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セレステはソルと別れた後、自室へと向かわず、ひと気のない通路を進み、見晴らしのいいデッキへと出た。
そこは階下から吹き抜けになっており、周囲をよく見渡せる。他人に会話を聞かれる心配はなかった。
おもむろに左手首に巻かれた機器に触れると会話を始める。
「──僕だよ」
腕時計型の特殊なそれは通信機器で、離した状態でも会話が可能だった。それに、他人に傍受される事がないよう設計されている。
傍から見れば、そこにたたずんでいるだけに見えるだろう。
「無事、通過した。──ああ、そうだね…。順調にいきそうだ。それに、懐かしい人物に会えたんだ。──大丈夫。ばれやしない。幼馴染だ」
そう。ずっと離れ離れだった、たった一人の友人。僕の大切な人。
セスは遠くへ視線を向けながら。
「君も友人がいるんだろ? ──奇遇だね。僕は彼も手に入れるつもりだ…。この目的さえ達成できれば、簡単なことだよ。──勿論、分かってる。本来の目的は必ず達成させるさ。じゃあ、また──」
そう言って、通信を終わらせた。
セレステは暫くそこに佇み船窓の外に目を向ける。
広がる宇宙。浮かぶ星々。
僕にだって、それを手に入れる権利がある──。
セレステは見えないなにかを掴む様に宙に手を伸ばした。
彼ばかりが、選ばれた人間ではないのだ。
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「旧連合の動きはどうだ?」
「は。表面上は今までと変わりない様ですが、水面下では着々と準備をすすめているようです」
「情報が漏れていないと思っているのか? ──いや。気付いてもやるしかないだろうな」
数ヶ月前、調査隊によってもたらされた、旧連合軍の残党が大規模な交戦を仕掛けてくるらしいとの情報は、今や確実なものとなっていた。
最後の力を振り絞っての攻撃だろう。情報が漏れていたとしても、中止は考えていないだろう。
「これが最後の抵抗となるでしょう。──話は変わりますが、皇帝から宮殿へ来るようにとの催促が来ておりますが、どうなされますか?」
アレクはため息をひとつつくと。
「皇帝はだいぶ弱っていると聞くが──。まだ健在なようだな?」
「弱られているからこそ、強いものに縋りたいのでしょう。今回も通信のみでも宜しいかと思いますが…」
ここの所、何かと呼びつけられる事が多い。お陰で遠方ヘの移動がある用務は避けていた。
幾ら皇帝の命令とは言え、ユラナスにしてみれば業務に支障を及ぼす様では断りたくもなるだろう。
しかし、アレクは僅かに頭を振ると。
「…直接会いに行こう。毎回通信ばかりだと、気を逸らされては困るからな?」
「畏まりました」
ユラナスは準備の為に下がった。
ご機嫌伺いか──。
エルガ—・フォン・ファーレンハイト。
現皇帝。アレクの父親の弟。アレクからは叔父にあたる。
病弱であった父はその後継の地位を弟に譲り、辺境の惑星セグンドへと隠遁し、弟エルガーが跡を継ぎ皇帝となった。
しかし、その政治力は偏り、裕福なものが私服を肥やし、それ以外のものは圧政に苦しめられる生活を強いられる。
当時から対立していた連合との戦闘も、敗北が多くその評価を落とした要因のひとつだった。
そこで、兄であるクリストフを再び帝位へつけようと画策する者たちが現れたのだ。
弟エルガーにはまだ子がない。兄クリストフには息子が二人いた。病弱だった体調も、ここ数年は芳しく。
なによりクリストフは思慮深く、寛大で平等な性格の持ち主だった。エルガ—の様に偏った考え方をしない。
誰もが兄クリストフの復活を願った。
それがエルガ—の耳に届くと、すぐに軍を率いて兄クリストフ討伐に出る。
クリストフ自身にその意思はまったくなかったのだが、担ぎ上げるものたちがすっかり周りを固め、息子を守るため立ち上がるしか手がなかった。
既に数年前に妻からの申し出により離婚し、弟の方は手放している。この子の親は他の男であると噂されていたが、その真相に関してクリストフは何も口にはしなかった。
ただ離別した後、妻が弟を連れていくと言うのを止めはせず。それが実子ではない証拠だと噂された。
その後、実家へ身を寄せるはずだった妻の乗った輸送船が賊に襲われ、妻は死亡、息子は遺骸が見つからず行方不明とされた。
たった一人残った息子アレクを生かすため、クリストフは心を決め立ち上がり、結局、弟に討たれた。
残されたアレクは側付の家族とともに逃げ、なんとか辺境の地まで落ち伸びる。しかし、僅かな休息もあっという間にエルガ—の手の者に奪われ。
