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カーマン・ライン  作者: マン太
第1章 出会い
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5

 明け方近く、ふと背中に寒さを感じて目を覚ました。まだ辺は薄暗い。


「ああ、すまない。起こしてしまったか。まだ寝ていていいんだろう?」


「ん…はい…」


 目を擦りながら見上げれば、僅かな明け方の光に上半身を起こしたアレクの姿が見て取れた。口元が笑みをかたどっているのが薄っすら分かる。


「私は戦闘機の状態を確認してくる。まだ寝ていてくれ…」


 ふわりと昨晩の香りと共に、額に温もりが一つ落ちた。


 ん…?


 アレクはそれが済むとソルの額を軽く撫で、ベッドから出ていく。


 今のは…。


 キスだった気がする。

 寝る前や朝起きた時、よく父親がしてくれたのと同じだった。

 アレクにしてみれば子どもにするのと大して変わらない行為なのだろうが、この年でされるのは気恥ずかしい。

 けれど、照れくささと同時に懐かしさで胸の奥がじんわりと暖かくなったのも事実で。

 そのまま、再び目を閉じる。

 久しぶりに感じる人の温もりは、素直に嬉しかった。


 結局、しっかりと目覚めたのはその一時間後。

 辺りは徐々に明るくなりつつあったが、普段ならまだ寝ている時間だ。

 けれど二人分の、しかもお客に朝食を用意するなら、そろそろ起きて準備に取りかかった方が良さそうだろう。

 昨晩のパンはまだある。スープ用の鶏ガラも充分あった。それで同じように出汁を取って、昨晩より幾分スパイスを効かせた味付けにしてみた。

 それが出来上がる頃、アレクが戻って来る。ドアが開いた途端、冷たい空気がアレクと共に流れ込んできた。


「流石にずっと外にいると寒いな…」


 アレクは二の腕を擦る様にしながら入ってくる。ソルはキッチンに立ったまま振り向くと。


「朝食、食べますか?」


「ありがとう。いただこう」


 ここでは生の野菜は手に入りにくい。ただ根菜類は豊富にあって、今朝はスープにそれらも多めに放り込んだ。

 カボチャにニンジン、ジャガ芋。昨晩よりはずっと豪華だ。

 アレクがテーブルについたと同時、湯気の立つそれをパンと共に並べ席につく。

「今朝もいい匂いだ。昨日とはまた違う香りがする…」

「今朝は少しスパイスを効かせてみました。温まるかと思って」

「──ん。美味しいな」

 かなり偏った食事にも、アレクは何も言わず、逆に心から美味しそうに口にしてくれた。

 身なりや物腰からすれば、普段もっといいものを口にしているだろうことは伺える。

 それなのに、文句も言わず食べてくれることが正直嬉しい。


「君の作るスープは上手いな。初めてこんな美味しいものを食べた気がする…」


「そんな、大袈裟ですよ…。それより、機体の方はもう冷えていましたか?」


「ああ。大丈夫なようだ。ただ、やはり幾つかの配線が焼き切れてしまったようでね。そこを直せば飛ぶと思うんだが…」


「そういえば、車輪も出ていませんでしたね。あれも回路のショートが影響したんでしょうか…。でも、あの着陸、凄かったです。引火することもなくほとんど煙も上がらず…」


「まあ、少しは腕が上がっているんだろう。ところで君は私の素性は気にならないのか?」


 アレクがどこか面白がる様な表情を浮かべ尋ねてくる。ソルは頭を掻きつつ。


「ええ…まあ。でも、あれほどの戦闘機に乗っているんだし、きっと帝国か連合のどちらかの方かと。仕事上、そういった詮索はしないのが決まりなので…」


 その操縦技術の高さや、容姿、物腰には目が行ったが、そちらは気にはならなかった。

 詮索を嫌う者が多い所為もあるが、結局、どちらに所属していようと整備には関係ないのだ。


「そうか。だが機体を見ただけではどちらかは分からないだろうな」


「そうなんですか?」


 帝国も連合も、それぞれエースとなる戦闘機を有している。形や性能もそれぞれやや違っていて、知っている者が見れば紋章などなくとも一目瞭然なのだが。


「まあ、後でみてくれ」


 アレクはそう言って意味深に笑む。その様子に俄然、やる気が出た。

 ソルは朝食を済ませると、素ばやく後片付けを終え、アレクとともに滑走路へと向かった。



「凄い…。素材が違う」


 昨晩はそれどころではなかった為、機体を見ようともしなかったが、改めて明るい所で見てみると、その特殊性が見て取れた。

 シルバーがかった白の機体は、普段、修理に来る輸送船らとは明らかに違う。

 ただ、そういった輸送船も通常の戦闘機も、ある程度は同じ素材のはず。しかし、今目にした素材は明らかに見た目も手触りも違っていた。

 そして、一見しただけではどこの所属なのかも判別しない。知っている知識を総動員しても、こんな機体はなかった。


「分かるのか?」


「…いえ。ただ、普段目にする宇宙船や輸送船とは違うので」


 遠慮勝ちにそう口にすれば。アレクは機体のボディをポンと叩き。


「だろうな。開発中の機体だ。素材も耐熱性も強度も今までの数倍はある。だが、試したのは機体ではなくエンジンだ。──見てみるか?」


「はい!」


 興奮に思わず、大きくなった声に、アレクがふっと笑みを浮かべる。

 そこで我に返ると。


「すみません。つい…」


「いいさ。どうせ修理してもらうには見てもらわねばならない。存分にみてくれ」


 そうして、アレクの説明とともにその内部を一つ一つ検分していった。


「凄いエンジンですね…。かなりの動力が得られます。ただ、このエンジンに対してこの配線が上手く動作していないようで…」


 エンジン部分を指しながら、アレクが持っていたこの機体の設計図を端末に映す。見て思ったが、これは一般人が目にしていいものではなかった。


 もしかして、修理が終わればなんらかの処分があるんだろうか?


 そんな不安が頭を過りながらも、目の前の機体に興奮する自分がいて、その不安を上回った。

 とりあえず、今は修理だけに専念しようと心に決めた。

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