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4.親友

 9歳のオディリアは療養の為に住み慣れたシュミット侯爵家をあとにして隣国へと向かった。家を離れるにつれ体調が改善されていく。

 オディリアの住むウィルダ王国と隣国ローデリカ王国は友好国として親交が深い。オディリアはガタゴトと揺れる馬車に乗り付き添いの侍女と二人ブリューム公爵領へと長い旅をした。両親はナディアと屋敷にいる。自分に付き添うことはなかった。


 お世話になるカロリーナ様はローデリカ王国の筆頭公爵であるブリューム公爵へと嫁がれている。才女と名高いカロリーナ様に一目惚れをした公爵が愛を乞うての婚姻だったと聞く。二人は今でも仲睦まじく二人の子供がいる。長男のティバルト様は7歳年上の16歳で海沿いの国のコーンウェル王国に留学中で不在と聞いている。長女のイデリーナ様はオディリアと同じ年だからきっと仲良くなれるとカロリーナ様からの手紙に書いてあった。


 オディリアは初めて見る国に興奮していた。終始馬車から顔を覗かせ観察に余念がない。

 もともと活発で気が強く好奇心旺盛な性格だったが、厳しい跡継ぎ教育とナディアや両親の態度に委縮していた。国境を越えれば心も解放され自由な気持ちになれていく。ワクワクした気分でブリューム公爵領の屋敷につけば公爵夫妻やその娘さん、使用人の人達も温かくオディリアを迎えてくれた。


「オディリア。遠いところお疲れ様。今日からはここを我が家だと思って過ごしてちょうだい」


 優しく声をかけてくれたカロリーナ様は美しい人だった。金髪を結い上げ全ての動作が優雅に見える。だがオディリアが緊張しないように砕けた話し方で歓迎してくれた。琥珀色の瞳が静かに細められると見守られているような気持ちがしてどこか安心してしまう。なんて素敵な人なんだろう。

 その隣には燃えるような深紅の髪とルビーのような瞳のディック・ブリューム公爵がぴったりと寄り添う。その表情は穏やかで太陽の様な温かさがある。


「オディリア。なんでも相談に乗るから気兼ねはいらないよ。ここを自分の家だと思って過ごしてほしい」


 そのディック様がカロリーナ様を見る目は愛おしさで溢れていてデロデロだ……。でもオディリアにも優しく微笑んでくれた。カロリーナ様の足元にはカロリーナ様そっくりな女の子がいた。ふわふわな金髪とまん丸い琥珀の瞳が可愛いが人見知りなのか隠れてもじもじしている。頬を桃色に染めてオディリアをチラチラと見ている。


「イデリーナったら……。この子は恥ずかしがり屋なの。オディリア、どうか仲良くしてやってね」


 オディリアは一歩前に出るとスカートを摘まんでお辞儀をした。


「オディリア・シュミットと申します。これからお世話になります。どうぞよろしくお願いします」


 ブリューム公爵夫妻は、まあしっかりしているのねと言いながら微笑ましそうに見ていたがイデリーナはオディリアのハキハキした物言いに目を丸くしている。オディリアはカロリーナのスカートに隠れているイデリーナの前に移動して距離を詰めてにっこりと笑いかけた。


「イデリーナ様。私とどうか仲良くしてください」


 イデリーナは顔を真っ赤にしたが小さな声ではいと言ってくれた。その可愛さにほっこりした気持ちになった。


 その日からイデリーナといつも一緒にいる。そしてカロリーナ様は二人を側で見守り、ディック様はカロリーナ様に仕事の合間を見つけては頻繁に会いに来るのでみんな一緒に過ごすことが多かった。これほど多くの人と一緒に長い時間を過ごすのは初めてだったがその時間が大好きになった。


 イデリーナは人見知りだがオディリアがたくさん話しかければ心を開いてくれた。あっという間に打ち解けてイデリーナはオディリアのことをリアと呼びオディリアはイデリーナのことをリーナと愛称で呼び合うようになった。


「リーナ。ディック様とカロリーナ様はいつもラブラブで素敵よね。私もいつか結婚したら二人みたいな夫婦になりたいなあ」


 今日のお茶の時間はディック様がカロリーナ様を膝に乗せて手ずからお茶を飲ませていた。最初の頃はその光景を見るのが恥ずかしかったが慣れれば羨ましく感じた。


「ええ~? あれはちょっとやり過ぎじゃない? 子供の前でもべったりで困るわ」


 イデリーナは遠い目をして口をへの字にした。


「私はほどほどに好きでいてくれればいいかな。お父様はお母様が自分を置いてお茶会に出かけるのを嫌がるのよ。お母様だってお付き合いがあるのにって困っているのよ?」


「でも、やっぱり私は素敵だと思う」


「リアは美人だから将来きっと素敵な旦那様が見つかるよ」


「美人?」


 そんなこと言われたことない。きっと友人として褒めてくれたのだろう。


「えっ? 自覚なしなの。初めてリアを見た時、あんまり可愛くて妖精かと思ったわ。瑠璃色の髪も瞳も宝石みたいに綺麗なんだもの。話しはじめたらハキハキしていて妖精じゃなくて人間だったって気付いたくらいなのに~」


「リーナの方が可愛いよ? キラキラの金髪は天使かと思ったもの」


「本当? リアに言ってもらえると嬉しいな。ありがとう」


 この後は読書の時間だ。ブリューム公爵家では子供はのびのびと育てたいと家庭教師のつく時間が短い。オディリアもせっかくだからと一緒に学ぶが数年前に勉強した所なので復習しているだけとなった。


