10
その日の夕食も、初日より豪華なものとなった。
とは言っても、品よく皿に盛り付けられ飾られたものではない。
ごくありふれたシチューにパンと言ったもの。後は小屋の庭先で採れた果実が並んだ程度。
この果実は、元々伸び放題だったのを手入れしたお陰で、大きな実をつける様になったものだ。
それでも、シチューには時間をかけ煮込まれた鹿肉が入っているし、パンは焼き立て、フルーツは採ったばかりの梨、リンゴが並んでいた。
アレクは所狭しと並べられた料理を前に席につくと、遠慮なくそれらを口にする。
「昨晩もそうだったが、君の作る料理は美味しいな? 誰かに教わったのか?」
ソルは追加で切り分けた、まだ湯気の立つパンを中央の皿に盛りながら。
「孤児院にいたときに、近所のおばさんから。失敗を繰り返すうちに覚えて、後は独学で。食材は限られてたけど、せめて上手いもん食いたかったから…」
「基本をしっかりと教わったんだな?」
「そうかな? でも、おばさんの言う通りに気をつけると、ちゃんと上手くなって。そこは大事にした」
「おばさんに感謝だな?」
ソルは頷くと。
「院にいた時は料理教わってる時と、友達といると時が一番、楽しかったな…」
「友達?」
「一人だけ仲良くなった奴がいて…。そいつといつも一緒にいたんだ。十歳で院を出てからはどうしてるのか分からないけど…。途中まで手紙が来てたけど、それも来なくなって。俺もあちこち転々としてたから…」
「そうか。それは寂しいな」
「でもきっと、俺よりはましな生活をしてると思う。アレクは? 弟がいたんだろ?」
「親の離婚で幼い時に別れたからな。私が八歳の頃だ。弟は四歳になるかならないか。私は覚えているが、弟は覚えてはいまい。私は父に引き取られ、弟は母に連れられて行った。その後、事故で母は死亡、弟も行方不明となったが…。周りの噂では、弟は父親が違うと言っていたな」
「そうなのか?」
「父は何も語らなかったから実際は分からないが…。しかし、過ぎた事だ。どこかで息災にしていればいいが…」
「生きていれば俺と同じくらいだって、本当だな。でもさ、一緒なのは歳だけで、見た目は全然違うだろうなぁ。アレクの弟だからきっと綺麗な──」
「いいや。君はとても魅力的だ。現に私を惹きつけている」
「へ? 惹きつけてって…?」
アレクは最後に残ったシチューをスプーンで掬って口に運びながら。
「料理の腕や知識の豊富さ、技術力のみではなくな。初めて君を見た時、何かを感じた。君といると素の自分でいられる…。そうする事に抵抗を覚えない」
思わず食べる手を止め、アレクを見つめる。
「……」
「なんだ。驚いたか?」
アレクは手を休め顔をこちらに向けた。
「…って、あなたみたいな人にそんな風に思われるなんて…」
信じられない。
何処にそんな価値が有るのだろう。
自分は辺境の惑星に住む単なる整備士見習いで。性格だって地味で、ひと目を引くような容姿でもない。
しかし、アレクは悪戯っぽく瞳を光らせ。
「あるさ。私は自分の直感を信じる。君は私とこれから先も関わるだろう」
まるで予言者の様な口振りでそう話す。その様に口先を尖らすと。
「からかってる…」
だってあと一週間もしない内にお別れだ。
「からかってなどない。本気でそう思っている」
言い終わると、スッと白く長い指先が伸び、唇の端を掠めていった。
「シチューが飛んでいる…」
「っ」
汚れを拭った指先は、そのままアレクの口へと運ばれ、指先を舐め取る。
ちらりと見えた紅い舌先に思わずカッと頬が熱くなった。
「安いくどき文句の様だが、君とは初めて会った気がしない。昔から知った相手の様だ」
「……」
その言葉にどんな意味があるのか、今のソルにはどう捉えていいのか分からなかった。
アレクの青い目は笑んでいる。
その日の夜も、アレクはソルを抱きしめて眠った。