3人目の思い出{side:ノア}(2人の情報屋後)
【ノア】
情報屋として活動していた時、初めて領主スコルドから声をかけられた。屋敷の専属の情報屋として買われたあの日。
「それで俺に何をくれるの?対価は?」とノアはスコルドに聞いてみた。
「逆に何を欲する」と聞き返され、まさかこんなガキに高価なものを払うほどの覚悟はないだろうと「デカい宝石とか?」とふざけ半分で答えてみた。
「なーんてな、俺みたいなガキに宝石なんて似合わねぇもん。別に他の物でも…え?」
「君にはこの色なんて似合ってるんじゃないのか。石言葉もぴったりだ。」
そう言いながらスコルドはホワイトサファイアを3つ取り出す。
俺が言いそうな事は先回りってか…そんな風に思いながらヘラっと笑うとケースに入った3つの石を受け取る。
「ねぇ俺を連れて行くなら最後、家族に会わせてほしい。俺は情報を集めるために頻繁に街に降りたりするだろうけど、今までみたいに毎日一緒に過ごせなくなる事くらいは俺でも分かる。こんなに綺麗な石3つも貰っちゃったんだ、1個は両親にあげたい。絶対ここに戻ってくるから待っててくれないか」
スコルドはほんの一瞬だけ眉をしかめたが「報酬をくれた相手に対して俺が忠実だって事知ってて会いに来たんだろ?大丈夫、約束は破らないよ 領主様」と言われゆっくり頷く。
「あんたにも大事な娘がいるんだろ?子供を持つ親なんだから、親思いのガキの願い聞いてくれ!な?」
「待て、なぜそれを」
「あんたを見りゃそれくらい分かるよ!じゃぁな!1時間後ここで!」
そう言うとノアは走っていく。
余計なことは言うなよと引き留めようとしたが、ノアは少し進んだ先で踵を返すとこちらに戻ってくる。
「なぁ!俺、見ての通り庶民だから服とかないけど大丈夫なのか?」
「あぁ心配ない、屋敷に戻ったらすぐに仕立てよう。私の屋敷の人間になるのならそれなりの格好をしてくれないと困るからな」
「なら、この宝石が似合うような服を仕立ててくれないか?この宝石こんなに綺麗なんだ、せっかく領主様がくれたのに箱にしまってるだけじゃコイツが可哀そうだよ。アクセサリーでもなんでも…俺に似合うかは分かんないけど…」
「それも手配しておこう。分かったから早く行ってこい。余計なことは家族に伝えるなよ」
「分かった、ありがとう領主様!じゃあ行ってくる!」
そこまで言うとノアは再び走っていく。
心なしかその背中はさっきよりも嬉しそうに見えた。
ノアが見えなくなってスコルドはふと気づく。
人の心に入るのが上手いとは噂で聞いていたが、なんだ、自分もまんまとハマってしまってるではないか…
娘の事を知っているのはごくわずかな人間のみ。
恐らく持ち物などから推察して娘の話題を出したのだろうが、そのせいでノアを自分の愛娘と重ねて見ていた。
情報屋として密偵のような駒として使おうと思っていたが気分が変わった。
ノアは人と関わりを持ってこそ本領を発揮する。ならば隠密に扱うのは勿体ない。扱い方はリティに任せるが、頭のいいあの子の事だ。どうやって扱えばいいかすぐに気づくだろう。
リティとも歳が近い。妻が亡くなって以降本人は隠しているようだか寂しそうにしていたリティに、ノアのような存在がいれば気分が晴れそうだ。自分はリティに戦い方しか教えてあげられない分、息抜きに付き合ってくれるノアのような相手がいた方がリティも喜ぶだろう。ノアが戻ってきたら兄のように接してほしいと伝えてみよう。
数日後、リボンタイと髪飾りに加工してもらった宝石を見て、ノアは嬉しそうに礼を言う。
「感謝いたします。このホワイトサファイアに誓って必ず命令を遂行して見せましょう、スコルド様」
不意に雰囲気がガラッと変わった。最初からこうだった気がするほど、出会った時の幼さなんて微塵も感じさせなかった。
あぁ、だからこいつはこんなにも人の心に入り込めるんだと察した。仮面をかぶるのも上手いのだ。街で声をかけた時と今話しているこいつのどっちが本性なのか自分には分からなかった。
きっとどちらも本性ではないし、この先一生本性を知ることはないだろう。
「では改めて。この家と我が娘の為に…まぁ多くを語らずともお前は私が何を言いたいのか分かるだろうが」
「お任せください。作って頂いた髪飾りの為にも髪を伸ばしましょう。リテルシア様の人生に幸多からん事への願掛けも込め」
「好きにすればいい。…では娘の事は頼んだ。」
「はい、かしこまりました」
そう言うとノアはスコルドの部屋に入室した際に机のすみに置かせてもらった絵本とぬいぐるみを持って、音もたてずに部屋を出る。
だがドアが閉まった瞬間、重厚なドアの先からでも聞こえるほどのドタバタとした足音と大声が聞こえた。
「あっ、いたいた!お嬢~~~~!!俺と一緒に絵本読みましょ!!それともぬいぐるみで遊びます?今日は天気がいいから……」
だんだん遠くなる声を聞きながら今度は2人を追いかけていったであろうゆづきの声が届く。
「やけに騒がしいと思ったらノアのやつ~!!私の方が先にご主人の事探してたのに…ご主人にくっつくなーー!!新入りの癖に許さないんだからっ!」
ノアの事だ。きっと足音も大声も全部わざとやっているに違いない。
ゆづきは専属のメイドとは言え、諸用でリティの元から離れることもある。
暗殺術をどんどん身に付けているリティは、一度見失うとどこに行ったか分からなくなるほど息をひそめるのが上手いのだ。
それを知っていて、リティを見失ったゆづきにわざと場所を知らせるための行動だろう。
騒がしいのは得意ではない。でもそれが全て計算された物だったら。
面白くなりそうだとスコルドは一人、窓の外を見ながら目を細めるのであった。