残されたのはアレクと側付の息子、ユラナスのみだった。
そして、逃亡途中、辺境の惑星で自動車事故に遭い、そこで『アレクシス』は死亡する。
実際は、治療に当たった医師を丸め込み、上手く逃げおおせたのだが。
まさか、その息子を自身が頼っているとは気づいてもいまい。
行方を探ってはいるようだが──。
完全に痕跡は断ったはず。追っては来られないだろうが、何があるかは分からない。
エルガーはその後も死亡を確認するため捜索の手を伸ばし、アレク達の遺体を探した様だが、結局、情報を得ることは出来なかった。
しかし、一旦は諦めても、何か情報が得られれば再び捜索を開始するだろう。
コソコソと怯えながら生きるのはもう沢山。自分を追う皇帝を──帝国を滅ぼす為に、傭兵部隊を率いて立ち上がったのだった。
自分の容姿は父とは異なる。顔だけで甥と分かるはずもなく。
エルガ—はその後、数人の妻を持ったが息子には恵まれず、生まれたのは娘が二人。
うちひとりは生まれた時から病弱で病室から一度として外へ出たことがない。今一人はまだ生まれて一年とたたない赤子。
跡を継げないことはないが、いかんせん、それでは心もとなく。
そこへ現れたのが、アレクだった。
美しい容貌としなやかな肢体を備えた、民にも絶大な人気を得ている。
その頃はまだ少尉だったが、すぐに上へと引き上げられ、戦闘で功績を上げると見る間に現在の地位、上級大将まで昇り詰めた。
上に立つため、戦闘で功績を上げる以外にもあらゆる手段を使う。
アレクの功績を認めずなんとか足を引っ張ろうとする連中には、その弱点を握り逆に脅し返した。
しかし、そこまでしたのはごくわずかで、あとは名声を得るに従い、向こうから媚を売ってきた。
なにより、皇帝の覚えがめでたい。アレクに近づけばその恩恵を得ることができる、そう考えたのだろう。
愚かな貴族出の将校はそういった態度をとってきたが、それ以外、頭のいいものは素直にアレクの資質を認め従ってもいた。
エルガ—の圧政には誰もが疲弊していたのだ。うまい汁を吸っていたものだけが、右往左往し、尾尻を振ってくる。それだけの事だった。
この男にへつらうのも今だけだ。
アレクは地上にある宮殿へと向かう専用の輸送船の中で、そう心の内でつぶやく。
皇帝の急な呼び出しも、これで最後にして欲しいが。
あと少しで、帝国はこの手に堕ちてくる。それまでの辛抱だった。後はただ、それを待つだけの事。
しかし、気の進まないものだな…。
豪奢な宮殿で幼い娘たちを見舞い、皇帝の機嫌を伺う為の旅。これがソルに会うためなら気鬱も晴れると言うものだが。
ソルが重傷を負い、能力者としての力を失い、パイロットとしても先がないと知れた時、なんとか手元へ置く算段をした。
身分も上がれば複数の従卒をつけるのも当たり前。その一人にすればいいと思った。
手放したくはない。
なんとしても近くに、すぐに触れられる場所におきたかった。
しかし、それをユラナスが反対する。
このまま身分が上がれば、否応でも危険が増す。そうでなくとも、側に置けば今回の様にソルを危険に晒すことになるだろうと言ったのだ。
確かに多かれ少なかれ、そういった類の案件は以前より増していた。
ほとんどがユラナスの手によって処分されてきたが、アレク自身に危険が及ばずとも、身近なものにその手が伸びる可能性もある。
ことに、ソルとアレクとの仲は周知の事だった。アレク自身より、ソルを狙ってくる可能性の方が大きい。
命を取られることはもとより、捕らえられ、脅しの手段に使われる可能性もある。
そんな危険には晒せない──。
結局、怪我を契機にソルを自身から遠い安全な場所へと移したのだった。
対外的に見れば、アレクとソルの関係は完全に切れた様に見えただろう。それは、ソル自身にも。
この五年、ろくに顔も合わせていない。それは全てソルを守るため。
しかし、それをソルには伝えてはいなかった。
ただ、あのネックレスは預けたままだった。それが自身の思いなのだと暗に伝えたのだが。
伝わってはいると思うが…。
もし、ソルに事実を伝えれば、きっとアレクの傍から離れようとはしなかっただろう。ソルはアレクを守ることに必死だ。
あの時も自分の事は顧みず、アレクだけを救おうと機体を駆った。
命を捨てても守るつもりだったのだろう。
そんなことはさせるつもりはない。
あと少しの辛抱で帝国がこの手に落ちてくる。
それまでだ…。
そのあとに続く長い時間を、君と過ごすためなら、ほんの数年など我慢できる。
アレクは窓の外に広がる宇宙に目を向ける。
「ソル…。待っていろ」




