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カーマン・ライン  作者: マン太
第2章 流転

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9

 蜂の巣をつついた様な有様のゲートから出撃する。

 誰もそのソルの出撃を見咎めなかった。皆、それどころではないのだ。

 機体は宇宙へと飛び立つ。強いGの後、フワリと身体が軽くなった。操縦の仕方は輸送時に確認済みだ。

 大きく深呼吸すると、ディスプレイを確認し、敵機の位置を確認することに集中する。

 上下左右、意識を飛ばすと、直ぐにその機影を見つけた。

 不思議なのはモニターに映る前にそこに気配を感じること。

 もちろん、戦闘機による実戦での攻撃は初めてで腕は劣るが、敵機より先に動けるために、相手がロックオンする前に意表を突くことができるのだ。

 狙うのは左右のウィングや尾翼。

 とりあえず、飛行不能にすることが目的だった。そうすれば追ってこないし、攻撃も限られた範囲だけになる。

 一流のパイロットが聞けば甘いと笑うだろうが、どうしても撃墜するのは躊躇われた。

 そうこうしていれば、味方だけがやられて行く状況に敵はこちらを強敵とみなしたのか、編隊を組んで追ってきた。

 もちろん、あちらは撃墜することを目的としている。四方を敵に囲まれ、慌てて近場に無数に浮遊する岩を盾に逃げ回った。そろそろ給油をしなければ、持ちそうにない。


 一度、帰艦しないと。


 しかし、ここからは容易に逃げ出せそうになかった。

 それでも感覚を研ぎ澄ませ、二機を撃ち動けなくする。その間になんとか活路を見出そうとした矢先、突然目の前に敵機が躍り出た。

 白銀の機体が恒星の光を受けて輝く。


 いつのまに?!


 はっとして周囲へ巡らせていた意識をそちらに集中させてしまった。

 その一瞬の隙をつかれ、一発のミサイルが右舷を掠めたかと思うと、翼の一部が火を噴く。


 くっ!


