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14.ダリアの花束

 ティバルトは夕食が終わっても帰ってこなかった。オディリアは落胆する気持ちを隠しながら食後はイデリーナの部屋に行き二人でおしゃべりをした。


「リア。はい」


 イデリーナが差し出したのは幼い頃にディック様からもらったプリンセス・レイチェルの人形だった。


「ありがとう。この子にも会いたかった。懐かしいわ」


 人形を抱きしめその髪を梳く。イデリーナは大切に保管してくれていた。


「リア。明日から時々コーンウェル語でお話してくれる? 大分上達したけれどもっと慣れておきたいの。それにリアと話した方が楽しいと思うわ」


「いいわよ。私も発音を忘れないように普段から話したいわ。コーンウェル語でしか話してはいけない時間を作りましょう」


「リアは相変わらずストイックよねぇ。もうちょっと気軽な感じでお願い」


「ふふ。分かったわ。ところでリーナの王太子妃教育は順調なの? 私が手伝えることはある? 令嬢たちとはうまく付き合っているの?」


 自分に出来る事は少ないだろうが何かしたいと思った。それにイデリーナは子供の頃、気の強い令嬢を怖がっていた。今は大丈夫なのだろうか。


「もちろん順調に進んでいるわ。陛下とも王妃様とも上手に付き合えていると思う。多少の嫌がらせをする令嬢はいるけど気にするほどではないわ。アルの婚約者は私ですもの。もう昔みたいに泣いて逃げたりしないわ」


 琥珀色の瞳には強い意志が滲みその姿は頼もしかった。たった四年でイデリーナはすごく成長したんだと眩しくなった。それにひきかえ自分は助けてもらうばかりで情けなくなった。


「リーナは逞しくなったわ。羨ましいな」


 イデリーナは目を瞬いた後、オディリアの手を握った。


「私が強くなれたのはリアのお陰よ。だからそんな寂しそうな顔をしないで」


「ありがとう。リーナ」


 その後はお茶を飲みながらイデリーナの婚約者である王太子殿下の話を教えてもらった。イデリーナの話しぶりから王太子殿下はとても大事にしてくれているようで二人の仲睦まじさが伺える。


「そろそろ寝ましょう。明日も早くから妃教育があるの。結婚式までずっと続くと思うと気が遠くなるわ。リア。おやすみなさい」


 大変そうだけどその言葉はどこか嬉しそうな響きがある。イデリーナの結婚式は半年後だ。オディリアもその日が待ち遠しい。


「おやすみなさい。リーナ」


 オディリアは部屋に戻りベッドに腰かけた。

 ティバルトとは会えなかった。きっと忙しいのだろう。仕方がないと思いつつガッカリしてしまう。そのとき扉をノックする音が聞こえた。


 イデリーナかしらとガウンを羽織ってから扉を開けるとそこにはティバルトが立っていた。彼が帰ってきていたことに気付いていなかったのでオディリアはぽかんとしてしまう。


「オディリア嬢。遅い時間にすまない。あなたにこれを渡したくて」


 彼が差し出したのは白いダリアの小さな花束だった。


「まあ、可愛い」


 顔が自然と綻ぶ。顔を上げ視線を花束からティバルトに移す。紅玉の瞳が優しく自分を見ている。オディリアは急に恥ずかしくなり視線を逸らした。


「ティバルト様。ありがとうございます。とても嬉しいです。あと、お仕事お疲れ様でした。今、お帰りになったのですか?」


「ええ。休みを取るために仕事を前倒しで片付けてきました。明日、私と話をする時間を頂けますか? あなたの体調さえよければ」


「はい。大丈夫です。……あの、昨日は迎えに来ていただいてありがとうございました。その後も部屋まで運ばせてしまい申し訳ありません。重かったでしょう?」


 ずっと彼に言いたかったお詫びとお礼を伝えることができて胸を撫でおろす。


「いえ、婚約者ならば当然です。それにあなたは羽のように軽かった。寝顔はとても可愛らしかったですよ」


 満足な化粧もしていない上に長旅で疲れ切った寝顔が可愛いはずがない。彼は気を使ってくれているのだろうが……。


「ティバルト様。そんな風に言われると……恥ずかしいです」


 耳が熱い。ティバルトはくすりと笑うと屈んでオディリアの額にそっと口づけた。


「おやすみなさい。よい夢を」


「…………」


 オディリアはその不意打ちにおやすみなさいを返すことが出来なかった。ティバルトはそのまま扉を閉めて行ってしまった。


「――――――――――っ」


 ティバルト様が王子様過ぎる。どうしよう。今まで婚約者がいたがリカードにこれほど甘い態度をされたことがない。どう返せばいいのかさっぱり分からない。本物の紳士はここまでするのだろうか? 困惑しながらも顔がだらしなく緩んでしまう。


 花束を花瓶に活けて、寝台の横のサイドテーブルに置きベッドに入った。もともと好きだったダリアの花がもっと好きになった。

 寝る前に彼と会うことが出来てオディリアの気分は高揚していたが……はっと我に返る。寝る前だから自分は化粧もしていない。寝巻姿なのでガウンを羽織っただけの格好だった事に気付き小さく悲鳴を上げた。


 また彼の前で淑女らしくない姿を見せてしまったと泣きたくなるが、自分は仮の婚約者だったことを思い出す。明日、話をしようと言っていたから婚約解消についてかもしれない。自分は修道院に行くためにここに来たのだ。浮かれている場合ではない。カロリーナ様にも修道院のことを教えてもらわなければいけない。


 優しい言葉に甘えていつまでもここにいては出て行くのが辛くなってしまう。

 さっきまでの高揚した気分からまるで鉛を飲み込んでしまったかのような重い気持ちになっていく。オディリアはその晩、なかなか寝付けず寝返りを繰り返した。


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