花護る鈴
護花鈴隊
護花鈴とは小鳥から花を護るために鳴らす鈴・・・。
つまり、異形(巫儡)から桜花大帝国を護るために作られた軍部隊のことである。
◇◇◇◇◇
「護花鈴隊本部が来るまで、持たせろ」
闇の中、怒声が響く。幾つもの声が励まし合う。
「支援隊、結界を!本部が来るまで結界を!!」
「耐えろ、耐えてくれ」
誰もが傷つき疲労が見えていた。しかし、誰しもが自分の役割だけで、手一杯で助けてくれる者はいなかった。
「助けてくれ、助けて、くれ・・・」
悲痛の声がこだました。
◇◇◇◇◇
夜の帳が下りた空を行く六つの影。
形や模様には差があるものの、同じ軍服に制帽姿。軍服の襟と制帽には護花鈴隊の紋章たる桜と鈴の刺繍がはいっている。
「っ、くそっ。支部の奴ら連絡おせぇだろ」
口の悪い仁が叫ぶ。
「叫ぶ前に足動かす」
副リーダーの明日菜の声。
ここにいる者全てが異能の力を持っている。火に特化する者や、水を自由に扱える者・・・など。自分たちの能力に上乗せする技術班特性の器具を使用し、全力疾走しながらの会話である。
「っか、隊長は器具も使っても無いのに、俺たちの前に行くってありえねぇっすよ」
後ろから聞こえてくる感嘆の声。
軍服の振り袖型の袖には桜の花の模様が刺繍され、夜空に舞うように翻る。腰に差す二本の剣が音をたてる。長い黒髪は青い組紐で一つに結っている。組紐の先には中身のない音が鳴らない鈴を二つついて、髪が揺れるたび、鳴らない鈴も鳴っているように聴こえる。
「隊長は別格よ。よく見て置きなさい。任務そうそうで、隊長の勇姿が見れるなら幸運よ。ただ、私からの離れないように。着任すぐに怪我なんてされたら、夢見が悪いわ」
茶色い髪をかき揚げる明日菜。こちらは普通袖に長ズボンという動きやすい格好。ズレる眼鏡を押し上げた。
すぐ横に水使いの海斗。さらにその横にはポワポワしている光使いの羽美がいる。
「媛、目的地が近い。先行して、見てきて。戦いはしなくていい。状況把握と、支部の隊長を説明出来る者の確保。状況を判断して、後援隊部隊に指示をだして」
「了解しました」
肩までの白髪の女性ー媛の背中から大きな翼が生えたと思うと、あっという間にいなくなった。
「媛は翼持ちの炎使い。スナイパーよ。一班の先行をになってるわ。はい、遅くなってる。足動かして」
新人育成として、呆気に取られている仁に笑って言った。
ちなみに明日菜は風使いで闇使いの仁の移動を手伝ってもいるのだ。
「それにしても、なんでここまで遅くなった?」
目的地に着いたのは日が登った頃だった。
「なんだよ、これ?」
仁が鼻をつまんだ。
悪臭が立ち込んでいた。地面は抉れ見るも無残な状態。建物も多くが倒壊していた。
「媛いる?」
「ここです」
バサリと音をたてて降りて来た。
幾分疲れているのがわかる。
「ありがとう。で、どんな感じ?」
「結界を張って、巫儡を抑え込んではいますが、支援部隊も痛手を負っていて、いつそれが壊れるかわからない状態です。被害はかなり・・・、町の人は避難しています。ですが、死者もでています」
「そう。責任者は」
「・・・私です」
壮年の男性が表れた。頭や腕、足など至る所に包帯が巻かれ痛々しい姿。
血が滲んでいるからには見ると酷い傷なのだろう。
治療班も足りていないのが一目でわかる状態だ。
「どう言うことか、説明をしてもらってもいいか?」
男性は勢いよく頭を地面に擦り付け土下座して、叫んだ。
「お願いします。助けて下さい。あいつらを救ってください!!」
「はっ?」
誰もが理解出来ずに固まったのだった。
巫儡になったのは二名。
春風 幸司と妻の杏。
数ヶ月前、幸司が病に倒れ余命宣告をされたことにより、杏の精神が壊れた。そんな時、怪しい男によく効く薬だとして杏が丸薬をもらってきた。飲み始めは症状が軽くなって来たものの、次第に幸司は情緒不安定になっていったと言う。怪しいとは思ったものの、杏の精神が安定してきたのを見ると誰も何も言えなかった。
だが2日前、二人の体から突如触手が生えた。他の生き物が寄生したかのように・・・。
護花鈴隊が駆けつけてきた時には、二人はすでに飲み込まれ、自我を失い周囲を巻き込んでいたあとだった。
