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カーマン・ライン  作者: マン太
第4章 別離

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5

「ソル、ここはどうする?」


 ゼストスに聞かれ、ソルは差し出されたパッドを覗き込む。

 そこには複雑な設計図が表示されていた。新しい戦闘機のものだ。

 ここは帝国軍の軍事開発部門が所有する研究所。エテルノ帝国の首都ドゥンケルがある惑星フィンスターニスのはるか上空に浮かぶ宇宙ステーションだった。

 五年前、怪我の後遺症が元でパイロットの役目を終えたソルは、アレクの指示により、旗艦を降りた。

 そしてこの研究所へと配置換えとなり、研究員及び能力者指導員として配属され、日々忙しく過ごしている。

 指導とは各部隊から集められた能力者の教育だった。年に数度、送られてきてはそれを鍛える手助けをしている。指導員としての仕事がなければ、その殆どをラボで過ごしていた。


「…ここは、この通りでいい。けど、そうした場合、ここに不具合が生じてくるはずだ。だからここの回路はここへ繋げて、あとは──」


 額を寄せ合い熱心に話し合っていると、


「相変わらず忙しそうだな?」


 研究室の入口に姿を現したのはザインだった。上級士官なら自由にラボにも出入りできる。

 今も精力的に動くザインは、エテルノ帝国宇宙軍のトップで働きながらも、毎回戦闘に参加していた。アルバも同じ。

 ラスターとリーノもその傍らに控え、ザインらを支えている。


「ザイン、忙しいのに済まないな。この前は大活躍だったな? ケガを負ったと聞いたけど…」


 先月あった旧ブラシノス連合軍の残党との戦闘で、仲間の撤退を助けるため出撃した際、敵機の攻撃を受け重傷とも言えるケガを負ったのだ。

 その時、ラスターは同乗していなかった。

 作戦上、能力者を使用する必要はないと判断されていた為だ。少し残党を甘く見積もっていたらしい。

 

「大丈夫だ。ちょっと火傷した程度でな。ラスターがうるさくて敵わない。アルバもリーノも顔を見たいと言ってたぞ? たまには旗艦にも顔を見せろ。巡回はしているんだろ?」


