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カーマン・ライン  作者: マン太
第4章 別離

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10

 その日、用務を終えて研究室の仲間とともにラウンジで夕食とっていると、セレステが姿を現した。

 カウンターで夕食を受け取ると、ラウンジ内へと視線を彷徨わせる。


「隣、座れよ」


「いいの? ありがと」


 ソルが呼べば嬉しそうに声をあげた。

 すると既に食べ終わっていた仲間たちはそれを合図に、また明日、と手を上げ席を立っていく。

 セスが幼なじみだと知られている。遠慮してくれたのだろう。


「ソルって、ゼストスが言ったようにやっぱり人気あるんだね?」


 去っていく仲間の背を見送りながらそう口にした。


「人気って…。ただ仕事仲間と話していただけだろ? ゼストスの話を真にうけるなよ」


「そうかな? 皆、嫌な奴だったら話もしないと思うけど。ソルの事を分かるのは僕だけだって思ってのに…。なんか、悔しい…」


 セレステは力任せに盛られたサラダをフォークでつき刺す。

 今日の夕食は鶏胸肉のソテー、リンゴソースがけ。そこに彩り良くサラダが添えられている。後はカボチャのポタージュスープに全粒粉のパンがついていた。シンプルだが、丁寧に作られ味も申し分ない。

 ソルは苦笑すると。


「セスは変わってないな? 昔も俺が他の誰かと話しているとすぐに割って入ってきてた。あの頃とちっとも変ってないのな?」


「…バカにしないでよ。ちゃんと変わってる。あの頃はそれくらいしかできなかったけど、今はもっとちゃんと阻止できるもの」


「阻止って…。そこまで俺に固執しなくてもいいだろ? ここは孤児院じゃない。まともな人間はずっと多い。それにいままでだって、セスをちゃんと思ってくれた人間もいただろ? いなくても、これからちゃんと出てくるはずだ」


「…要らないよ。そんなの」


「セス?」


 セスは食べ途中の皿の上に視線を落としたまま。


「僕の話はいい…。ねぇ。本当にラハティ提督と付き合ってるの? ちゃんとした恋人なの?」


 突然、詰め寄って来る。ソルはひとつ息をついた後。


「付き合ってる。…多分…」


「なにそれ。前もそんな風に言っていたよね? どういうこと?」


 セスは引きそうにない。黙っていれば、話すまでずっとこの調子だろう。仕方なく重い口を開いた。


「…五年前まではそういう関係だった。今もそうだと思っているってのが正しい。…それでも、ラハティ提督を大切に思っているのは変らない」


「五年前って、今は違うの?」


「ちゃんと連絡も取り合っている。ごくまれに会うこともある…。けれど、ラハティ提督は以前のように身軽な身の上じゃない。俺もここへ配属されて、頻繁に会うこともなくなったってだけだ。以前の様には付き合っていないだけで──」


「それって、捨てられたんだよ。そうに決まってる。本当に大切だったら片時も離さない。僕だったらそうする」


「セス…」


「ソルは今、幸せなの? もしそうでないなら、少し考えた方がいいよ。そんな関係、普通じゃない」


 セスの言葉に反論できなかった。

 確かに普通の恋人同士の関係ではないのかもしれない。けれど、距離が離れても関係を持続させている連中は大勢いる。


 其のうちの一人なだけで。


 会っている時間だけが重要ではなく、会えない時間もどれだけ相手を信頼していられるかが大切で。疑いだせばきりがない。

 思いが本物であれば相手を理解し、疑うことなどなくいられる。 

 アレクとはそういう関係なのだ。


「いいんだ。俺たちはこれで…」


 そう自分に言い聞かせていると言ってもいいが。


「それより、訓練はどうだ? ついて行けているか?」


 その話題はそれで切り上げ、訓練についての話に移った。セスは不満気だったが、一応話しに乗ってくる。


「…うん。今の所は。ちょっと疲れるけど…」


「セスは能力も高いし、順応性もある。もう少し慣れればいい線いくはずだ」


「そうなんだ。そうなれば嬉しいな」


 セスは笑顔になる。

 飛行訓練にペアで飛ぶときの注意点、情報伝達の仕方。危険回避方法や、救助の仕方。やることは山ほどある。

 まだそのほんの一部を始めたに過ぎないが、セレステは抜群の順能力を示している。

 この分なら、アレクのパートナーに選ばれるのも遠くない。


「このまま、焦らず行けば結果はついてくる。応援してる。…こっそりな?」


「フフ。ソルの応援があればそれだけで頑張れるよ」


 そうして話す間にセスの夕食が終わり、各自部屋へ戻る為、ラウンジを出て通路を歩きだした所で、


「ねぇ、ソル。僕、次に会えたら必ず言おうと思っていた事があるんだけど…」


「なんだ?」


 ちょうど通路を曲がった辺り、人気のない場所までくると立ち止まり、こちらを見下ろしてきた。

 昔はセスの方が小柄で庇護欲を掻き立てられたのに、今は見上げる程の差がある。

 大人になったのだと思った。

 セスはソルの二の腕を掴むと引き寄せる。


「僕はソルが好きだった。…そういう意味で」


「セス?」


「他人に抱かれながら、ずっとソルのこと思ってた。ソルのことを思い浮かべてやり過ごしていたんだ。それなのに…いなくなって…」


 突然の告白に驚きはしたが、どこかで気付いていた部分もあった。


「…ごめん」


「謝らなくていい。知らなかったんだし…。でも、今こうして会えたんだ。他の誰かとそうなれているなら、僕とだって望みはあるでしょ? 別に、無理にそうしなくてもいい。ただ、側にいてくれるだけでいいんだ…。ダメかな?」


「……」


 言われてアレクの顔が浮かんだ。

 アレクのよく通る低い声音。身体に触れてくる熱い手。体温、香り。

 全てがなぜか蘇ってきて──。


「…ごめん。俺はアレクが今も好きだ。大切に思っている。…ほとんどあえてはいないけれど、それでも、俺はそう思ってる。だから、他の誰かとはない。…それがセスでも。ごめん」


「分かってる…」


 そう言って深々とため息をつくと。


「でも、諦めない──」


 くいと肩を引かれたかと思うと、通路の壁に背を押し付けられた。そこは柱の陰になって周囲からは見えない。


「セス──!」


 開いた口にセスのそれが重なる。

 好きだと言う思いをそこから伝えてくるような、熱の籠ったキスだった。

 首をふって何とかそれから逃れたが。


「僕は…、ソルが好きだ。もうこれきりで言わない。けど、覚えておいて」


 セレステの手首を掴む手が熱く、それだけがずっと記憶に残った。



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