、後はしっかりとシートに固定されたままになっていた。その姿にホッと息をつく。


「ユラナス、すぐにここを脱出しましょう。脱出用シャトルは動かせますか?」


「はい──。動かせます。異常はありません」


「すぐ準備をしましょう」


 ユラナスと二人、アレクを艦長室へと運び終えると、すぐに脱出準備に取り掛かった。

 デスクの上のコンソールパネルから切り離し作業を進める。ソルはキーボードを叩きながら傍らのユラナスを振り返った。


「ユラナス。この上空のガスは何時まで晴れているんでしょうか?」


 備え付けの巨大モニターには外部の景色が映し出されていた。赤い地表の上空には、黄色味を帯びた薄い雲が見えている。


 あれが濃くなるということなのか──。


「予測不可能なのです。あと数分か、数時間か…。あの雲はただの雲ではありません。金属に対して有害な物質が含まれ、数分晒されただけで金属は腐食します。シールドでは防げません。そのため、ガスが一旦上空を覆えば、脱出は不可能となります。例え圏外に出られたとしても、腐食によって機体表面が摩耗し外気に耐えきれず、爆発します…」


「──急ぎましょう」


 脱出シャトルの動力は別にあるため、十分安定している。これなら星の引力から脱出は可能だった。

 設定を終え、後は出発するだけとなる。それぞれシートベルトを締め身体を固定した。


「準備、完了です」


 そう言ってユラナスが最後のキーを叩き、艦からの離脱を図ろうとした瞬間、警告ランプが点灯した。それは機体の異常を示すサイン。


「いったい何が──」


 首を傾げるソルに、画面を見たままのユラナスの表情が固くなる。


「…外部の、ハッチが閉じません。先ほどの振動で誤作動が起きている様です。こちらからの操作だけでは…」


 そのまま先を濁した。

 それは、外側から閉じる必要がある事を示唆している。()()が外に出て閉めなければならないのだ。閉まらなければ離脱は不可能。

 それを理解すると、ソルは躊躇わずシートベルトを外し。


「──閉めてきます」


「ソル…?」


 ユラナスが驚きに目を見開く。

 それには答えず、シートから立ち上がると、アレクの元へ向かった。

 意識のないアレクに近づくと、自らのスーツの前を寛げた。胸元には青い石が光っている。


 これで二度目だ。あなたに返すのは──。


 アレクの手を取りヘッドに触れさせると、ネックレスは首から外れた。それを今度はアレクの首へとつけなおす。

 キラリと光った青い石は、当人の透き通った瞳を思わせた。


 これは俺自身だ。ずっとあなたの元にいる──。


 例えそこに躰は無くとも。


「…ソル…」


 ユラナスの声が震えている。

 これから取ろうとしている行動に動揺しているのだろう。


 けれど、これは仕方のないことだ。


 誰を優先すべきか。一番はアレクだ。

 そして、アレクの今後にはユラナスがいなければならない。そうなれば、自ずと誰が不必要かは決まる。


 俺はもう使えないあの機体と同じ、ポンコツのパイロットだ。


 比べようもない。

 ここで思いの深さとか種類とかは考えてはいけない。第一、それは種類が違うもの、比べるものではないのだ。


「ユラナス。俺は外にでてハッチを閉めます。閉まったらすぐに離脱してください。外の雲が濃くなり出しています。アレクを無事外へ連れ出したらそれで任務完了です。ここに戻る必要はありません」


 きっぱりと言い切れば。


「あなたを…置いてはいけない…!」


 ユラナスが声を荒げた。

 初めてユラナスが激高する所を見た気がする。ソルは笑みを作ると。


「ユラナス。もう時間がないんです。俺は後から行く──アレクにはそう伝えてください」


「ソル!」


 去ろうとする腕を掴まれた。ユラナスに触れられたのはこれが初めての気がする。


 いや。二度目だ。


 重傷を負ったあの時、意識が遠のき倒れるソルを支えてくれたのはユラナスだった。


「ユラナス。時間がないんだ。俺もアレクを守りたいんです…。させてください。それに──他にも脱出する手立てがないわけじゃないですから…」


 これはユラナスを納得させる為の方便だった。

 諦めるつもりはなかったが、ここを脱出出来る確率は限りなく低い。搭乗出来る機体は全て出払っているだろう。

 それでも、そう言うよりほかなかった。しかし、ユラナスは。


「そんな事を言って、私が騙されるとでも? この艦にもう人が搭乗出来る機体はありません。脱出時、それでもぎりぎりだったのですから…。あなたをここへ置いてなどいけない!」


