27.お茶会の相談
翌日の夜、オディリアは王宮から帰宅して部屋で寛いでいるイデリーナを訪ねた。
「ウルリカ様を我が家のお茶に招待するの?」
早速計画を話すとイデリーナはあからさまに眉間を寄せ不満を露わにした。
それほど嫌なのかと困惑する。これは想像以上に説得が大変かもしれない……。
「ウルリカ様は子供の頃とは違って素敵な淑女になっていたわ。私もいろいろお話しして仲良くなりたい。リーナだって親しくしておいた方がいいと思うの」
イデリーナは口をへの字にした。いつまでも苦手でいる訳にはいかないことは自覚しているようだ。
「それは分かっているの。ただ……。ウルリカ様は子供の頃にリアが私を庇ってくれてウルリカ様を言い負かしてから社交界に出て来なくなってしまったわ。病気療養って言われていたからたまたま時期が重なっただけだとは思うのだけど、私のせいで領地に行ってしまったのかもしれないと思うとなんだか後ろめたくて。あと、今は違うって分かっていてもあの頃の印象が強くてちょっと怖く感じてしまうのよ」
あのことが切っ掛けで領地に行っていたならそれはオディリアの責任でイデリーナが気に病むことではないだろう。そのことはウルリカとお互いに謝罪し合ってオディリアの中ではもうわだかまりはなかったがイデリーナは気にしている。それに子供の頃の印象は強烈に残るから簡単には苦手意識は払拭されないだろう。それはオディリアにも理解できることだった。オディリアだって実家のことを思い出せば気分が沈んでしまう。それでもブリューム公爵家のみんなのおかげで今は幸せだ。今度は少しでも自分がイデリーナの力になりたい。ウルリカとの関係改善のために自分のできる事を探そう。
「すぐには無理かもしれないけど、少しずつお話しする機会を増やせばその印象も変わってくると思うの。まずは三人でお話をしましょう。もちろん私がリードするわ」
イデリーナはまだ表情を曇らせている。他にも気になることがあるのだろうかとイデリーナをじっと見つめているとおずおずと口を開いた。
「ウルリカ様は最後まで王太子妃の候補に残っていたのよ。だからアルの事ずっと好きだったのかが気になっているの。今のウルリカ様は本当に可愛らしくて……男性なら思いを寄せられればくらっと来ちゃうわ。アルもウルリカ様に好意を寄せられていると聞いて好きになってしまうこともあるかも知れないでしょう? それが不安なのよ……」
オディリアは意外な話に驚く。王太子殿下の様子を見る限り万が一ウルリカが殿下を好きだったとしても心変わりをするなどあり得ないだろう。
イデリーナの心配はまったく無用で……はっきりいって無駄だと思う。
「ウルリカ様の王太子殿下への気持ちが気になるなら、お茶に招いた時に聞いてみればいいわ! 私から見てもウルリカ様はレオン様を想っているようだったから絶対に大丈夫よ。もし子供の頃に好きだったとしても今は違う筈よ。とにかく聞けばすっきりするでしょう? だからリーナ、三人でお茶会しましょう?」
イデリーナは目を丸くして口をぽかんと開けた。はっと我に返ると溜息を一つ吐いた。
「他人事だと思って……。リアって……、時々とても大胆よね。流石に自分からは聞けないからリアが聞いてくれるならいいわ。いつまでもウルリカ様を避ける訳にはいかないし、今のうちにわだかまりを失くしたほうがいいのは分かっているのよ」
オディリアは満足げに頷く。
「それにしてもリーナは考え過ぎよ。王太子殿下はリーナが好きなのだから、いくらウルリカ様が可愛くても心変わりすることなんてありえないわ。それとも殿下は軽薄な方なの?」
「違うわ! アルは誰よりも誠実よ! ただウルリカ様は子供の頃と違って綺麗になったし優しいし、私は……自分に自信がないのよ。王太子妃教育も躓きがちでギリギリ合格をもらっているの。ウルリカ様なら王太子妃教育を受けても私より優秀にこなしたかもしれないわ」
