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「ソル、ここはどうする?」
ゼストスに聞かれ、ソルは差し出されたパッドを覗き込む。
そこには複雑な設計図が表示されていた。新しい戦闘機のものだ。
ここは帝国軍の軍事開発部門が所有する研究所。エテルノ帝国の首都ドゥンケルがある惑星フィンスターニスのはるか上空に浮かぶ宇宙ステーションだった。
五年前、怪我の後遺症が元でパイロットの役目を終えたソルは、アレクの指示により、旗艦を降りた。
そしてこの研究所へと配置換えとなり、研究員及び能力者指導員として配属され、日々忙しく過ごしている。
指導とは各部隊から集められた能力者の教育だった。年に数度、送られてきてはそれを鍛える手助けをしている。指導員としての仕事がなければ、その殆どをラボで過ごしていた。
「…ここは、この通りでいい。けど、そうした場合、ここに不具合が生じてくるはずだ。だからここの回路はここへ繋げて、あとは──」
額を寄せ合い熱心に話し合っていると、
「相変わらず忙しそうだな?」
研究室の入口に姿を現したのはザインだった。上級士官なら自由にラボにも出入りできる。
今も精力的に動くザインは、エテルノ帝国宇宙軍のトップで働きながらも、毎回戦闘に参加していた。アルバも同じ。
ラスターとリーノもその傍らに控え、ザインらを支えている。
「ザイン、忙しいのに済まないな。この前は大活躍だったな? ケガを負ったと聞いたけど…」
先月あった旧ブラシノス連合軍の残党との戦闘で、仲間の撤退を助けるため出撃した際、敵機の攻撃を受け重傷とも言えるケガを負ったのだ。
その時、ラスターは同乗していなかった。
作戦上、能力者を使用する必要はないと判断されていた為だ。少し残党を甘く見積もっていたらしい。
「大丈夫だ。ちょっと火傷した程度でな。ラスターがうるさくて敵わない。アルバもリーノも顔を見たいと言ってたぞ? たまには旗艦にも顔を見せろ。巡回はしているんだろ?」
パイロットを辞めた時点で、それまで四六時中会っていたザインやアルバ、リーノ、ラスターらとも顔を合わせる機会はなくなった。
「俺がわざわざ行かなくとも、一番優秀な整備士を向かわせている。俺は後方で指示を飛ばしている方が気楽でいい」
ザインは周囲を見回しながら。
「こんな薄暗くて陰気な研究室の中でか? もっと明るい所の方がお前にはあっているだろう。何なら俺専属の整備士にならないか?」
上級士官になると、自分の機体に数名の専門整備士を置いている。
中将となったザインの機体にも勿論ついていた。戦闘がある中も、入る前も彼らがすべて入念に機体をチェックし、改良を重ねている。
ザインは歩み寄るとソルの腰に腕を回してきた。
「ザイン、仕事中だ」
胸元へ指先を突きつけ押し返せば、傍らにいたゼストスが腕組みしつつ。
「おい。ザイン。ここを掃き溜めみたいに言うな。日々、お前たちの機体を誰が改良し、整備してると思ってる?」
ゼストスが憤慨してそう声を上げる。
ちなみに、ゼストスはソルが行くなら自分もと志願し、無理を押し通しついてきたのだった。アレクはそれを許可した。
「それには感謝してるさ。ソルがここへ入ってからグンと操縦も乗り心地も良くなったしな?」
「ああ、ああ。そうだよ…。ソルのおかげさ。それは否定しない。だからこそ、彼はここから出すわけには行かないな。独り占めは許されない。当然、ザインの専属も無理だ」
「まあ、そうだろうな。けど、アレクはお前を放って置きすぎだろう? 俺ならこうして会いに来てやれる…。そっちの専属は鞍替えしないか?」
その言葉に思わず唇を噛みしめる。
アレクの顔を直に見る機会は極端に減った。
というより、数ヶ月に一度、酷いときは半年に一度、見られればいい方で。この五年、まともに顔を合わせた記憶が無かった。