 髪を振り乱したユラナスを見たのもこれが初めてで。我知らず笑みが浮かぶ。


 ずっと、嫌われているのだと思った。


 ソルはそっとユラナスの手を解くと、その手を握りしめ。


「それなら、アレクに俺は着陸時に死んだと言って下さい。それなら──アレクも諦める…。ユラナスには辛い役を任せて済まないけれど…」


「ソル! 私が残ります──」


「アレクにはこれから先もやらなければならない事が山ほどある。それを支えられるのはユラナスだ。俺じゃない。アレクを──頼む」


「ソル…!」


 手を解くと、ユラナスの引き止める声を背に部屋を出る。背後でシャトル側のドアが閉まった。


 別に格好つけたい訳じゃない。感情は廃して理性で考えた結果だ。何が一番か、冷静に考えれば分かること。


 アレクを生かす──。


 それが最優先だ。その彼を生かし先を考えれば、誰が残るのが適当か分かる。


「ユラナス、ハッチをもう一度閉めてください」


 できるだけ声を張って平常を装う。


『はい…』


 インカム越しに感情を抑えるユラナスの声が返って来た。

 しばらくして外側にあるドアが途中まで閉まりかかり止まる。それを手で閉め直した。


「っと──」


 扉が閉じられた途端、壁が振動しだしシャトルが徐々に切り離されていく。

 空いた空間から空が見えるほどになると、砂煙を巻き上げ機体が上昇した。


 アレク──。


 そのまま浮き上がった機体は爆音をあげ、雲の広がり始めた上空目がけ飛び去って行った。それは、あっという間で。

 ぽっかりと空いた空間から、砂煙の合間にアレクの乗る機体がキラリと光ったように見えた。

 近くに恒星がある。その光を反射したのだろう。今はここも光がさしていたが、大気の関係か、日差しは皮膚を焼くように熱い。

 上空の雲が先ほどより濃くなってきていた。


 これでもう、誰も侵入は不可能だ。


 この計画の発案者からアレクを守れたはず。あとはユラナスがアレクを守り切るだろう。


 アレク──。


 その日差しを避けるように中へと戻った。がらんとしたブリッジには、勿論人の気配はない。


「…っ」


 喉がちりと焼けるように痛んだ。


 あとどれくらい、自分はもつのだろう。


 金属を腐食させるようなガスだ。人体へも有害なのは分かり切ったこと。


 それでも最後まで諦めない──。


 脱出の為の行動を起こす。

 ドアを無理やりこじ開けブリッジを抜けると、通路を通ってポートへと向かう。

 ヘルメットは例の機体のコックピットへ放り込んだままだった。


 あんなボロい機体、誰も乗りはしなかっただろうな。


 ポートへ到着しここへ来るときに乗って来た機体を探す。それは隅の方にガラクタ同然のように置かれていた。留めていたストッパーが外れたのだろう。

 上がる息に浅い呼吸を繰り返しながらそこまで辿り着く。コックピットの中にヘルメットが放ったままになっていた。


 動けばいいけれど──。


「っ…」


 胸の奥が灼ける様に熱い。口の中に血の味がして思わず咳き込んだ。押さえた手元が血で汚れる。


 ここまで──なのか?


 コックピットの中へなんとか乗り込み、重い身体を座席に押し込める。


 諦めない。俺は──…。


 ヘルメットへ手をかけた所で視界に霧が掛かった様になって、目の前が見えなくなった。貧血の症状に似ている。


 ──アレク。

 俺は、本当はあなたと一緒に生きたかったんだ 。もう少しだけ、あなたと──。


 人の終わりは呆気ないものだと思った。胸元に有るはずの無いそれを、無意識に探る。


 アレク……。


 頬に涙が一筋伝う。

 薄れ行く意識の中、アレクの面影を記憶の中に辿った。



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