20.告白
窓から微かに射す日差しに目を覚ました。瞼がやけに重い。泣き過ぎて頭が痛い。そうだ。昨夜はティバルトに抱きついたまま泣いて……そのまま眠ってしまったようだ。なんだかここに来た初日の寝過ごしたことを思いしてくすりと笑った。みっともないほど泣いたらあれほど悩んだことが嘘のように心はすっきりとしていた。ティバルトには情けない所を見せてしまった。目を冷やすために起きようとするとオディリアの目の前には信じられない光景があった。
ベッドのすぐ脇に椅子を置いてティバルトが座ったまま眠っている。両腕を組んで頭をやや下に向けて、その姿勢で一晩中オディリアについていてくれたのだろうか。彼の姿をじっと見つめているとその気配に気づいたのかティバルトはゆっくりと顔をあげ目を開く。その紅玉の瞳には情けない顔をしたオディリアが映っている。
「オディリアの美しい瞳が真っ赤だ。大丈夫か?」
「はい。ご迷惑をおかけして―」
「オディリア。迷惑ではない。謝らないで欲しい。あなたを苦しみから守ってやれなくてすまなかった」
オディリアは目を見開く。ティバルトは何も悪くないのに、オディリアが不甲斐ないせいで謝らせてしまった。
「違います。私が……私がティバルト様に相談できなくて、呆れられるのが怖くて、嫌われるのが怖くて、それで……」
鼻の奥がツンとして涙が滲みだす。ティバルトはオディリアの頬に手を添えて上を向かせるとその唇で瞼に優しく触れた。親指で目尻の涙を拭うとニッコリと笑った。
「そうか、私に嫌われるのが怖いということは好かれたい、私が好きだということだな?」
?! その通りではあるが予想外の言葉に涙が引っ込む。
「違った? オディリア?」
ティバルトは笑いながら首を傾げ揶揄うように聞く。深刻になりがちな自分を気遣ってくれるティバルトの優しさに胸がいっぱいになる。この人が好きだと改めて思った。今、自分の気持ちを言葉にして彼に伝えたい。
「ち、違いません。私、ティバルト様が好きです」
ティバルトはオディリアの両手を握り破顔する。お互いの瞳にお互いを映す。そこには喜色があった。
「やっと言ってくれた。私もオディリアが好きだ。…………。オディリア、一生あなただけを愛すると約束する。私と結婚して欲しい」
オディリアは驚いて目を見開き固まった。いつも好意を示してくれていたが、すでに婚約しているのに改めて結婚を申し込まれるとは予想もしていなかった。彼の言葉は真っ直ぐオディリアの心を射貫く。大きく息を吸い込んでティバルトの手を握り返した。
「はい。ティバルト様と結婚したいです」
「ありがとう」
これほどオディリアに愛情をくれる人は他にいない。彼に出会えたことが自分にとってどれほどの幸福なのだろう。オディリアの返事にホッとしたティバルトの表情がすぐに真剣なものに変わるとオディリアの顔にゆっくりと近づいてきた。オディリアの心臓が早鐘を打ち暴れ出す。視線は絡み合ったまま縮まる距離に体が硬直する。そしてその唇がオディリアの唇に触れそうになったとき……。
「そろそろよろしいでしょうか?」
二人の甘い空気をマリーの声が両断した。いつから部屋にいたのか。ティバルトは気付いていたようで平然としている。もしかしてずっと見られていたのだろうか。オディリアはいたたまれずベッドに突っ伏した。走ってここから逃げ出したい!
「もう少し待っていてくれてもよかったのだが?」
「オディリア様の目を早く冷やして差し上げたいのです。代わりに朝食をこちらに用意させますから今朝はお二人で召し上がってくださいませ。オディリア様。よろしければ頭痛薬もお持ちしましょうか?」
マリーは何から何まで気が利く。泣いた後の頭痛は引きが悪いので用意してもらうことにした。
「お薬もお願い。ありがとう、マリー」
マリーの準備した朝食を二人で食べた。温かいスープが胃に滲み込む。焼きたてのふわふわパンは何もつけなくても美味しい。幸せな気分でもぐもぐと食べているとそれを眺めていたティバルトが口元を緩め呟いた。
「可愛いな。オディリアは……」
ムッとして思わず言い返した。
「揶揄ってます? 瞼がこんなに腫れて酷い顔なのに可愛いはずがありません!」
言い返しても細められた紅玉の瞳は甘く溶けている。
「それでも可愛いよ。オディリア、頼みがある。これからはどんなことでも相談して欲しい。何があっても私はあなたの味方だし私の愛情が変わることはない。いいね?」
「はい。……。言えなくてごめんなさい。今度からはティバルト様に相談します」
「いい子だ」
…………。オディリアの胸がキュンと鳴る。今朝は二人の心の距離が縮まった気がする。もっと近づきたい。彼に心配をかけない為には言葉を飲み込んではいけなかったのだ。
食後のお茶を飲み終えたところでティバルトが切り出した。
「オディリア。無くなったのは花と羽ペンそれにブレスレットで合っている?」
「はい。その通りです」
オディリアが何も話さなくても全てを知っているようだ。
「犯人は男爵家から侍女見習に来ている者だ。これから父上と母上も一緒に話を聞きに行くがオディリアはどうする? 嫌なら無理に立ち会わなくていい。後で結果は教える」
ティバルトはやっぱりオディリアを甘やかそうとする。でも嫌なことから逃げてはいけないし、これからは彼の伴侶となるのだから強くならなくては。使用人に対して腰が引けているようでは駄目だ。オディリアの中で彼と生きるための覚悟ができた。
「もちろん一緒にいます」
決意を込めて伝えるとティバルトはふっと笑った。
「私はオディリアに嫌なものを見せたくないが、母上には立ち会わせるよう言われていた。それにあなたなら逃げたりしないとも言っていたがその通りだったな」
「ティバルト様と一緒にいるために強くなりたいんです」
男爵令嬢が何故こんな事をしたのか、なんとなく想像は出来る。どんな理由であってもオディリアにとって不愉快なことには変わりはない。だがもう恐れる事はない。何故なら自分にはティバルトという絶対的な味方がいるのだから。




