鎧と剣
アレックスは遠慮がちに、父へと尋ねた。
「お父様、いかがでしょうか・・・?」
バッツは十分に息子を眺め、そしてゆっくりとうなづく。
「うむ・・・。明日の朝、私はここを発つ。留守の間、マリアと共に荘園を頼む」
「はい!お父様!」
アレックスは誇らしげに答える。
もう既に、騎士になったかのような心持ちだ。
もうこれから、騎士への道を迷うことは無いだろう。
「お父様、剣を抜いてもよろしいでしょうか?」
もう待ちきれないと言わんばかりだ。
「ああ」
バッツの返事を聞くや否や、アレックスは不慣れな手つきで剣の留め金を外し、スー・・・という小さな音を立てながら鞘から引き抜いた。
刃渡り50センチほどの両刃剣。
まるで魔剣に魅入られた戦士のように、その刀身を見つめる。
刀身には無数の細かい傷が入っているが刃こぼれなどは無く、まるで鏡のように綺麗に磨かれていた。
普段使っている模擬剣とサイズは変わらないが、重さは若干軽く感じる。
鍔が大きめに作られており、握りては両手でも持てるように若干長めだ。
握りに巻かれた革だけが、真新しいものに取り換えられてあった。
息を吐き、剣を正面に構える。
目に入る刃の冷たさに、アレックスは背中を何か冷たい液体が流れ落ちるかのような気配を感じた。
抜身の真剣を目にするのは初めてだった。もちろん最初に見るそれが、まさか自分の剣になろうとは。
初めて身に纏う鎧は予想以上に重く、初めて握る剣は予想以上に軽く、しかしそれらはアレックスの心に、ずっしりと重い緊張と自信のようなものを与えてくれる気がした。
それはまるで、魔獣の一撃にも耐え、竜の鱗さえ切り裂けると言わんばかりだ。
「さあ、今日はこれくらいにしなさい。明日は日の出と共に私は出発する」
バッツも当然名残惜しいが、アレックスに元あった部屋で武具を外すこと、ティファニーにはそれを手伝うことを命じた。
そんな二人の姿を、父はいつまでも目に焼き付ける。
その日の夜、寝室ではぼそぼそと小声でおしゃべりを続けるアレックスとティファニーのこえが、いつまでも続いていた。
2人は一つの布団に入り、ティファニーが小石に魔法で明かりを宿し、それを頼りに語り続ける。
アレックスの胸に後頭部を押し付け、蝋燭代わりの小石を弄びながら言った。
「それにしてもお兄さま、今日はほんとうに見直しましたわ!まるでお話に出てくる冒険者のようでしたわ」
そこは騎士と言って欲しかったのだが、それでもティファニーの興奮ぶりは少し意外だった。
あまり剣や鎧など、男臭いものには興味がないと思っていたのだが、それでもかわいい妹にそう思われるのは素直に嬉しかった。
「僕は決めたぞ!3カ月後、お父様が城へ行くときは絶対について行って、高名な騎士の従士にして貰うんだ!」
アレックスは今、胸の奥から溢れる希望の光で、夜の闇も照らさんとする勢いだ。
「いつか騎士として名を上げ、ティファニーも学校へ入れてやるからな!」
ティファニーの脳裏には、昨日のエストとの会話が過った。
彼女は今まで、一度たりと学校へ行きたいと言ったことはない。しかし、言わずともそんな妹の気持ちは知っている。2人きりの兄妹なのだから。
「ふふふ。ティファニーはゆっくりと、その時をまってますわ・・・」
やがて二人の会話は途切れがちになり、不意に魔法の光が消えた。
ティファニーが眠りに落ちた合図である。
「おやすみ、ティファニー」
そう言って、妹の頬にお休みのキスをする。
川のせせらぎが耳に入る。
今日のそれは、まるで子守歌のようだった。
やがてアレックスは軽くティファニーの手を握り、夢の中へと旅立っていった。
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