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18.違和感

 オディリアは朝からカロリーナ様とドレス工房のデザイナーと打ち合わせをしていた。

 夜会に着て行くようなドレスをシュミット侯爵家からは一着も持ってきていない。既製品は購入済で追加分は着いてすぐに注文しているが圧倒的に足りないと追加することになりカロリーナ様が呼び寄せた。ティバルトを思わせる夜会用の赤いドレス以外にもお茶会などに着る控えめなドレスも増やそうとカロリーナ様は張り切っている。


「やっぱり娘がいると楽しいわ。最近のイデリーナのドレスは王太子殿下や王妃様が見立ててくれているので私の出る幕がなくてつまらなかったのよ。今はオディリアがいるから一緒に選べるわ。それよりティバルトの希望ばかり聞いていたら赤いドレスだらけよ? オディリアも自分の着たい色を主張していいのよ?」


「はい。でも赤いドレスを着ることができるのは嬉しいのです」


 彼の色を全身に纏うことが許されるのは自分だけなのが誇らしい。


「あらあら、ごちそうさま。ティバルトがさぞ喜ぶわね」


 流石に全部が赤ドレスというわけにはいかないので、ブルーやクリーム色など好きな色を選ぶとデザイナーが気を使って、そのドレスのデザインの中に赤い刺繍やリボンなどを邪魔にならないように上手く取り入れてくれている。

 

 オディリアはデザインを見ながら時折ワンピースの袖口から覗く苺水晶のブレスレットを見てしまう。その度に自然に口元が綻んでいることに自分では気づいていなかった。めざといカロリーナ様はすぐにオディリアを揶揄う。


「ブレスレットはティバルトから? そんなに眺めて肌身離さずなんてよほど好きなのね?」


「えっ? あの…………はい。ティバルト様が好きです」


 オディリアは頬を染め口ごもる。


「ふふふ。私はブレスレットがそれほど好きなのかって聞いたつもりだったのだけど、オディリアが好きなのはティバルトだったのね」


 カロリーナ様はしたり顔で笑っている。オディリアは恥ずかしくて全身が熱くなる。ティバルトの事ばかり考えていたからてっきり彼の事を言ったのだと思ってしまった。その様子をデザイナーやお針子は微笑ましそうに見守っている。

 ひと通り追加のドレスの依頼が終わるとカロリーナ様とディック様と昼食を摂り午後は自室でのんびりすることにした。


 部屋に入ると真っ先にティバルトからもらった花が飾られた花瓶に目線が行ってしまう。

 その時オディリアは違和感に首を傾げて花を確かめる。昨日貰った花はピンクのガーベラだった。朝に部屋を出る時は確かに六本あったのに今は三本しかない。メイドが傷んでいる花を抜いた可能性もあるがまだ枯れるはずはないだろう……。


 マリーに聞いてみようか迷ったが忙しい所を呼び出すのも申し訳なくなり、気になりつつもそのままにした。ところがその異変は続くようになった。三日後に贈られた六本の月見草が午後になると三本になっている。馬鹿みたいに震える手で何度も数えた。

 もちろん綺麗に咲いていたから抜く理由はないはずだ。オディリアの胸の中は翳る。誰かのイタズラ? 嫌がらせ? 心当たりはない。もし確かめようとすれば大ごとになって使用人全員から聞き取りをすることになる。


 ブリューム公爵家の使用人はいい人ばかりだしそんなことをする人がいるとは思いたくない。誰かを疑うようなことをしたくなかった。花だけならオディリアが気のせいだと我慢すればいい。自分にそう言い聞かせる。そう思ってもティバルトから贈られた大切な花が理由も分からず減っているのが悲しい。

 三日後の夜にティバルトは百合の花を手に部屋を訪ねてきた。


「ありがとうございます。ティバルト様」


 受け取った花束の香りを確かめる。ティバルトにお礼を言って笑顔を向けた。自分でも引きつっていると分かるほどぎこちないものだった。


 嬉しいのに怖い。最近になってオディリアは自分の物を奪われることに異常な恐怖心を抱いていることに気付いた。シュミット侯爵家にいるときは諦めていたので落胆することはなかったが、ブリューム公爵家で自分だけのものを与えられるようになると、それを失うことに怯えてしまう。密かに自分がそんなに強欲で卑しい人間だったのかと傷ついてもいた。失うくらいなら欲しくない……だが自分を想って贈ってくれるティバルトにいらないということは出来ない。花束を持つ手がわずかに震える。


「オディリア? なにか心配事があるのか?」


 その手を包み込むと反対側の腕で抱きしめてくれる。

 ティバルトはオディリアをよく見ていてくれる。ちょっとした不調や疲れなども彼が真っ先に気付き労わってくれている。自分は不安を隠すのがこれほど下手だったろうか。心配かけたくなくて普通に振舞おうとしたのに失敗してしまった。彼は誠実な人だから花が減っていると言えば相談に乗ってくれるだろう。信じているがもしかしたらそんな些細な事を気にしすぎだと大袈裟に思うかもしれない。オディリアは自分の発言でティバルトに幻滅されるのが一番怖かった。何も言えず無理やり笑みを浮かべようとするオディリアの背をあやす様に撫でてくれる。


「話したくないなら無理強いはしない。だがあなたの憂いは私が晴らしたい。言いたくなったらいつでも相談して欲しい。できるなら母やイデリーナよりも私を頼ってくれ」

 

「はい……」


 オディリアはその優しさに泣きたくなった。そして伝えられない意気地のない自分が情けなかった。

 そっとティバルトの胸に頭をあずけた。自分にとってこれが最大限にできる甘える行為だった。



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