 パイロットを辞めた時点で、それまで四六時中会っていたザインやアルバ、リーノ、ラスターらとも顔を合わせる機会はなくなった。


「俺がわざわざ行かなくとも、一番優秀な整備士を向かわせている。俺は後方で指示を飛ばしている方が気楽でいい」


 ザインは周囲を見回しながら。


「こんな薄暗くて陰気な研究室の中でか? もっと明るい所の方がお前にはあっているだろう。何なら俺専属の整備士にならないか?」


 上級士官になると、自分の機体に数名の専門整備士を置いている。

 中将となったザインの機体にも勿論ついていた。戦闘がある中も、入る前も彼らがすべて入念に機体をチェックし、改良を重ねている。

 ザインは歩み寄るとソルの腰に腕を回してきた。


「ザイン、仕事中だ」


 胸元へ指先を突きつけ押し返せば、傍らにいたゼストスが腕組みしつつ。


「おい。ザイン。ここを掃き溜めみたいに言うな。日々、お前たちの機体を誰が改良し、整備してると思ってる?」


 ゼストスが憤慨してそう声を上げる。

 ちなみに、ゼストスはソルが行くなら自分もと志願し、無理を押し通しついてきたのだった。アレクはそれを許可した。


「それには感謝してるさ。ソルがここへ入ってからグンと操縦も乗り心地も良くなったしな?」


「ああ、ああ。そうだよ…。ソルのおかげさ。それは否定しない。だからこそ、彼はここから出すわけには行かないな。独り占めは許されない。当然、ザインの専属も無理だ」


「まあ、そうだろうな。けど、アレクはお前を放って置きすぎだろう? 俺ならこうして会いに来てやれる…。そっちの専属は鞍替えしないか?」


 その言葉に思わず唇を噛みしめる。

 アレクの顔を直に見る機会は極端に減った。

 というより、数ヶ月に一度、酷いときは半年に一度、見られればいい方で。この五年、まともに顔を合わせた記憶が無かった。

 パイロットを辞めたからと言っても、幾らでも側に置く道はあったはず。

 先程も述べた通り、上級士官であれば自分専用に整備士を持てたが、それにもさせなかった。他にも従卒にしてもいいし、旗艦にあるドッグの整備士でも良かった。

 しかし、そのどれもにソルを置くことはなく。

 ソルの能力を生かそうと考えれば、どれも中途半端になる。将来を思ってここへの配属にしたのだろう。ここなら研究のみに没頭出来た。


 けれど──。


 あれからずっと、大切な何かを置いてきてしまった様で。喪失感は拭えない。孤独もつのるばかりだ。


「ザイン。気持ちだけ受け取っておく。で、今日来てもらったのは、試乗して乗り心地を確認してもらう為だ。これはザイン専用に作られたものだ。ザインの癖に合わせて調整してある。ラスターにも後で来てもらう予定だ。二人の要望も取り入れてある。他にもいろいろ見て確認してくれ」


 ソルは傍らに置かれたまだ外装も終えていない機体に目を向けた。

 鈍色に光る機体。流線型のそれは、能力者搭乗用に作られた機体だった。

 弱体化した連合軍だが、帝国に反発する勢力はまだ各地に点在している。その戦闘に終止符をうつため作られた機体。終結に決定打を与える機体になるだろう。


「ったく…。お前も成長して男ぶりは上がったが、かわい気がなくなったな? 妙に大人になっちまいやがって。昔は俺がキスしただけで顔を真っ赤にしてたのにな?」


 そう言って、ゼストスがいる前でも構わず引き寄せ額にキスを落とす。これは、昔から変わらない。


「ザイン…」


 下から睨み上げると、ザインはどこ吹く風で笑って見せただけだった。

 事故後もザインからは執拗にアプローチを受けていた。

 ことに、今はアレクとは距離を置いている。それを知ってその積極性に磨きがかかっているのは事実だ。

 機体の整備を装っては頻繁にここへ出入りしている。お陰でソルとザインの仲はすっかり知れ渡っていた。アレクと付き合っていた当時を知るものは稀だろう。

 ザインにもちゃんと恋人はいる。

 数人は必ずいて、それぞれ大切に扱ってはいるらしいが、ザインの談ではそれとこれとは別なのだとか。


「本命はお前だけだって」


 ザインは諦めが悪い。

 あれから五年。ソルも二十二歳となり、ザインのアプローチにもうまくあしらえるようにはなっていたが、ザインは変わらない。


 どうしてこんな俺がまだいいのか。


 既にパイロットとして名声を得たのは過去の話で。ラボに籠もりっきりのぱっとしない男など放っておけばいいのに。

 それは、アレクに対しても言えることだった。

 身体の関係が無いにも関わらず、アレクは事故後もこの関係を終わらせようとは言わない。

 時折、様子を尋ねる通信が送られて来ていた。ただ、ディスプレイ越しに話した事はない。アレクも忙しいのだろう。

 ネックレスも回収しようとはしなかった。

 それは、終わった訳では無いのだと伝えてくる。

 嬉しいのは事実だ。

 でも、時折不安がよぎる。こんななんの役にもたたない自分がアレクを独占していいのかと。

 アレクは今や帝国になくてはならない存在となっている。ユラナスはその片腕として精力的に働いていた。

 それに比べ、日々ラボに籠もり、また能力者の指導にあたる。

 地味な生活だ。必要なこととはいえ、表舞台に立つアレクとの距離は随分広がった気がする。


 これじゃ、昔と同じだな。


 辺境の惑星で整備士見習いだった自分と、傭兵とは言え既に帝国軍の士官だったアレク。


 あの時と結局変わっていないんだな。


 けれど、今は自分に出来ることをやるしかない。


「ザイン。これ以上ちょっかいを出すと、コックピットから一生出られない様に設計するぞ?」


 少し脅すとザインは本気で顔を青くし。


「ソル。お前が言うと冗談に聞こえねぇな…?」


「さ、試乗の前に説明だ」


 ゼストスが説明書の表示されたパッド片手にザインに歩み寄った。



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