「巫儡師の甘い言葉で種を渡し、相手に飲ました、と言ったところか。2日前に発芽し成長したんだな」
あいつら、相変わらず人の弱みについてくる。許さない。
そして、それに負けた者。昔の自分を見ているようで嫌になる。
「種?巫儡師?」
「巫儡は種を・・・巫儡のもとになる種を飲むとなるのよ、巫儡師はその種を作り与える者のこと。仁、勉強不足。帰ったら復習が必要ね」
明日菜が仁に教えた。
「気づかなかったわけ?」
「はい・・・、普通、いや、病気の看病をしてたらあんなもんでしょう。気づけと言うのが無理だ。だからこうなるまで気づけなかったんだ」
「それだけでないでしょう」
「つっ・・・」
「気のせいだと思いたかった、からだろう?その様子だと知人が友人と言ったところか。情で判断が遅くなったな」
「・・・そうだ。幸司は俺の親友・・・だ」
彼は肩を震わせた。泣いていた。
「それ以上は言わないであげて、彼は悪くないの。私のせいだから・・・」
後ろから静かな声がした。
振り返ると目に隈をつくり憔悴した初老の女性がたっていた。疲れているのか青白く、今にも倒れそうだった。
その顔は見知った者だった。
別れてからだいぶ経つため見た目も雰囲気もだいぶ変わってはいたが、誰なのか一目でわかった。
「桂都?」
「久しぶりね、瑠華」
「桂都さん、すまねぇ」
「・・・、貴女の子ども・・・?」
「ええ。・・・情けないわね。かつて、護花鈴隊一班だった私が、気づかないなんて。ほんとうに情けない・・・。耄碌したわ。貴女たちを罵倒にした報いかしら・・・」
桂都は、手で目を覆った。
息をする音が啜り泣きのように聞こえる。
泣くな、泣いても始まらない。
「いつからか、わかる?」
「・・・、二月前、いえ、もっと前からかも。ごめんなさい、ほんとうに気づかなかったの。娘の様子が変なのは婿の、幸司君の看病が大変なんだって思い込んで、私、わたしっ・・・」
「隊長!」
「少なくとも二ヶ月。精神強かった・・・ね。・・・その分侵食も激しい・・・」
「やっぱり・・・」
「助からないのか?お願いだ、助けてくれ!!」
種が長く体内にあるほど、負の気持ちを取り込み種の成長を促す。そして、より大きな巫儡を生むのだ。そうなってしまえば、本体の生命は・・・。
桂都が崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
慌てて、後ろから羽美が支える。
「隊長、無理ですか?」
「様子を見てみないと分からないけど、おそらく手遅れだ。見てからの判断になるだろうが、覚悟した方がいいだろう。海斗、羽美、出撃の準備。仁は明日菜の補助をしながら後援。媛はこの方を安全な場所に避難させた後、射撃援護体制をとって」
「「「「「了解」」」」」
羽美の代わりに媛が支えようとした時、桂都の震える手が振り袖の裾を掴んだ。強い力でひっぱる。
「あの子たちを助けて、楽にしてあげて。あと、もし間に合うなら、孫を、芽依は救ってっっ・・・」
「もう一人いるの?!」
「孫が・・・」
「馬鹿!そう言うことは早く言いなさい!!」
顔をしかめ苦々しく呟いた。
早く助けないと、取り返しのつかない事に、なる。
一刻の猶予もないじゃないか!!
「隊長とあのばあちゃん知り合いっすかね?何があったんすかね?」
「仁、五月蝿い」
「でも〜、明日菜副隊長、気にならないっすか?」
「・・・隊長は『花護る鈴をいただいた者』よ。この国の帝をお守りする者。この都を護る力を持つ者。あんたや私より断然長く生きてるの。知らない過去の一つや二つあるのが当然でしょ」
「それ、勉強した時も思ったんすけど、『花護る鈴』って呪い、っすよね」
「呪いか、そうね。永遠の命だもの、そうかもね。助けてあげられるものなら、助けてあげたいわ。私だっていつも思うわよ。・・・・・・仁、始まるよ。よく見てなさい。我が隊長の戦いを・・・」
戦闘の位置につき結界が解かれるのを待った。
今回いるのは、精鋭部隊である護花鈴隊本部、一部隊一班の六人。支援部隊は到着するにはまだ時間がかかる。一度結界が解ければ再度結界は張れないだろう。支援もない。今いる護花鈴の地方支部隊は怪我で戦力もない。
自分たちしかいないということだ。
しかも巫儡は成体が二体。
子どものこともある。
