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5.カロリーナの想い

「……お母様。どうしよう。リアを泣かせちゃった。そんなつもりじゃなかったのに……」


 カロリーナは瞳に涙をため今にも零れそうなのを我慢している自分そっくりの顔の娘に両手を差し出して抱きしめた。


「ねえ。リーナ、もし妹か弟が生まれてお姉さんになったのだからあなたの大切なものを全部譲ってあげなさいって言われたらどう思う?」


「いや、絶対いやよ。リーナの大切なものはあげない」


 首を何度も振り訴える。


「そうね。いやなことよね。オディリアはそれをずっと我慢してきたのよ。リーナもいい分があるのは分かるけどオディリアを否定しては駄目よ」


 リーナはハッとして青ざめた。ちゃんと想像して一方的な意見を押し付けた自分が悪いと気づいてくれたようだ。


「はい。ごめんなさい。リアに謝りたいからお母様もついてきてくれる?」


「いいわ。一緒に行きましょう。ところでリーナ。ティバルトは何を貸してくれなかったの?」


 ティバルトはカロリーナの長男で今は留学中で不在だ。それなりに兄妹仲はいいと思っていたがリーナは不満があったらしい。


「ガラスの万年筆と……お馬さん! 去年のお兄様の誕生日にお馬さんを貰っていたわ。リーナも乗りたいってお願いしたのに駄目って断られたの」


 ティバルトの15歳の誕生日にディックが立派な馬を贈った。男として一人前になって乗りこなせと言う意味だったらしいが、ティバルトも苦戦して乗っていたのだからイデリーナに乗れるはずがない。

 万年筆は気に入って使っていたから乱雑に扱うイデリーナに壊されたくなくて貸さなかったのだろう。


「リーナ……。それは意地悪ではないのよ。まだリーナは小さくてお馬さんに一人で乗るのは危ないわ。ティバルトは意地悪をした訳ではなくリーナを心配して駄目と言ったのよ? それに万年筆はまだリーナには使いづらいでしょう?」


「でも……だって、乗りたかったの~」


「ティバルトが意地悪じゃないのは分かった?」


「はい……。お兄様にもお手紙でごめんなさいって謝る。そしてリアにもごめんなさいするね」


「そうね。あとで謝りに行きましょうね」


 イデリーナはカロリーナの胸に顔を押し付けて涙声でうんと返事をした。可愛い娘の背中を撫でながらオディリアに思いを馳せた。

 

 そもそもカロリーナはオディリアを預かるつもりはなかったのだ。

 オディリアの母カーラは昔から思い込みが激しく苦手としていたので、従妹とはいえ深い付き合いはしていない。

時折手紙のやり取りをするくらいで他の貴族と同じ社交辞令程度だった。


 ある日、上の娘のことで手を焼いている。我儘で癇癪持ちで手に負えない。矯正できる専門家を知らないかと問われたのだ。だがその子はまだ9歳でイデリーナと同じ年だ。そんな腫れもの扱いすることを不快に感じて思わず預かると返事をしてしまった。


 すぐに感謝の手紙と共にオディリアに侍女を一人付けるだけで長旅に送り出した。

 両親または片方の親が一緒に来て挨拶くらいすると思っていたが長旅を子供だけで出すなど信じられない。心配ではないのか? 何事もなく無事についたからよかったが、貴族の娘など攫われる可能性もあるのだから護衛くらいつけるべきだろう。このこともあってカロリーナはカーラの話を信用してはいなかった。


 そして会ってみればオディリアは我儘も言わなければ癇癪など起こしたこともない。年齢よりもしっかりと礼儀を身につけ活発で優しい子だった。そして引っ込み思案の娘イデリーナをリードしながら仲良くなってくれた。気の弱いイデリーナにいい意味で影響を与えてくれていたので、結果的にオディリアを預かってよかったと感じていた。そうするとカーラの言っていた事は何だったんだと夫ディックに相談して調べて貰った。


「調査結果を見る限り我儘で甘やかしていたのは妹の方でそのしわ寄せでオディリアが強いストレスを受けていたようだな。心を病むほどに」


「カーラは変わらないわね。昔から自分の失敗を言い訳ばかりして人のせいにするのよ。何でも欲しがるナディアは昔のカーラそっくりだわ。ああ、心配が的中してしまったわ……」


 イデリーナが3歳の頃、カロリーナは実家に里帰りをした。その時に子供達を連れてカーラが遊びに来た。下の娘ナディアはカーラにそっくりでオディリアはカーラの姉リズにそっくりだった。瑠璃色の髪と瑠璃色の瞳は美しく、幼いながらに知的に調った顔は社交界で“青の女神”と言われたリズを思い出させた。カロリーナはリズと親交が深かったが彼女は体が弱く若くして儚くなってしまった。カーラは姉にコンプレックスを抱いていたからオディリアに辛く当たることがなければいいと心配していた。


 自分が産んだ娘でもあれほどリズに似ていれば心中は複雑だろう。しかし幼い子供にしていい仕打ちではなかった。カロリーナにとっては親友であったリズに似ている分、オディリアの方に情が湧いていた。


「ディック。オディリアは素直でいい子だわ。イデリーナと同じようにこの国にいる間は娘同然に愛して育てるわ。いいでしょう?」


 カロリーナは夫が許してくれるのは分かっていたが彼にもオディリアを大事にしてほしくて許可を求めた。


「私の女神、カロリーナ。全ては君の望み通りに僕もオディリアを大事にしよう。何よりもあの人見知りのイデリーナが始終くっついているからね。オディリアは幼いが信頼できる」


 高位貴族の娘であるがイデリーナは高慢な所もなく素直に育った自慢の可愛い娘だ。

 だがまわりには気の強い令嬢も多く反論しないイデリーナに対して攻撃的な態度を取る子もいる。イデリーナは王太子の婚約者候補の筆頭であるから尚更である。


 公爵家の権力でねじ伏せるのは簡単だがイデリーナ自身で対処する力をつけさせたくて今の所は様子見をしている。何か言われるたびに泣いて帰ってくるのを身が切られるような想いで耐えて慰める。本心ではイデリーナを傷つける者は子供でも容赦なく叩きのめしたいと思っている。ディックは最近のイデリーナを見てオディリアといることで強く成長することを期待している。


 ディックは公爵家当主だから親切心だけでは動かないのは承知している。オディリアを大切にするメリットを認めてくれたのなら全力であの子を守ってくれるだろう。


 夕食前にイデリーナを連れてオディリアに謝りに行ったら、二人で抱き合って泣く姿にカロリーナの瞳も潤んでしまった。


 何はともあれ無事に仲直りをしてくれて安堵の息を吐いた。




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