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「ラハティ…、来たか」
「は」
頭を垂れる若々しい青年に、皇帝エルガーは目を細める。
齢五十七才となるはずのこの男は年齢程若くはなかった。頭髪はすべて白髪となり、顔色は黄土色に近く体調の悪さを示していた。
それに比べ、今自分の目の前に立つ若者なんと瑞々しいことか。
肌は透明感を保ち艶も良く、生き生きとしている。なにより目の輝きがエルガーの気を惹いた。
美しい金糸の合間にあるブルーの瞳。
それはふと懐かしい人物を思い起こさせたが、それは遠い過去の話。
「お前に…私の娘の後見人を頼みたい…。次期、女帝となる私の次女だ。まだ一歳にも満たないが…。お前を宰相に引き上げる」
「…その地位には確か別の者が就いていたかと」
「奴は下ろした。わしの批判ばかりする言う事を聞かない奴だった。あんな男へ娘を任せるわけにはいかない…。お前にはもう一人の娘、病身ではあるが今年十五歳になるゲルダを与えてもいい。わしは長くない。娘達を頼む…」
「…は」
「今日は急に呼びつけて済まなかった。宰相の件を早く伝えたくてな。疲れただろう。もう下がっていい…」
再び恭しく頭を垂れ、アレクは下がった。
アレクは毎回、ここへ来るたび娘たちも見舞ってくれていた。病身ながら長女のゲルダはアレクを慕っている様子。
それが無くとも、エルガーは決めていた。
なんとしても、この男をわが一族につなぎとめておかねばならない──。
皆が自身を批判する中、この男だけが自分の味方となってくれたのだ。
初めはその美しい容貌にひかれ手元に置いていたが、すぐにそれだけの男でないと知れ。以降はその切れる頭脳を手元から離しがたく側に置いた。
お陰で連合軍を崩す事が出来た。
時にエルガーを諭すこともあったが、それは高圧的ではなく、その意図を理解できないこちらが未熟なのだと口にした。
やはり──懐かしい。
兄もそんな人間だった。
誰にも優しく平等で。身体さえ丈夫なら自分の出る幕はなかっただろう。
そんな兄が好きだった。しかし、病弱な兄に先んじて帝位を継いでから数年経つと、エルガーの執政に異を唱える者が増え、何かといえば兄と比べ出した。
その矢先、兄が帝位を奪うため立ち上がったと聞かされる。その真意を探ることなく、兄を討った。
怖かったのだ。兄の存在が。
いつか、自分は兄に討たれる──。
その恐怖が勝った。
それくらいなら──。
この地位を守るため兄を消した。その息子にも手をかけ、長男は死亡した可能性が濃厚であり。
弟は数年前に離別した母親と共に、既に賊に襲われ行方不明となっていた。手を下すまでもない。
それに弟の父親は兄クリストフではないと噂されていた。真実は定かではないが、そうだとするなら例え生きていたとしても追う必要はない。
そうして、この地位を安泰なものとした。
自分に異を唱えるものはすべて更迭し、幽閉か抹殺し。
気がつけば自分にへつらうものしか残らなくなっていた。それでも、連合軍との戦闘では華々しい功績を上げ。
それは、ひとえにこのアレクの力があればこそ。
一介の傭兵だったのが、連合軍を圧倒し、勝利を挙げたことで帝国の正式な将校へと迎えられた。
美しく若く力強い。兄が生きていれば、きっとこんな働きをしたのかもしれない。
私は、後悔しているのだろうか──。
アレクの存在に触発され、こんな風に過去を思い出すのも。
なにはともあれ、アレクさえいれば安泰だった。自分の跡を継いで娘を立派に女帝として祭り上げてくれるだろう。
何も心配はしていなかった。
+++
その後、セスは無事訓練期間を終了し、晴れてパイロットとしてその任に就くこととなった。
ソルはラウンジで休みながら、手元の端末のデータに目を向ける。
能力者として資質は申し分ない。ラスターやユラナス、データだけなら過去の自分の能力にも匹敵した。
誰と組むことになるのか。
過去の自分と同じかそれ以上なら、自ずと組む相手は決まってくる。考えなくとも分かる事だが、それを思うとなぜか胸が苦しくなって。なるべく考えないようにしていた。
「ソル。聞いた?」
セレステはユラナスから正式な内示を先程受けたばかり。
今は夕食後の休憩時間。いつからかここで一日の終了後、セスと話すのが日課となっていた。
「ああ…」
「まさかラハティ提督のパートナーに選ばれるなんてさ」
「ユラナス──いや、アイスナー少将が決めたんだろう? だったら大丈夫だ。彼に認められたなら本物だ。安心していい」
するとセスは頭を振って。
「違うよ。不安な訳じゃない。…ソルを邪険に扱う奴と組むなんて不本意なだけなんだ」
「セス…」
奇しくも上官に当たるアレクに、その態度は許されたものではない。声音を低くして睨めば肩を竦めて見せ。
「だって仕方ないだろ? 僕の好きな人を独占している相手と組むなんて。…最悪だ。でもソルの前だからだよ。こんな事言うのは。実際、戦闘になったらそれはそれきちんと任務をこなす」
「ラハティ提督は以前ほど戦闘に参加しなくなったが、それでも時折出撃する。直に旧連合軍との戦闘もあると聞いた。もし、本気で乗れない様なら今すぐ辞退してくれ。パートナーは提督の命を預かるのも同然なんだ」
以前の自分がそうだった様に。
ソルの真剣な眼差しにセスは軽くため息をつくと。
「わかってる…。ソルの為に全身全霊で取り組むよ。それに、一度一緒に搭乗したけど、確かにフィーリングは合う気がした。彼の操縦能力もかなりだね。僕がなくたって大丈夫そうだけど…」
「セス…」
睨むのは今日二度目だ。
「わかったって」
そう言うと、カウンターに置いていた手にセレステの手が重なり握りしめる。
「ソルの代わりに行ってくる…」
自分の代わりに。
それは、能力を失くし、行きたくても行けないソルの心情を慮っての言葉。
手から伝わる温もりに嫌なものは感じない。
「よろしく頼んだ」
そう言うだけ精一杯だった。
その後、セレステは旗艦へ異動となった。