「リア。すごいね。お勉強好きなの?」


「好きじゃないけど侯爵家を継ぐからいっぱい家庭教師がついていたの」


「ふ―ん。お家を継ぐのは大変なんだね」


「うん」


 二人の話をカロリーナ様は困惑したように聞いていた。変なこと言ったかなと不安になったが気付かない振りをした。


 ある日は庭でかくれんぼをした。鬼になったオディリアがうろうろしているとイデリーナが隠れもせずに木蓮の木の下で悲しそうに立ち竦んでいる。


「リーナ。どうしたの?」


 オディリアもその大きな木の下に行くと子猫のミーミーというか細い声が聞こえてきた。リーナの視線を追えばその木の少し高い位置にある枝に黒い子猫が丸まって震えていた。自分で登ったが高すぎて降りられなくなったようだ。


「助けてあげたいけど届かないから誰か呼びに行こうか迷っていたの」


「大丈夫よ。任せて!」


 オディリアは靴を脱いでスルスルと木を登り子猫のいる枝まで行くとその枝に一旦座った。そして子猫をそっと抱いてワンピースの胸元に入れると、再びスルスルと木を降りた。


「リア! すごい。木に登れるの!」


 オディリアは人差し指をそっと口に当てて内緒ねと仕草で示した。

 シュミット侯爵家にいる時に若い庭師が木の手入れで登っているのを見て教えてもらって練習した。ただ令嬢がやっていいことではないから内緒にするように約束をさせられたが。使用人たちは知っているようだったが両親とうまくいってないオディリアを気にかけ見ない振りをしてくれていた。辛い時に時々登っていたのでまだ腕は衰えていなかった。


「子猫ちゃん怪我をしているわ。手当てしましょう!」


 二人で屋敷に戻り子猫を洗って手当てをした。母猫とはぐれたのかまだ随分と小さい。全身は黒いが足が白くて可愛い靴下猫だった。ミルクをあげれば一生懸命ぺろぺろと舐めている。かなりお腹を空かせていたのだろう。


「この子猫どうするの」


「お母様にお願いして飼うわ。リアも一緒にお世話してくれる?」


「いいわよ。でもディック様は反対しない?」


「お父様はお母様がいいって言えば大丈夫なの!」


 なるほど。ブリューム公爵で力を持つのはカロリーナ様らしい。


「リーナ。きちんと世話ができるの? 子猫の命をあなたが守ることになるのよ?」


「はい。必ずリーナがお母さん代わりになって育てて見せます!」


 意気込んで見せるイデリーナにカロリーナ様は優しく微笑んだ。二人に任せて大丈夫だと信じてくれたようだ。


「それならまずは二人で名前を考えてあげなさい」


「「はい」」


「マグーノリエ(木蓮)からとってマグは? リアはどう思う?」


「マグ? 可愛いわね。最初に見つけたのはリーナだしマグにしよう。呼びやすくていいと思う」


 その日から夢中になって二人で子猫を育てた。使用人に教えてもらいしつけたがなかなか難しい。まだ小さかったので徐々に慣らしていった。マグはこの屋敷の癒しのアイドルになりつつある。

流石猫だけあって行動が気まぐれだ。オディリアにすり寄る日とイデリーナにする寄る日はまばらで二人は振り回されながらも可愛がった。


 その日は朝から雨が降っていたので室内でゆっくり過ごすことになった。今日のマグはオディリアの膝の上で丸まっている。その背を優しく撫でていた。


「リア。一緒にご本、読もう?」


 イデリーナが持ってきたのは“プリンセス・レイチェル”の本だった。その本はオディリアも持っていたがナディアに取られてしまった。誕生日の出来事も思い出してつい眉間を寄せてしまった。その様子を見て不思議そうにイデリーナは首を傾げる。


「この本、嫌い?」


「ううん。私も持っていたわ。すごく好きな本だったのだけどナディアに……妹に取られてしまったの」


 イデリーナはムッとした。妹に取られたに反応したようだ。


「オディリアはお姉さんなんだから少しくらい妹に貸してあげてもいいと思う。私のお兄様は絶対に貸してくれないのよ。先に生まれると何でも買ってもらえて狡いわ。欲しいといっても大きくなってからってお父様もお母様も誤魔化すのよ。二番目に生まれるのってとっても損をするの!」


 いつもはおっとりと喋るイデリーナが怒りだしたことに動揺した。

 オディリアはビクリと体を震わせると、その瞬間に瞳から大きな涙をこぼした。声を我慢しているので喉が塞がってしゃくりあげる。


「ひっく、……うっ……」


 突然、オディリアが泣き出したことにイデリーナはびっくりして狼狽えている。


「やっぱり私がいけない子なの? お母様は本もリボンも縫いぐるみもナディアにあげなさいってお姉さんだから我慢しなさいっていつも言うの。新しく買ってあげるって約束してもそれもナディアが欲しがるからって段々と買ってくれなくなった……。誕生日もお祝いしてくれるって言っていたのにお父様とお母様とナディアでお祭りに行って帰ってこなかった。お父様は一日お祝いが遅れたくらいで拗ねるなって怒った……先になんて生まれたくなかった……」


 急にシュミット侯爵家でのことを思い出し涙が溢れ止まらなくなった。

 イデリーナもお姉さんであるオディリアが我慢するべきだという。それならば自分の我慢が足らなかったということになる。オディリアが悪い子だから愛してもらえなかった……胸が引き千切れるように痛い。

 マグを膝から降ろしてそのまま逃げるように部屋へと走って行った。





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