26.遠い面影
あれから幾つかの夜会に出席しているがティバルトが必ず寄り添ってくれている。周りの反応も上々でオディリアは自分が社交界に少しずつ好意的に受け入れられていると感じることが出来た。
最近気づいたのだがティバルトはオディリア以外の女性に対してまったく愛想がなく冷たい対応しかしない。最低限の関わりを超える事を許さないのだ。
美しい令嬢が愛らしく声をかけても冷ややかに一瞥して終わる。彼が女性と楽しそうに話をしている所を見たことがない。最初は驚いたが今では自分が彼にとって特別である証明のようでこっそりと嬉しさを噛みしめた。周囲から見てもティバルトがオディリアを大切にしていることが一目瞭然なので、オディリアに対して失礼な態度を取る人間はいない。
今日はとある公爵家主催の夜会だ。
ティバルトと共に主催者である公爵夫妻に挨拶を済ませるとダンスホールに注目が集まっていることに気付く。どうやら一際注目を集めてダンスをしているカップルがいるようだ。
ティバルトがホールに視線を向けたままオディリアにそっと教えてくれた。
「オディリア。今踊っているのがウルリカ嬢と婚約者のレオン・クラッセン様だ」
「ウルリカ様?……」
オディリアは踊る女性の顔を不思議な面持ちでじっと見つめた。ウルリカと言われても幼い頃の記憶と一致しない。よく見れば面差しはあるのだが雰囲気があの頃と全く違う。
子供の時は派手目のドレスに目立つ髪型をして強烈な印象だったが、今の彼女は薄い化粧に淡い桃色の口紅で清楚な雰囲気を纏う。可憐で守りたくなってしまうような儚さがある。小柄で体は細いが女性らしいメリハリのあるスタイルで魅力的だ。薄紫に黒の薔薇が刺繍されているドレスで踊っているが、彼女がターンをする度にドレスの裾が翻り薔薇が鮮やかに揺れる。その様子はまるで妖精が踊っているようにすら見える。
婚約者のレオンは黒髪に黒い瞳の長身でその体が筋肉に覆われているだろうことが服の上からでも分かるほど大柄でがっしりとした男性だ。勇猛な騎士のような印象を受ける。似合わなさそうな組み合わせなのに二人並んだ姿はどこかしっくりとくる。
二人のダンスは体格差があるにもかかわらず息がぴったりと合っている。見つめ合い楽しそうに踊る二人の素晴らしいステップにみんなが見惚れている。オディリアも思わずうっとりとため息をついた。
「ティバルト様。なんだか……お二人はとてもお似合いですわ」
「そうだな。まあ、私とオディリアほどではないが」
ティバルトは澄ましてそんなことを言う。オディリアは目を丸くして頬を染める。ティバルトは優雅に手を差し出しオディリアをダンスへと誘った。
「お姫様。一曲踊って頂けますか?」
「はい」
彼にそう言われると本当にお姫様になった気分になってしまう。コクンと頷いて彼の手を取る。ウルリカのダンスに感化されたのかもしれない。踊り出せばティバルトとのダンスはいつもより楽しくステップが弾んだ。
曲が終わり休憩のために場所を移すとウルリカが挨拶に来てくれた。まずはティバルトが二人へお祝いの声をかける。
「アメルン侯爵令嬢、クラッセン伯爵子息、ご婚約おめでとうございます。素晴らしいダンスでした。とてもお似合いでしたよ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
ウルリカは花が綻ぶように微笑んだ。レオンはわずかに口角を上げただけで表情は変わらない。あまり愛想のない人のようだがウルリカを守るように寄り添い立つ姿に彼の想いが現れているような気がした。
「ブリューム公爵子息もご婚約おめでとうございます。オディリア様もおめでとうございます。私を覚えていますでしょうか? ウルリカ・アメルンでございます」
ウルリカがオディリアに問いかける。その声は透き通っていて耳に心地いい。昔の高圧的な言い方など記憶違いだったとしか思えないほど柔らかい口調だった。
「はい、覚えていますわ。お久しぶりでございます。ウルリカ様もおめでとうございます。お二人のダンスが素敵で見惚れてしまいました。お二人はとてもお似合いですね」
オディリアの言葉にウルリカは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとうございます。私、オディリア様にお会い出来たら昔のことを謝罪したいと思っていました。幼かったとはいえ失礼な態度をとってしまい申し訳ございませんでした」
オディリアは謝罪されるとは想像もしていなかったので驚いたが、その言葉は純粋に嬉しかった。
「いえ、私こそ生意気な態度でした。こちらこそ申し訳ございませんでした」
オディリアも謝罪するとウルリカは軽く首を傾げくすりと小さく笑った。
「それでしたらお互いさまということで許して下さいますか?」
「はい。もちろんでございます」
それから少し話をしてぜひお茶会をしましょうと約束をして別れた。ウルリカとの再会は思いがけないものだったが気持ちのいいもので会えてよかったと心から思った。なによりウルリカはティバルトに対してまったく興味がないようだったのだ。
「ティバルト様。ウルリカ様は素晴らしい淑女でしたわ。それにレオン様ともいい雰囲気でした。ふふ、ティバルト様に思いがあるのではという考えが杞憂だと分かりホッとしました」
「だから言っただろう? 彼女は私に関心がないのさ」
「私、ウルリカ様とお友達になりたいわ。今度、お茶にお招きしてもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。どうせならイデリーナも誘ってやるといい。面白いことになるかもしれないからな」
ティバルトは意味ありげにオディリアに片目を閉じた。どういうことなのかと首を傾げる。
「イデリーナはなるべく平静を心掛けているようだがどうもウルリカ嬢に苦手意識があるらしい。アルとの婚約のお披露目の時に祝いの言葉を贈られた時には顔が引きつっていた。王太子妃になるのに我が妹ながら腹芸が全くできなくて心配になるな」
呆れたように言うのでオディリアは思わずイデリーナを弁護したくなってしまった。
「あら、確かに感情を出し過ぎるのは立場的に良くないかもしれないけど……それはリーナの魅力でもあるわ。きっとこれから上手くやれるようになると思う……。だけど、まだウルリカ様が苦手だったなんて……」
そう言えば子供の頃のイデリーナはウルリカの事を物凄く苦手にしていた。だがさっきのウルリカを見れば苦手なままなのはもったいない気がする。今は素敵な淑女なのに。きっと親しくなればいい関係を築けるだろう。ウルリカは近いうちにアメルン侯爵家を継ぐのだから立場的に敵対してもオディリアにもイデリーナにもメリットはない。
こうなったらなるべく早く3人でお茶会を開き親睦を深めようと決心した。




