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エレベーターを使い、艦の最下層にある動力部に到着すると、すぐに停止作業に取り掛かった。
コアエンジンは五機ある。コンソールパネルのキーボードを叩き、それぞれに必要なパスワードを入力すると、停止の指示を与えて行った。
限られた研究員のみ、緊急事態であれば上官の許可なく停止も可能だった。
ユラナスの言う通り、このプログラムを組んだ者ならそれも見越していたはず。もし、それがゼストスなら尚更。
何が起こっても不思議ではないが、今はそれよりも航行を止めることが先決だった。
近くにある窓からは、惑星アウローラの赤褐色の地表が見えて来ている。
この惑星の情報はユラナスの簡単な説明のみだ。時間があれば検索もできただろうが、それも今は間に合わない。
準備が整い、ユラナスへと連絡をいれた。
「ユラナス、これから主電源を落とします。機体が揺れる可能性があるので、十分気をつけて下さい。それでシールドが解除され、艦の進行も止まるはずです。そうなったらすぐに皆を脱出させて下さい。俺は動力を回復させたらアレクとともにブリッジに戻ります」
『分かりました。アレク様をよろしくお願いします…』
「かならず、向かわせます」
そう言って通信を切ると、傍らのアレクが、
「何事もなければいいが」
「そうだな。そう願っている。けど…」
何かはあるはずだ。
「アレク、用心のために身体を固定させておいてくれ」
「ああ」
そう答えると背後に立ち、ソルが座るシートの背に手をかけた。そんな程度で艦が揺れた際、対応できる訳がない。
「アレク…。しっかり固定させてくれ。隣の座席でもいい」
「君の傍がいい。隣のシートに縛りつけられれば、何かあったら守れないだろう?」
ソル自身は操作があるため、固定はしていなかった。
「…俺の事はいい。──分かった。もう時間がない。しっかり掴まっていてくれ」
本当なら、ロープでも持ってきて縛り付けておきたいくらいだった。
アレクの手がソルの肩に置かれる。もう、アレクを叱りつけている時間はなかった。
「動力、オフ──」
アレクの手をそのままに、エンジン停止の指示をだす。声はインカムを通じてユラナスにも届いていた。
僅かな振動のあと、五機あるコアエンジンの稼働ランプが次々と消えていく。
最後の一つが消えた所で、一気に艦内は静まり返った。シンとしてさえ感じる。
補助電源で稼働している手元のパネルを叩くと、シールドが解除されたことを示していた。
「ユラナス、皆の退避はどれくらいで終了しますか?」
『あと、十分程度です。ブリッジにもどりますか?』
「そうします。再び動力を入れてから、アレクと──」
と、再び動力を入れようとすると、突然、機体が振動し動き出した。
「え…?」
思わず、近くの窓から見える外の景色に目を向けた。赤茶けた砂と岩ばかりの地表が目視で確認できる。
ああ、そうか。これは──。
「引力に引かれたか。早く動力を戻せ」
アレクに言われるまでもなく、すぐに動力電源を入れ直した。
機械音とともに、エンジンの稼働を示すランプが点灯していったが、それが途中で止まり、再び不稼働の状態に陥った。
ここに仕掛けていたのか。
舌打ちしたくなる。
艦を出来る限り惑星に近づけ、わざと動力を切らせる。再び稼働できないよう、仕組んでおけば後は星の引力で勝手に落ちていくだけだ。
この状態では徐々に速度も増し、遅くなればなるほど、艦から脱出するのは不可能になる。
「くそっ! アレク、すぐにブリッジに向かってくれ。俺はあとから──」
その時、引力の加減か、ガクンと機体が揺れて大きく傾いた。それまで床だった場所が壁面になる。
「っ?!」
身体を浮かしていたため、対応に遅れそのまま下方へ放り出された。
壁面に叩きつけられるはずだったが、身体が別のものにあたって衝撃を免れる。
いったい、何が──。
背後を見れば、自分と壁との間にあったのはアレクだった。衝突から庇う為に、ソルの背に回り込んだのだ。
「アレク!」
かなりの衝撃をその身体に受けたはず。幾ら鍛えていても負傷は免れない。
降下速度が更に増し機体が揺れた。その中で必死にアレクの頬を叩くが、意識を失い返事がない。口の端から血が流れている。肋骨をやられたかも知れない。
このままでは──。
アレクをなるべく動かない場所に横たえると、すぐにコンソールパネルに飛びついて、もう一度、動力の復活を試みた。
相手が作ったプログラムに別のデータを上書きするのだ。
成功すれば、エンジンが復活するはずだ。
普通の人間に出来る芸当ではない。
この数分のあいだに、大量の時間を費やして作られたであろうプログラムを書き換えるのだ。だが、変更はごく僅かでいい。
素早く最後のキーを打ち込み、別のデータにすり替える。全部でなくとも僅かでも復活すれば、星への墜落は防げる。
と、予想通りにデータが上書きされ、五機あるうち一機だけが復活した。機体が再び体勢を立て直し、機内は平常の状態に戻った。
これで、速度は十分落とせる。
あとは手動で防ぐしかない。それにはブリッジに戻る必要があった。
すぐにユラナスに連絡をいれる。
「ユラナス、一機だけエンジンを復活させることができました。手動で大気圏への進入角度を変えられますか?」
『出来る限りやってみます。アレク様は?』
「…俺を庇って負傷しました。今は気を失っていますが、大事には至っていないと思います。今からアレクを連れてそちらに向かいます。それまで操縦を頼みます」
『…分かりました』
通信が切れると、気を失ったアレクを肩に担ぎ上げる。
最低限の動力しかない為、主要な箇所以外、人工重力は稼働していない。ここも稼働していない場所の一つだった。
長身なアレクを担ぎ上げるのもひと苦労だったが、今はブリッジに向かう事が急務だ。
なんとしても、この計画を実行したものの思うようにさせるつもりはない。
アレクを背負い、ブリッジへと急いだ。
+++
ブリッジに戻ると、ユラナスがすぐに視線を送ってきた。近場のシートを倒し、アレクをそっと横たえると、ユラナスの傍らに向かう。
「皆は?」
「全員脱出しました。あとは私たちだけです」
ユラナスの視線は再びモニターへと戻されたが、心はここにないのは見て取れる。
「アレクを看て下さい。…多分、肋骨をやられている可能性があります。操縦は俺が代ります」
「頼みます…」
ユラナスに代わり操縦桿を握る。
先ほどより惑星直撃のコースは外れていたが、結局、堕ちることは避けられそうになかった。星の引力から脱出するまでの動力は得られなかったからだ。
なんとか、無事着陸を──。
「ユラナス! アレクとともに身体をどこかに固定しておいてください。かなりの衝撃が来るはずです!」
「分かりました!」
ユラナスはすぐにアレクをしっかりと座席へ固定させると、自分も近くの座席に座り、ベルトを装着した。
エンジンの動力を微調整しながら、進入角度を計る。
どうか、無事に──。
星の大気圏に突入し、摩擦熱の為に艦が揺れ出した。それが大きな振動となり、ガタガタと音を立てる。
通常ならシールドを張るが、動力が足りない為、シールドを張ることは出来ないのだ。
すでにシートベルトは締め、衝撃に備えてはいたが、それさえ不安にさせる揺れだった。
必死に操縦桿を握り、離さない。
視界の端に金糸が揺れて見えた。固定されていないアレクの髪が揺れて宙を舞っているのだ。
こんな時なのに、それを綺麗だと思ってしまう自分に笑うしかない。
あなただけは、何としても守り抜く。
自分を見出してくれたこの人を、簡単に失くすわけにはいかなかった。




