11
次の日も朝から修理に没頭した。
アレクも傍らで一緒に額を突き合わせていたが、細かい作業となってアレクには時間ができた。
暫くソルの様子を後ろで眺めていたが、気がつくと近くにその姿が見当たらない。
「アレク?」
額の汗を手の甲で拭うと、ひと休みするつもりでその姿を探す。
朝、淹れたアイスティーの入ったポットや、小ぶりなリンゴの入ったバスケットを手に周囲を見廻す。
と、機体の反対側の木陰に金色の髪が風に揺れるのを見つけた。
寝てるのかな?
意外に近い場所にその姿を見つけて安堵する。
そっと近づくと、やはりアレクは腕を枕に上向きに眠っていた。
そよぐ風がアレクの金糸を揺らし顔を隠す。
起こすのが躊躇われ、その傍らに腰を下ろした。
空も晴れ気持ちの良い日だった。
この惑星は晴れても淡い黄色に空が染まるだけで青くはならない。
その空の下、健やかに眠るアレクが傍らにいて。
いいな。こういうの。
誰かとこうして、日向で風を受けながらのんびりと過ごす。
今までひとりきりだったソルに取って、新鮮で幸せだと思える時間だった。
ずっとこうして過ごせたらいいのに。
その相手がアレクだったなら。
ふと、そんな考えが過ぎって、慌てて頭をふる。
あり得ない。そんな事。
アレクは帝国の士官で、本来ならここにいるはずのない人間で。ここに来たのも偶然。
アレクはこんな風に田舎でのんびり過ごす様な人間ではない。
もっと光の当たる場所で、人の上に立つようなそんな場所が似合っている。自分とは大違いだ。
俺はきっとここで、ごくありふれた生涯を終えるのだろう。
そう思うと胸の奥に一抹の寂しさを感じ、唇を噛みしめていると。
「どうしてそんな悲しい顔を?」
その声にはっとして傍らを見れば、アレクが肘をついてこちらを見上げていた。
向けられた優しい眼差しに心拍数が上がる。
「別に…。そんなつもりは──」
「素直じゃないな。そんな顔をしてみせて、否定しても、な?」
言うと不意に腕を掴まれ引かれた。どっとアレクの腕の中へ倒れ込む。ふわりと鼻先で薫るのは既に馴染んだもの。
「ア、アレク?」
「折角、いい時間を過ごしているんだ。そんな顔をするのは勿体ない。少し休め」
しかし、寝ようにもアレクの腕の中だ。ベッドの中でもない今、気恥ずかしさが上回る。
「じゃあ、横で休むよ。腕を離して」
「このまま休めばいい。私はかまわない。…それに、毎晩一緒に寝ているだろう?」
更に腕の中に抱きすくめられ、アレクの声が耳朶をくすぐる。カッとなってアレクを睨みつけ。
「そんな…っ、あれは、そんなつもりじゃ」
「冗談だ。いいから寝るんだ。ずっと掛かりっきりで疲れただろう? 私ももう少し休む…」
「アレク…」
言う間に目を閉じてしまう。
仕方ない。
無理やり離れる訳にも行かず、結局アレクの腕の中で目を閉じた。
明るい日差しの中で眠るのは初めてだった。それは、ソルにとってとても幸せな時間だった。
ずっと忘れないでおこう。
そっとアレクの胸元に額を寄せて、ソルは目を閉じた。
腕の中のソルは随分小さく感じる。
戦闘機相手に格闘している最中はその背中を大きく感じるというのに。
ソルを見ていると、腕の中に抱きしめキスしたくなる。
こんな感覚を他人に持った事はなかった。
例えるなら、幼い弟のミルクの香りのする頬にキスをしたのと似ている。
母親に抱かれて眠りにつく幼子は、無償で守りたい存在だった。
それと同じだ。
今一度、その身体を大切な壊れ物を扱うように、腕の中にソルを抱き込んだ。
四日後、取り寄せていた部品が無事到着し、早速それを装備し配線やシステムを整えた。
今日もアレクの部下の整備士と連絡を取りながら修理にあたる。
休む間も惜しみ修理を続け、なんとか夕方にはそれも終わり、明日には試運転出来そうだった。
「アレク、明日には飛ばせそうだけど…」
「そうか。なら、早速試運転しよう。勿論、君の操縦でな」
「でもいいの? 今更だけど、大事な戦闘機を俺みたいな整備士見習いになんか操縦させて…。それに、もしあなたに何かあったら──」
「私が一緒に乗るのは君を危険な目に合わせる訳にはいかないからだ。それに、どちらが操縦するにしろ、君も乗るつもりだろう? だが、そうだな。私が先に操縦しよう。一度、君は後ろで見ているといい」
「分かった…」
アレクは笑むと。
「楽しみだな」
そう言うと、ポンと手のひらを頭に乗せ笑った。