イデリーナは瞳に涙を浮かべ不安を吐露した。王太子妃教育がまだ終わっていないことを気にしていたのだ。予定より遅れているとは聞いていたがオディリアの想像以上にプレッシャーに感じていたようだ。
「勉強は遅れを取り戻せるようにお屋敷で復習しましょう。私が手伝えることはある? まだ結婚式まで時間があるのだから着実に身につけていけばいいのよ。殿下が選んだのはリーナなのよ。自信を持って!」
イデリーナは瞬きを繰り返すと涙を誤魔化し、強引に笑顔を浮かべた。
「うん。アルの隣は誰にも渡したくないわ。諦めないで頑張る……。今度他国のお茶の作法のおさらいに付き合ってくれる?」
「もちろん! じゃあ、まずはウルリカ様をお招きしてお茶会ね。実はもうカロリーナ様に相談して1週間後に開くつもりで招待状を送ってしまっているの。準備は私にさせてね?」
イデリーナは目を細めると頬をぷくっと膨らませた。
「もう招待状を出してしまったの? リアずるい……。それなら仕方ないじゃない。覚悟を決めるわ」
イデリーナは肩を竦めると息を吐き出した。
「リアがいるなら大丈夫な気がしてきたわ。せっかくだから楽しみましょう」
「それでこそリーナよ。ありがとう」
オディリアはカロリーナの助言を聞きながら、当日使う食器やお茶の葉、お菓子の候補を考えた。公爵邸で使われている物は全て上質な品なので問題ないが、王都で評判のシュークリーム店のお菓子も用意することにした。イデリーナも自分も女性たちとの社交での話題に使えるし単に食べてみたいとも思っていた。可愛いデコレーションがされていると聞いている。すでにウルリカからは出席するとの返事を貰っている。三人だけの小規模なものだがオディリアの初めて主催するお茶会だ。自然と力が入る。
今日はそのシュークリームを買いに行くことになっている。お茶会で出す前にどんなものか確かめたいからだ。
「オディリア。わざわざ行かなくても商人に持ってくるよう依頼すればいいだろう?」
見送りに来たティバルトは明らかに不満顔だ。
確かにブリューム公爵家からの依頼ならばきっと持って来て貰えるだろうがオディリアは自分でお店を見に行きたかった。
「そうなんですが、たまには気分転換に外出したくて。考えてみればローデリカ王国に来てからお店で買い物したことがなかったわ。いい機会だから王都のお店を少し見てきたいのです」
ブリューム公爵家ではいつも商人を呼ぶので自らお店に出向くことはない。オディリアも公爵邸で商品を見る事はあっても買い物に出ることはなかった。だがこれから自分はこの国で生きていくのだから王都内の事も少しずつ知っておきたいと外出することにした。
そのことを話したときティバルトは険しい顔をしたので自分はなにか失敗したのかと不安になったのだが……。
「私に時間があれば一緒に行くのだが今は忙しくて行けない。オディリアを買い物にすら連れて行ってやれず悪いと思っている。出来れば行ってほしくないが母上に息抜きに外出くらい許すように言われてしまっているから諦めるが、オディリアは絶対に護衛の側を離れないでくれ。あと知らない人間に話しかけられても絶対に着いて行っては駄目だ。たとえ子供でもだ。分かったね、オディリア」
どうやら心配してくれているようだが自分は子供ではないので気にし過ぎだと思う。
「大丈夫です、ティバルト様。私はもう子供ではないんですから知らない人になんて着いて行きませんよ? 護衛も付けて下さっていますし、少しお店を覗いたらすぐに帰ってきますからそんなに心配しないで下さい」
ニッコリと安心させるように伝えたのだが、ティバルトの眉間のシワは更に深くなった。
「あなたが魅力的な女性だから心配なんだ。とにかく気をつけて行って来てほしい」
ティバルトのその様子がカロリーナ様の外出を見送るディック様にそっくりでカロリーナ様の苦労が垣間見えるような気がした。それでも心配してくれることが嬉しくてティバルトを安心させるためにも早く帰ろうと決めて馬車に乗り込んだ。




