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その日、用務を終えて研究室の仲間とともにラウンジで夕食とっていると、セレステが姿を現した。
カウンターで夕食を受け取ると、ラウンジ内へと視線を彷徨わせる。
「隣、座れよ」
「いいの? ありがと」
ソルが呼べば嬉しそうに声をあげた。
すると既に食べ終わっていた仲間たちはそれを合図に、また明日、と手を上げ席を立っていく。
セスが幼なじみだと知られている。遠慮してくれたのだろう。
「ソルって、ゼストスが言ったようにやっぱり人気あるんだね?」
去っていく仲間の背を見送りながらそう口にした。
「人気って…。ただ仕事仲間と話していただけだろ? ゼストスの話を真にうけるなよ」
「そうかな? 皆、嫌な奴だったら話もしないと思うけど。ソルの事を分かるのは僕だけだって思ってのに…。なんか、悔しい…」
セレステは力任せに盛られたサラダをフォークでつき刺す。
今日の夕食は鶏胸肉のソテー、リンゴソースがけ。そこに彩り良くサラダが添えられている。後はカボチャのポタージュスープに全粒粉のパンがついていた。シンプルだが、丁寧に作られ味も申し分ない。
ソルは苦笑すると。
「セスは変わってないな? 昔も俺が他の誰かと話しているとすぐに割って入ってきてた。あの頃とちっとも変ってないのな?」
「…バカにしないでよ。ちゃんと変わってる。あの頃はそれくらいしかできなかったけど、今はもっとちゃんと阻止できるもの」
「阻止って…。そこまで俺に固執しなくてもいいだろ? ここは孤児院じゃない。まともな人間はずっと多い。それにいままでだって、セスをちゃんと思ってくれた人間もいただろ? いなくても、これからちゃんと出てくるはずだ」
「…要らないよ。そんなの」
「セス?」
セスは食べ途中の皿の上に視線を落としたまま。
「僕の話はいい…。ねぇ。本当にラハティ提督と付き合ってるの? ちゃんとした恋人なの?」
突然、詰め寄って来る。ソルはひとつ息をついた後。
「付き合ってる。…多分…」
「なにそれ。前もそんな風に言っていたよね? どういうこと?」
セスは引きそうにない。黙っていれば、話すまでずっとこの調子だろう。仕方なく重い口を開いた。
「…五年前まではそういう関係だった。今もそうだと思っているってのが正しい。…それでも、ラハティ提督を大切に思っているのは変らない」
「五年前って、今は違うの?」
「ちゃんと連絡も取り合っている。ごくまれに会うこともある…。けれど、ラハティ提督は以前のように身軽な身の上じゃない。俺もここへ配属されて、頻繁に会うこともなくなったってだけだ。以前の様には付き合っていないだけで──」
「それって、捨てられたんだよ。そうに決まってる。本当に大切だったら片時も離さない。僕だったらそうする」
「セス…」
「ソルは今、幸せなの? もしそうでないなら、少し考えた方がいいよ。そんな関係、普通じゃない」
セスの言葉に反論できなかった。
確かに普通の恋人同士の関係ではないのかもしれない。けれど、距離が離れても関係を持続させている連中は大勢いる。
其のうちの一人なだけで。
会っている時間だけが重要ではなく、会えない時間もどれだけ相手を信頼していられるかが大切で。疑いだせばきりがない。
思いが本物であれば相手を理解し、疑うことなどなくいられる。
アレクとはそういう関係なのだ。
「いいんだ。俺たちはこれで…」
そう自分に言い聞かせていると言ってもいいが。
「それより、訓練はどうだ? ついて行けているか?」
その話題はそれで切り上げ、訓練についての話に移った。セスは不満気だったが、一応話しに乗ってくる。
「…うん。今の所は。ちょっと疲れるけど…」
「セスは能力も高いし、順応性もある。もう少し慣れればいい線いくはずだ」
「そうなんだ。そうなれば嬉しいな」
セスは笑顔になる。
飛行訓練にペアで飛ぶときの注意点、情報伝達の仕方。危険回避方法や、救助の仕方。やることは山ほどある。
まだそのほんの一部を始めたに過ぎないが、セレステは抜群の順能力を示している。
この分なら、アレクのパートナーに選ばれるのも遠くない。
「このまま、焦らず行けば結果はついてくる。応援してる。…こっそりな?」
「フフ。ソルの応援があればそれだけで頑張れるよ」
そうして話す間にセスの夕食が終わり、各自部屋へ戻る為、ラウンジを出て通路を歩きだした所で、
「ねぇ、ソル。僕、次に会えたら必ず言おうと思っていた事があるんだけど…」
「なんだ?」
ちょうど通路を曲がった辺り、人気のない場所までくると立ち止まり、こちらを見下ろしてきた。
昔はセスの方が小柄で庇護欲を掻き立てられたのに、今は見上げる程の差がある。
大人になったのだと思った。
セスはソルの二の腕を掴むと引き寄せる。
「僕はソルが好きだった。…そういう意味で」
「セス?」
「他人に抱かれながら、ずっとソルのこと思ってた。ソルのことを思い浮かべてやり過ごしていたんだ。それなのに…いなくなって…」
突然の告白に驚きはしたが、どこかで気付いていた部分もあった。
「…ごめん」
「謝らなくていい。知らなかったんだし…。でも、今こうして会えたんだ。他の誰かとそうなれているなら、僕とだって望みはあるでしょ? 別に、無理にそうしなくてもいい。ただ、側にいてくれるだけでいいんだ…。ダメかな?」
「……」
言われてアレクの顔が浮かんだ。
アレクのよく通る低い声音。身体に触れてくる熱い手。体温、香り。
全てがなぜか蘇ってきて──。
「…ごめん。俺はアレクが今も好きだ。大切に思っている。…ほとんどあえてはいないけれど、それでも、俺はそう思ってる。だから、他の誰かとはない。…それがセスでも。ごめん」
「分かってる…」
そう言って深々とため息をつくと。
「でも、諦めない──」
くいと肩を引かれたかと思うと、通路の壁に背を押し付けられた。そこは柱の陰になって周囲からは見えない。
「セス──!」
開いた口にセスのそれが重なる。
好きだと言う思いをそこから伝えてくるような、熱の籠ったキスだった。
首をふって何とかそれから逃れたが。
「僕は…、ソルが好きだ。もうこれきりで言わない。けど、覚えておいて」
セレステの手首を掴む手が熱く、それだけがずっと記憶に残った。