厳しい状況。周囲の被害に構うこともできないだろう。
それでもやるしかないのだ。
愛刀<月下の桜>の柄を握りしめる。
「いこう!」
結界が解けた瞬間、瑠華は抜刀し、それ
に切り掛かった。
動く樹、生き物の様に這いずり回る管。そう表現するしかない異形の生き物、それが巫儡。
いくつもの触手を切り捨て、本体に近づく。
本体にある核を潰さない限り巫儡は動き回り、全てのものを取り込んでゆく。
それが発芽すぐならば、巫儡の本体を、人を助けることが出来る。だが、成体になり、周りを見境なく襲い出し、全てを吸収する様になればなるほど、助けることはできなくなる。
時間の問題なのだ。
今回は発芽期間が長かったのと発芽からの時間が立ち過ぎている。やはり巫儡として育っていた。
もう、助けることは、できない。もう・・・
「隊長」
「やはり、無理だ。討伐する。子どもに気をつけろ」
薙ぎ払う。
羽美、海斗も各々の武器で交戦する。
触手は切っても切っても生えてくるかの様に襲ってくる。
「もう、減らなあい。うざいんですけど〜」
羽美がプウっと頬膨らませた。
「二つが一つになってる。お互いに取り込み合ってる」
「それってヤバいですよ」
「あぁ。統合してる分力がましている。二人は周囲の触手処理にあたれ。雑魚は明日菜と仁に任せて思う存分やれ」
「隊長は?」
「一気に片をつける。巻き込まれるな」
「「はい」」
二人が離れるのを確認すると、大きく息を吐いた。目を閉じて集中する。
身体の奥底に眠る蓋の鍵を開けるイメージを持って、力を解放する。
瞳を開けると黒から赤に染まっていた。
もう一本の刀<宵桜>を引き抜き構える。
二本の刀身が煌めく。
地を蹴り、本体に向かって走り出した。
迫る触手を避け、薙ぎ払らい、切ってゆく。超越した身体能力で本体まで行くと触手に邪魔されつつ大きな幹に一太刀を入れた。
「ちっ、浅い」
邪魔された為、力が入りきらず上部しか切れなかった。
バラバラと砕け落ちる残骸。
それでも崩すことのできない。
体勢を整えるため、一歩引く。
その瞬間、一発の火力のある弾丸が本体に命中した。
媛!!
間合いを取り、一瞬の隙を突いて、再び切り付ける。今度は深く太刀がはいり、本体が裂けてゆく。
「いた!」
中に小さな子供がいるのが見えた。
まだ、取り込まれていない。
刀<月下の桜>を離し、手を伸ばして幼い少女の身体を掴み引き上げようとした。
しかし、親の執念なのか離さない。引っ張り引き寄せようとする。このままでは埒があかない。子どもに負担が、かかる!
「いい加減にしろ!お前たちのエゴで子供を巻き添いにするな!」
叫んだ瞬間、引く力が弱くなった。その隙に少女を引き上げ抱きしめると、一時的に離脱した。
地面に寝かし状態を見る。
息はしている。傷もない。気を失っているだけ。
親心から・・・、まだ愛情はあるのか?
話せばわかるのか?
兎に角、無事でよかった。
ほっと、胸を撫で下ろす。
『メ・イ・・・』
『メエ・イィィ』
重低音の響き。
悲しみ、怒り、焦り、沢山の感情が入り乱れた声。
いや、声らしき音。
そんな音を出すな。
泣くな。
「殺すの?」
『アアアアアアァァァ・・・』
「自分の子どもを殺すのか!!」
触手が伸びてくる。斬り払う。
触るな。その手でこの子に触るな!!
「この子は生きている。これからの未来がある。それを奪うな。自分の責任は自分で取れ!!子どもに押しつけるな」
ますます触手が襲いかかってくる。
だが、それを止めたのは羽美と海斗だった。
「隊長、無理しないでください。僕たちがいます」
「そうですよぉ、私たち頼ってくださいよ」
二人の持つ武器が輝く。
海斗の大剣。羽美の細身の剣。
美しく踊るように二人は戦う。
傷を負い、息を切らしながらも二人は立ち向かう。
触手は二人に任せ、少女を庇うようにしてそれに向き合った。
それは一つだった物が形を変え二つの影のような者へと変わる。
この子の父と母であろう者に。
だか、不完全な物体でしかない。
「お前たちはもう人ではない。己の弱さに負け現実を放棄した。もう、この子の親ではなくなった」
『メェイィ・・・』
『アアアアアアァァァ』
話を聞け。耳を傾けろ。
親だろう。お前たちはこの子の親、だろう!