 機体が揺れ傾くのを何とか制御しつつ飛ぶ。飛べなくなる程ではないが、これでは機敏には動けない。敵機は執拗に追ってきた。

 仕方なく再び岩の間に身を隠し、なんとか追跡を振り切ると、その隙に小惑星の一つへと着陸した。

 岩だらけの地表は隠れるのには丁度いい。ろくに大気のない星は、宇宙の闇に包み込まれていた。


 これ以上はやれない。


 そう判断した。

 燃料もあと少しで尽きる。右翼が損傷しては逃げ切るのも不可能だった。

 せめて救難信号を送って、仲間が見つけてくれるのを待つしか手はない。


 その前に敵に発見されるのが落ちだろうな…。


 ここにいては見つかった時に逃げられない。

 仕方なくハッチを開け、コックピットから降りようと、キャノピーを押し上げ背を向けて機体の淵に手をかけた所で。


「…そのまま降りて、機体に手をつけ」


 背中越し、ヘルメット越しでくぐもってはいるが、流暢な共通語が聞こえてきた。

 ヘルメットをかぶっていても、相手に聞こえるよう通信は開かれている。


 やっぱり、見つかったか…。


 仕方なくそのまま機体から降りると、両手をまだ熱をもつ機体についた。

 そういえば銃器を携帯してこなかったと気付く。自分はまだ兵士ではないのだ。携帯は許可されてはいないのだが、こう言う場合を想定しておくべきだった。

 兵士見習いとして、その扱いや訓練を受けている。ちなみに勘の良さが生かされたのか、射撃の腕は指導教官のお墨付きだ。持ってこなかったことが悔やまれる。

 そうこうしていれば相手の持つレーザー銃の銃口が背中の中心に触れた。

 スーツの布地越しにも、硬い金属の感触がはっきりと分かる。そこで引き金を引かれれば終わりだ。あのネックレスとともに心臓は焼かれるだろう。

 緊張に身体を固くしていれば。


「…まだ子どもか?」


 敵兵の声音が怪訝なものとなる。

 メット越しで不明瞭だが、声は涼やかに聞こえた。若い兵士なのだろうか。


「俺は兵士じゃない…。整備士見習いだ。帝国兵は丸腰の子どもでも撃つのか?」


 十七歳は子供ではない。

 しかし、小柄なソルはともすると年齢以下に見られることもしばしば。

 僅かでも生きのこる可能性があるならと、捨て鉢にそう口にすれば。


「…ソル…?」


 敵兵が名を呼んだ。銃の存在も忘れ思わず振り返る。そこで目にしたのは──。


「…アレク」


 ため息に似た呟きが口から洩れた。

 ヘルメットの樹脂ガラスが光を反射し、はっきりとはしないが、確かにその向こうに見覚えのある眼差しがあった。


 ブルーの瞳。


 あれから二年。二十一歳になるアレクは、僅かに見える程度でも、以前にも増して冴えた容貌になっているのが見てとれた。

 向こうもソルを確認したのか、途端、腕を引かれ、力強い腕が身体を抱きしめてきた。

 これは確かに──。


 アレク…だ。


 熱を遮断するはずのスーツ越しにもその温もりを感じた。


「随分、待った。…漸く、会えたな? ソル」


「アレク…。なんだな? でも、待ったって…?」


「迎えに行くと言っただろう? その機会を伺っていた。…私は約束は違えない」


「俺は…まだ、アレクに必要とされているのか?」


 二年という歳月は決して短いものではない。心変わりがあってもおかしくはなかったが。


「一時たりとも忘れたことはなかった。君を迎えにここまで来たんだ。…一緒に来てくれ」


 何処か笑んだ声音が優しく耳朶に響く。


「あ…」


 俺を、迎えに…。


 身体を少し離し、アレクを見つめた。

 ヘルメット越しなのがもどかしい。もっとその瞳を見つめたかった。


 青い、石と同じ澄んだブルーの──。


 その瞳を覗き込もうとした所で背後から声がかかった。


「ソル! 大丈夫か? お前っ! ソルから離れろ!」


「ケイパー?」


 見ればそこにレーザー銃を構えた数人の連合の兵士とケイパーがいた。

 救難信号に怪我を押して追ってきてくれたのだろう。その気持ちは嬉しかったが。


「まて! 撃つな!」


 ソルはアレクを庇う様にして前に立つ。


「おい! なにしてんだよ! ソル!」


「この人は、俺の知人で…敵じゃない! 撃たないでくれ!」


「何言ってんだよ! そいつは帝国軍だ。奴らにいったい何機やられたと思ってる! 何人死んだと思ってんだよっ! 知人とか、関係ねぇ!」


「ケイパー…」


 ソルが言葉を無くし呆然とその顔を見返せば背後で。


「その通りだ。だが、私はここで死ぬわけにはいかない。それに、ソルも置いて行くつもりはない」


「アレク?!」


 と、アレクはぐいと腕をソルの首に回し、そのヘルメットへ銃を突きつけた。


「私を撃つなら、彼も道連れだ。彼を誰にも渡したくはない。それくらいなら──」


 引き金がゆっくりと引かれる。

 それを見たケイパーは、向けていた銃口を皆に下ろさせた。酷く悔しい表情が浮かんでいる。


「…誰だよ。お前」


「ソルを迎えに来ただけだ」


 と、その背後へ帝国の戦闘機がふわりと着陸した。白銀の機体には見覚えがある。


 さっき、俺を追ってきたのは──。


 アレクの乗る機体だったのだと知った。

 やはりアレクの腕は一流なのだと思う。

 一度、ケイパーらに向けて威嚇射撃をしてきた。戦闘機の攻撃に、手持ちの銃器では対抗できない。


「くそっ!」


 ケイパー達は後退せざるを得なかった。塵尻に散って、皆岩陰へ身をひそめる。


「アレク様! こちらへ!」


 白銀髪の男が開いたコックピットから声をかける。それを合図にアレクはソルを連れたまま、機体に手をかけた。


「逃がすか!」


 その瞬間、ケイパーがレーザー銃を構え発砲してくる。青白い弾道が機体を掠め、その幾つかがアレクを掠めた。


 危ない!


 思わず、その背後を庇う様に背に覆いかぶさる。


「ソル!?」


 ケイパーのなぜだという声。


 ごめん。でも、俺は──。


 振り返ろうとしたソルの腕を強い力が引くと、コックピット内へと引き込んだ。

 キャノピーが閉じられる寸前、数発がかすめたが、レーザーでは機体に損傷を与えることはできない。皆弾かれ空しく宙に消えていく。


 ごめん。ケイパー…。


 飛び立った機体の下に走り寄り、こちらに銃を放つケイパーを見下ろした。


 俺は──。


 ぐっと目を閉じ、気持ちを鎮める。その肩に手がかかった。懐かしい温もり。


「ソル。到着まで時間がある。休め…」


「アレク…」


 振り返ると、ヘルメットを外したアレクの顔がそこにあった。

 澄んだブルーの瞳。零れる金糸の髪。ずっと間近で見たいと思っていた。


 こうして再び会うことができるとは。


 でも、それを見る為には犠牲が必要だった。

 アレクに倣って、ソルもヘルメットを外し、脇に抱えると。


「これはユラナス。私の直属の部下だ。何か分からないことがあれば彼を頼っていい」


 ヘルメットを背に跳ね上げたユラナスと呼ばれた男は、短い紹介に白銀の髪を軽く揺らし、同じ色をした目を僅かに伏せ目礼をしてみせた。

 しかし、瞳の色以上にこの男の目には氷のような冷たさがあった。アレクの熱のある瞳と比べそれは対照的で。


 俺は……。


 ケイパーの非難するような眼差しが、それに被り身をすくませた。


 仲間を捨て、俺は何をしようというのか。


 ずっと一緒だったケイパーも心優しいエッドも、面倒を見てくれた老整備士ハンスも。

 その他大勢の仲間たちがいた。彼らを襲った敵の手を取って。


 俺は何を掴もうと言うのか。


 ぐっと手を握りしめる。その肩を引き寄せるようにアレクが抱いた。


「今は何も考えるな。休むといい…」


 ソルの気持ちを察したのか、アレクが耳元でささやく。

 胸が痛むのと同時、アレクに会えたことに歓喜し充足感を得る自分がいて。

 どちらに身を置いていいのか分からなくなった。

 ただ、アレクの言葉に思考を手放しその腕の中で目を閉じた。

 


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