32.お茶会
朝から晴天で空気も澄んでいる。小鳥のさえずりが音楽のように耳に心地よい。
オディリアはウルリカとイデリーナと行うお茶会の場所をブリューム公爵邸の庭に決めた。
美しい花々が目に楽しい花壇の前に丸テーブルを置き、テーブルの中央には咲き誇る白薔薇を飾ってある。そして悩みながらも選び抜いた焼き菓子やケーキ、シュークリームなど三人で食べるには多すぎるほどの量を準備した。オディリアは自分でも張り切り過ぎた自覚はあるが望むような準備を整え、ようやくウルリカとイデリーナとの三人のお茶会を開くことが出来て感無量だった。小さなものとはいえ自分が主催なのだから。
あの事件から1か月も経ってしまったがオディリアは嬉しくて仕方がない。
既に席に着き一応畏まった挨拶を済ませたのでゆっくりと近況などを話すつもりだった。
なによりもウルリカが事件に関わった経緯は直接話すからと手紙では教えてもらえなかったので聞きたくてウズウズしていたのだが、チラリと横を見るとオディリアの右隣に座っているイデリーナはどこを見ているのか真剣な眼差しでテーブルの一点を見つめ微動だにしない。これは完全に緊張して固まっている……。
そして左隣に座るウルリカはイデリーナを気にした様子もなくキラキラした目で並べられたお菓子をうっとりと眺めている。
オディリアはこのままでは落ち着かないので、とりあえずイデリーナの緊張を解くためにウルリカが王太子殿下をどう思っていたのか聞いた方がよさそうだと判断したのだが……。
「ウルリ「オディリア様! 早速お菓子を頂いてもいいかしら?」
「はい、ドウゾ……」
タイミングの難しさに切り出し方が分からなくなってしまった。
ウルリカは控えているメイドに3種のケーキと3種のシュークリームをサーブさせた。すかさずお茶も注ぐメイドもウルリカに対してどこか冷静ではいられないようで緊張しているのが分かる。
この屋敷の使用人も過去のイデリーナとウルリカの関係性を知っているので両手をあげてウルリカを歓迎をという気持ちにならないようだ。
オディリアとしてはどうにか今日、そのわだかまりを解消し二人には仲良くなって欲しいと思っている。ブリューム公爵家がまるっと緊張しているのに対してウルリカはリラックスしていると言っていいほど気負いもなく普通に過ごしている。
挨拶の時に畏まり過ぎると疲れるからお互いに気を使い過ぎないようにしましょうと話したが今それを実行しているのはウルリカだけだった。
ウルリカは小さな口を上品に開けては次々とお菓子を口の中に入れていく……食べるのが早すぎる! 可愛らしい熊の顔のシュークリームがぱくりと二口で飲みこまれていく。6個のお菓子が皿から瞬く間に消えるとウルリカはメイドに声をかけ次のケーキと焼き菓子を6個サーブさせた。そして再び口に運びあっという間に完食してしまう。
ウルリカもしっかりとコルセットを付けているのにそんなにお腹に入るのかと驚きの食べっぷりにオディリアは感心して見惚れてしまった。ウルリカは紅茶を優雅に飲み干すと、オディリアを見て笑顔になった。
「オディリア様。人気のシュークリームは見た目も味も素晴らしいです。もちろん公爵家で作られたケーキも美味しいですわ」
「喜んで頂けて嬉しいです。うさぎの顔のシュークリームは中のクリームがラズベリー味で甘酸っぱく美味しいのでぜひそちらも食べてみて下さい」
オディリアはメイドに指示をしてウルリカの前にサーブさせた。ウルリカはそれを味わうように咀嚼して飲み込み笑顔を見せる。
「それでオディリア様は私に聞きたいことがあるようですわね?」
悪戯っぽく片目を閉じてオディリアを促す。オディリアはイデリーナの様子を気にしながら質問した。
「ウルリカ様。不躾とは思いますが教えて下さい。ウルリカ様は王太子殿下をどう思っていらっしゃいますか? 婚約者候補になることはご自身で望んだのでしょうか?」
イデリーナが肩をピクリと揺らしたのが視界に入る。息を詰めて返事を待つとウルリカは可愛らしく小首を傾げた。
「殿下の事なら何とも思っていませんわ。婚約者候補になったのは父が王家というか王妃様と取引をした結果なので私には事後報告でした。イデリーナ様は私が殿下を好きかどうかが気になっているのかしら? それなら心配はいりませんわ。好意どころか一欠けらの興味すらありませんから」
ちょっと不敬ギリギリの発言にハラハラしてしまう。
イデリーナは目線を上げようやくウルリカの顔を見た。信じたいけど信じられないという表情だ。
「それなら……どうして16歳まで候補を降りなかったのですか? 本当はアルの事好きなんでしょう? あんなに素敵な人で王太子殿下なんだもの! もし好きじゃないって言うなら一体王妃様とどんな取引をしたの?」
イデリーナは席を立ち矢継ぎ早に捲し立てた。
「イデリーナ少し落ち着いて」
イデリーナははっとして気まずそうに席に着いた。
「イデリーナ様は本当に何も聞かされていないのですね。それならば最初からお話したほうがいいのかしら……」
ウルリカはどう説明しようかとしばらく思案している。
イデリーナはどこか縋るようにウルリカを見つめていた。




