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夕食後、ラウンジに向かうと既にセレステが待っていた。
コーヒーの入ったカップを脇に、船窓に向かって並んだカウンター前に座り、外に広がる宇宙を見つめている。
ただ景色を見ているだけなのに様になっていた。
本当に、昔と変わらない。
孤児院で窓枠に手をついて、外を行き交う人々を眺めていた幼い頃を思い出した。
陽射しを浴びるセスの髪がキラキラと輝いて、それをこっそり眺めるのが好きだったのを思い出す。
佇んでいると、ソルの気配に気づいてこちらに顔を向けた。その表情がぱっと明るくなる。
「ソル!…本当、ソルだね。会えると思ってなかった!」
「そうだ。そっちこそ、セス…だな? 変わりない。てか、前よりもっと綺麗になったな?」
「そう言うこと、言うようになったんだ?」
セスは照れたように笑いながら少しだけ口先を尖らせて見せる。氷のような美貌に人らしい温かみが生まれた。
ソルは同じくコーヒーをカウンターで注文し受け取ると傍らに腰掛ける。
「あの頃からもう十二年、経ってるんだな…。それで、今までどうしていたんだ? 養子になったようだけれど…」
するとセレステの表情が曇る。
「…ソルがいなくなった後、すぐに養子に迎え入れられたけれど…。あんなのただの人身売買だ。行った先でも僕の扱いは院の時と同じ…」
「同じって…まさか」
セスは悲し気に笑って首を振ると。
「養父は俺を商品としてしか見てなかった。だれか有力な権力者が現れればそれをつなぎとめるために僕を使った。…あいつら反吐がでる。やることはみんな一緒だって、どこに行っても変わらないんだって、あの頃は毎日が絶望の日々だった…」
ずっと記憶の片隅にあった。
十歳で孤児院をでた時の頼りなげなその表情。心細い思いをさせてしまったと、どうせなら一緒に連れ出せば良かったと後悔もした。
けれど、当時の自分にそんな経済力はなく。自分が生き抜くので精いっぱいだった。
それに、セスは自分と違い養子の話もいくつかあるようで。
せっかく裕福に暮らせるだろう彼の未来を、奪うことなどできないと思ったのだ。
けれど、やはり連れ出しておけば──。
平気な顔をしているが、内側はもう随分傷ついているに違いない。
セスは昔から、自分を隠すのが上手かった。自分の本当の気持ちを押し込めて、笑顔を作り。昔から辛いとか悲しいとか、口にあまりしなかった。
ただ、時折抱きしめて欲しいと言ってきて。
いつもセスがそう言うのが、大人達に呼び出された後だと知っていたから、ただ黙って抱きしめていた。
それを今思い出している。
こんなに成長はしたけれど、本質は変わってはいないだろう。
「セス…。今更遅いけど、もうここにいれば大丈夫だ。そんな目に遭わせない」
テーブルに置かれていた手を握り締める。
昔は自分より小さく頼りなかったのに、今はしっかりとした大人の手になっていた。それでも、本質は変わらないはず。
「ありがとう…。ソル。でも、もう大丈夫だ。あの頃は辛かったけれど、そのあと自分の道を見つけたんだ。だからここへも来られた」
「セス…」
「中等部を卒業するのと同時に養父の家をでて士官学校に入れたんだ。それ以降、行為を無理強いされることもなかったしね。もう、僕は僕の意思で動いているんだ。お陰でソルにも会えた。…思ってもいなかったよ」
握った手の上にセレステの手が重なる。
「ねぇ…。ソルはここにずっといたの?」
「俺は…あのあと、農場や工場を転々として、最後にいた整備工場でアレク…ラハティ提督と偶然会ったんだ。それで能力を見出されて暫くパイロットとして戦場にいた。怪我をしてからはここへ配属されて…」
「怪我って? もう大丈夫なのか?」
「なんとも。ただ、パイロットとしては無理だった。それで、もう一つの得意分野だった研究開発へ回されたんだ」
「ソル、好きだったもんね? いっつも暇さえあれば、雑誌やネットで情報調べていたもの。けど、能力って──ソルも能力者だったんだね?」
「そう…だった。もう、なんの能力もないけどな」
「僕は嬉しいな。お陰でソルに鍛えてもらえるもの。これからは当分一緒にいられるんでしょ?」
「ああ。でも、任務中はだめだ。こうして自由時間中は話もできるけれど、誰か一人を特別にはできないからな?」
「うわ。ソル、真面目」
「それがセスの為でもある。上官にひいきされてると思われれば、周りの奴らもいい気はしないだろ? 余計な諍いはおこさせたくないからな」
「すっかり、大人の発言だね? ソルも経験者?」
「そうだな…。でも、やっぱり周りに守ってもらえていたな。俺はラハティ提督に拾われたから、やっぱりやっかまれることは多かったと思う…。でも、ラハティ提督始めザインや他の連中に良くしてもらったんだ…」
「ザインて、パイロットの?」
帝国内で彼らの名を知らぬ者はいないだろう。それだけの活躍を見せていた。
「ああ。そうだ。ザインはちょっと変ってるが…。ラスターもアルバも、リーノもゼストスも。みないい仲間だ」
「いいな。ソルは…。大変な目にも遭ってきただろうけれど、ちゃんと仲間がいてさ。僕なんてずっと独りぼっち。搾取されてばかりだった…。だれも、ソル以外、僕を庇おうとなんてしてくれなかったもの…」
「セス。今後、同じ目に遭いそうになったら俺に言え。絶対に守る」
もう、あの頃の力のない自分ではないのだ。
そこまで権力は無くとも、地位はあがりつつある。それなりに言動に力はあった。するとセスは嬉しそうに笑って。
「ありがとう。なにかあったらソルに言うよ」
セスは握りあった手を持ち上げ、手の甲にキスを落としてきた。
「セス?」
驚いたせいで声が上擦る。
「…いいじゃない。キスだって毎朝、毎晩。してたでしょ?」
指先が手に絡んでくる。
セレステの手はひんやりと冷たい。もともと体温が低かったことを思い出した。寝る前に同じベッドに潜り込んで互いを温めあったのを思いだす。
けれど、今のそれは当時の触れあいとは確実に違う意味を持っていた。
「あれは…。挨拶だろ?」
「これだって挨拶だよ。ねえ。ソル、恋人っているの?」
思わずドキリとした。セレステは知らないのだから仕方ない。ソルは視線を床へと落すと。
「いる…。俺はそう思ってる…」
「ふうん。なんか訳アリなんだね? また、その話きかせてよ? 無理にとは言わないけれど…」
セレステの白い指がソルの指を弄んだ。
甲や指の間を撫でられ、ゾクリとした何かが身体の内を走って、思わず腕を引いてセレステの手から逃れる。
「俺のことなんていいんだ。それより、ここに早くなれるようにな? ほかの連中にも頼んでおく。じゃあ、また明日…」
「ソル…!」
素早く席を立つと、セレステの声が呼び止めたが、足を止めることはなかった。