パイロットを辞めたからと言っても、幾らでも側に置く道はあったはず。
先程も述べた通り、上級士官であれば自分専用に整備士を持てたが、それにもさせなかった。他にも従卒にしてもいいし、旗艦にあるドッグの整備士でも良かった。
しかし、そのどれもにソルを置くことはなく。
ソルの能力を生かそうと考えれば、どれも中途半端になる。将来を思ってここへの配属にしたのだろう。ここなら研究のみに没頭出来た。
けれど──。
あれからずっと、大切な何かを置いてきてしまった様で。喪失感は拭えない。孤独もつのるばかりだ。
「ザイン。気持ちだけ受け取っておく。で、今日来てもらったのは、試乗して乗り心地を確認してもらう為だ。これはザイン専用に作られたものだ。ザインの癖に合わせて調整してある。ラスターにも後で来てもらう予定だ。二人の要望も取り入れてある。他にもいろいろ見て確認してくれ」
ソルは傍らに置かれたまだ外装も終えていない機体に目を向けた。
鈍色に光る機体。流線型のそれは、能力者搭乗用に作られた機体だった。
弱体化した連合軍だが、帝国に反発する勢力はまだ各地に点在している。その戦闘に終止符をうつため作られた機体。終結に決定打を与える機体になるだろう。
「ったく…。お前も成長して男ぶりは上がったが、かわい気がなくなったな? 妙に大人になっちまいやがって。昔は俺がキスしただけで顔を真っ赤にしてたのにな?」
そう言って、ゼストスがいる前でも構わず引き寄せ額にキスを落とす。これは、昔から変わらない。
「ザイン…」
下から睨み上げると、ザインはどこ吹く風で笑って見せただけだった。
事故後もザインからは執拗にアプローチを受けていた。
ことに、今はアレクとは距離を置いている。それを知ってその積極性に磨きがかかっているのは事実だ。
機体の整備を装っては頻繁にここへ出入りしている。お陰でソルとザインの仲はすっかり知れ渡っていた。アレクと付き合っていた当時を知るものは稀だろう。
ザインにもちゃんと恋人はいる。
数人は必ずいて、それぞれ大切に扱ってはいるらしいが、ザインの談ではそれとこれとは別なのだとか。
「本命はお前だけだって」
ザインは諦めが悪い。
あれから五年。ソルも二十二歳となり、ザインのアプローチにもうまくあしらえるようにはなっていたが、ザインは変わらない。
どうしてこんな俺がまだいいのか。
既にパイロットとして名声を得たのは過去の話で。ラボに籠もりっきりのぱっとしない男など放っておけばいいのに。
それは、アレクに対しても言えることだった。
身体の関係が無いにも関わらず、アレクは事故後もこの関係を終わらせようとは言わない。
時折、様子を尋ねる通信が送られて来ていた。ただ、ディスプレイ越しに話した事はない。アレクも忙しいのだろう。
ネックレスも回収しようとはしなかった。
それは、終わった訳では無いのだと伝えてくる。
嬉しいのは事実だ。
でも、時折不安がよぎる。こんななんの役にもたたない自分がアレクを独占していいのかと。
アレクは今や帝国になくてはならない存在となっている。ユラナスはその片腕として精力的に働いていた。
それに比べ、日々ラボに籠もり、また能力者の指導にあたる。
地味な生活だ。必要なこととはいえ、表舞台に立つアレクとの距離は随分広がった気がする。
これじゃ、昔と同じだな。
辺境の惑星で整備士見習いだった自分と、傭兵とは言え既に帝国軍の士官だったアレク。
あの時と結局変わっていないんだな。
けれど、今は自分に出来ることをやるしかない。
「ザイン。これ以上ちょっかいを出すと、コックピットから一生出られない様に設計するぞ?」
少し脅すとザインは本気で顔を青くし。
「ソル。お前が言うと冗談に聞こえねぇな…?」
「さ、試乗の前に説明だ」
ゼストスが説明書の表示されたパッド片手にザインに歩み寄った。




