12.到着そして失態
オディリアが眩しさに瞼を開くと白い天井が視界に入る。カーテンが少し開いていて明るい日差しが差し込んでいた。
ぼんやりと自分の部屋と天井の色が違う……と考えていたがはっと飛び起きた。
そうだ。昨日ローデリカ王国の王都でティバルト様と会って馬車に……乗ったはずなのに何故ベッドの上にいるの?! 服を見れば着ていたワンピースそのままで、どうやら馬車で眠ってしまったオディリアをベッドまで運んでくれたようだ。もしかしてティバルト様が運んでくれたのだろうか。どうしよう。重かったはず。眠っている顔を見られた……オディリアは羞恥でどこかに消えたくなった。ベッドの上で延々と苦悶しているとノックの音がして侍女が入ってきた。
「お目覚めですか? オディリア様」
「マリー?」
その顔に見覚えがあった。以前滞在していた時にカロリーナ様専属の侍女の一人でカロリーナ様より少し年上だった記憶がある。明るくて有能な人だ。
「まあ、覚えていて下さいましたか? ふふ。今日からオディリア様専属となりました。よろしくお願いしますね?」
オディリアはちょこんとベッドに座りマリーにペコリと頭を下げた。
「こちらこそお世話になります。よろしくお願いします」
「オディリア様はティバルト様の婚約者です。私たちの主になるのですから頭を下げる必要はありませんよ」
マリーは呆れたように言うが婚約者になったのはオディリアを出国させるための嘘で一時的なものだ。それなのに主のように振舞うわけにはいかない。とはいえ屋敷の人はみな事情を知っているのか分からないので否定も肯定もせず困ったように笑って誤魔化した。それよりも……。
「マリー。私昨日着いた時に眠ってしまっていたようなのだけど部屋までは誰が運んでくれたのかしら?」
「お気になさる必要はありませんよ。ウィルダ王国からの長旅ですもの。疲れていたのでしょう。運んだのは勿論婚約者であるティバルト様ですから安心なさって下さい」
やっぱり……。全然安心できなかった。きっと呆れられた。謝らなくてはいけないけど会う前に出来れば身綺麗にしたい。絶対に譲れない女心である。
「オディリア様。昼食の前に湯浴みをしますか? すぐに準備は出来ますよ」
流石マリーだと感心した。言わなくても気付いてくれてありがたかった。それよりももっと重要なことが……。今マリーはなんて言ったの? 昼食? オディリアは恐る恐る確かめた。
「……マリー? 今何時なのかしら?」
「もう1刻もすればお昼ですね。オディリア様はお疲れだからゆっくり寝かせて差し上げるよう旦那様から言われております。お寝坊さんは気にしなくても大丈夫ですよ」
マリーは笑いながら片目を閉じると、湯浴みの準備のために一旦退室した。オディリアは両手で顔を覆い項垂れた。あれほど熱望していた4年振りのブリューム公爵家の人達との再会をすっぽかしたことになる。馬車からずっと寝過ごした挙句にティバルト様にも迷惑をかけてしまった。カロリーナ様やディック様には淑女として成長した所を見て欲しかったのにむしろ醜態を晒しただけではないのか……。
「あらあら。まだ落ち込んでいるのですか? 湯浴みの準備が出来たのでこちらにいらしてください」
「はい……」
マリーに急かされオディリアは無理矢理気持ちを切り替えて湯浴みに向かう。もたもたしていては昼食にも遅れてしまう。浴室に向かうとマリーと二人の若い侍女が待機していた。
「マリー。私、もう大人だわ。湯浴みくらい一人で大丈夫よ? いつもそうしていたし」
シュミット侯爵家ではオディリアに専属の侍女がつくことはなかった。ナディアには二人ついていたが。オディリアの雑用はメイドがしてくれていたが基本的には自分のことは自分でしていた。マリーは驚きに目を見開いた。そして悲し気な目をオディリアに向けた。
「侯爵令嬢が一人で湯浴みを? いけません。ここはブリューム公爵家です。この家の決まりごとに従って頂きます。さあ、ピカピカに磨いて差し上げますわ」
マリーは言葉の通りに侍女に指示を出しオディリアを全力で磨き上げた。さっぱりとして気分が晴れたが、全身にクリームを塗ったり髪に香油を塗ったりするのを他人に委ねるのは気恥ずかしかった。用意されたドレスは少しサイズが合わなかった。ウエストに余裕があるのはいいが胸がきつくて苦しかった。スカート丈も短い。
「やはりイデリーナ様のドレスだとサイズが合いませんね。カロリーナ様のをお持ちしたほうがよかったかしら? 午後から仕立て屋が来るので何着か注文しましょう。いくつかのサイズの既製品も持ってくるよう伝えてあるので仕立て上がるまではそれで我慢してください。サイズが分からなくて予め用意出来なくて申し訳ございません」
「リーナのだったのね。ここには突然来ることになったのだし、準備できないのは当り前よ。それより新調してもらうのは申し訳ないわ。お下がりとかあればそれでも」
マリーは威圧的な空気を放ち力強く断言した。
「オディリア様。ティバルト様の婚約者に相応しいドレスを用意します。いいですね?」
「はい……。お願いします」
オディリアはマリーに抵抗できないと受け入れた。