「このままでは、この子を殺すことになる、それでいいのか?」
『アアアアアアァァァ』
頭を割るような音をだす。
泣く、泣いているのだ。泣くな。
子を思う、悲痛の声なのだ。泣くな。
無理だ。触ることも、抱きしめる事もできない。
己のした事の報いだ。だから、泣くな。
「現実を受け入れるのをやめた罰だ。生きるのを諦めた報いだ。大人しく受け入れろ。そして、願え。我が子の幸せを」
『ウウウゥゥッ』
それは揺らぐ、霞む、大きくなっては小さくなるを繰り返した。
しばらくしてそれは一つの塊になりユラユラと揺れた。
『ゴロ・・・ジ、デ・・・、ゴロジ、デ・・・グジェ』
叫び。
最後の親としてできることだ。
「・・・わかった。苦しまないようにする。私ができるのはそれぐらい、だから・・・言うことは?伝えてやる」
真正面に向かい、一思いに一筋を入れた。
核が割れた。
『アジ・・・ア、ト・・・ウ。メェ・・・、ア・・・ジテ・・・・・・』
霧散した。
全てが崩れ落ち、チリ一つ残さなかった。
巫儡は全てを消え失せる。
思い出も宝物もなくなる。
刀<宵桜>を納める。落ちていた<月下の桜>を拾った時、声が聞こえた。
「パパぁ?ママぁ?」
「!」
いつの間にか少女は起きていた。大きな眼が開かれている。
全てを見ていたのだろう。
目に涙をため、こちらを見ている。
嘘などつけようか。
「パパ、ママ?どこ行ったの?何したの?ねぇ?」
小さな手が宙を彷徨う。
「殺した」
「隊長っ!!」
二人の声が聞こえてきたが無視をし、少女の前にしゃがんだ。同じ目線になり、向かい会う。
「私が殺した。君の両親は罪を犯した。自分本位な考えでこれを引き起こしたからだ」
「やあああぁぁぁっ」
少女は怒りの眼で見上げてきた。
小さな拳を幾度も身体にぶつけてくる。
叫び声をあげ、傷を出そうと、必死にもがいている。
それでいい。
泣け!叫べ!
そして、憎め。
「恨むなら、私を恨め。なぜ君の両親を殺したのか知りたければ、這い上がってこい。ここまで来い。私に会いに来ればいい。私は時が来るまでずっといる。待ってる」
少女が泣き疲れるまで、好きにさせた。
眠った少女の手にならない鈴を握らせた。これには魔除けが付いている。
本当は全て忘れて生きて欲しい。
だが、無理だ。両親の起こしたことは、これからもずっとついてくるだろう。負けて欲しくない。憎むことで、生きてくれるなら、幾らでも憎めばいいのだ。
きっと、この鈴は両親の代わりに護ってくれるだろう・・・。
生きてくれ。お願いだ。
桂都は眠っている孫を抱きしめた。
「瑠華、ありがとう」
「お礼を言われる筋合いはない。私はあなたの・・・、この子の両親を殺した。恨まれて当然のことをした」
「隊長、仕方なかったことすよ」
「それでも、現実はかわらない」
「・・・」
「相変わらずなのね。もう時期40年立つのに変わらないのね」
「変われないこともある、忘れてはならない事だってある」
「そうやって生きていくの?」
「終わりが来るまでは・・・」
誰もその言葉の真意はわからず、聞き返してくることもなかった。
護花鈴一部隊は明日菜と仁を残して、すぐさま帰路に着くことになった。今日の夜には支援部隊と情報部隊が、明日の朝一には守護部隊、治療部隊来るようになっている。引き継ぎのために二人は残る事になった。もっとも仁は研修を兼ねての実地訓練込みだが・・・。
「トンボ帰りですが、よろしかったのですか?」
「我々がいない方がいい事もある」
護花鈴がいることで、余計な噂を生む事もあるのだから。
そう言えば誰も反論することもなかった。
別れの言葉もなく去っていった。
◇◇◇◇◇
11年後ー
四階の廊下から、広場を眺めていた。
そこには人で溢れかえっている。新しく護花鈴に入隊する子たちだ。
「今年もこの時期が来たっすね」
変わらない言葉使いの仁。
「仁、颯斗隊長が呼んでましたわよ」
「マジっすか、媛ねぇさん」
媛に言われて走っていく。
あれから明日菜も海斗も羽美もやめていった。あの時のメンバーでいるのは、媛と仁だけ。他にもたくさん変わった。
みんな、変われども自分は変わらない。
周りは新しくなり、自分だけ置いていかれるため焦燥感だけが増す。
孤独感に陥る事もある。
でも、みんな言う。「頼ってください」と。
頼もしい。
いつまで、こう生きていくのか・・・。
媛が横に立った。
「あれから11年ですね。もしかすると、あの時の子ども、もういるかもしれませんね」
「来てる」
「見たのですか?」
「いや、直接はまだだが、資料は読んだ。訳あり組は別途詳細だからね」
「・・・そうでしたね、ここまできますかね?」
「どうかな?」
待ってる。
早くここまで、上がっておいで。
そうしたら、あなたにあの言葉を伝えれるからー
彼らは最後の言葉を
「愛してる」と。