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アレックスとティファニー  作者: そんたく
剣を与えられた日
8/29

伝えゆく想い

 その日の夜、狩りから帰ったバッツとマリアは、馬に乗りきらない程の大量の獲物を抱えて上機嫌だった。

 それらはエミーナや農夫達に振る舞われ、残った物は翌日、ティファニーの手で燻製や塩漬けに姿を変えた。

 そしてその次の日。バッツが荘園に居られる最後の日である。

 アレックスは農作業の休みをもらい、一日の大半を父との稽古に充てた。

 結局アレックスの剣がバッツを捉えたのは初日の一撃だけだったが、それがさらに父の偉大さを実感させてくれた。


 訓練の帰り道、エミーナの屋敷に差し掛かると、庭の雪舞の花がちらほらと花を咲かせている。

 あと数日で一斉に花開くだろうが、その頃には父は王都の空の下だ。


「お父様に雪舞の花が開くのを見て頂きたかった・・・」


 バッツは息子の頭に手を乗せると、髪をぐしゃぐしゃにしながら笑顔で撫でた。


「心配するな。来年の春にも花は咲く」



 その日の夜、食事を終えて一日の作業も一段落した頃である。

 アレックスとティファニーは、バッツに普段使わない部屋へ行くように命ぜられた。

 そこは倉庫のさらに奥で、2人は立ち入りを禁止されていた部屋である。


 バッツは鍵を開き、部屋の中へ2人を通す。

 窓一つ無いその部屋は微かに黴臭く、明かりの無い今は真っ暗な闇でしかなかった。

 バッツが持つ蝋燭が、ゆっくりと部屋の中を照らす。


 そこに表れた物に、アレックスは息を飲んだ。


 中から現われたのは、鈍く光る全身板金鎧や重装板金鎧、その他様々な剣や槍、機械式弓や大弓など、そこはまさしく武器庫であった。

 蝋燭の光が揺れるたび、鎧の影がまるで戦士のように蠢く。

 橙の光に照らされたそれらは、まるで黄金のような輝きを放っていた。


 アレックスはその中の一つに、吸い込まれるように近づく。

 他の武具に比べて明らかに古く、そして小さい胸部鎧と両刃剣。

 それは確かに古かったが、手入れは行き届いており、他の武具に負けないほどの輝きを放っていた。

 興味深げに眺める2人を制し、バッツが声をかける。


「アレックス、本来はこれをお前の14才の誕生日に贈りたかった」


 確かにその鎧は、アレックスにあつらえたかのように、彼の背丈に合っている。


「しかし、お前の誕生日、わたしは城の中だろう。数日早いが贈り物だ」

「これを・・・僕に・・・?」


 アレックスは呆けたように視線を鎧と剣に落とす。そして、そっと手を添えた。

 手には長らく姿を隠していたのだろう、固く冷たい鉄の感触が伝わるが、その奥からはまるで打ち立てな鉄のような、熱く激しい力を感じた気がした。

 バッツはその剣と鎧を見て、懐かしそうに眼を細める。


「これは私がお前と同じ14才の時、父から貰ったものだ」


 そんな父の言葉は、アレックスの耳に届いていないようだった。

 無理もないと、苦笑する。

 バッツの父も、また騎士だった。

 若き日の自分の姿が、自然とアレックスに重なる。

 騎士の子が騎士を目指す、そういうものなのだろう。


「アレックス、これをお前に託す意味が分かるか?」


 アレックスはバッツの顔を見上げる。


「私が次にここへ戻るのは3ヶ月後だ。それまでに『騎士』とは何か、その答えを考えておきなさい。それが見つかれば、お前を従士に出そう」 

「はい!お父様!」


 バッツはアレックスの返事に満足そうにうなづくと、優しい声で語りかけた。


「さあ、それを身に着けて見せておくれ・・・私の小さな騎士よ・・・」


 バッツはマリアを手で呼ぶと、アレックスに鎧を着ける手ほどきをするように言った。

 母の顔も喜びに満ち、微かに瞳を潤ませているのがわかる。

 そんな中、ティファニーだけが一人不満気で、ただですら丸い顔をさらに膨らませて呟く。


「お父さま!わたしも同じ日に11才になりますわ!お兄さまだけずるいです!」


 バッツは楽しそうに「ははは」と声を上げて笑った。

 その抗議に答えたのはマリアだ。


「あなたにもちゃんと用意してありますよ。もちろん、あなたが14才になったときにね」


 優しく細める母の目には、まるで14才を迎えて立派なレディになった娘が映っているようだ。


 ティファニーにはお目当ての物があった。

 母が大切にしまっている、大きなフリルの付いた真っ白なドレス。

 もちろんそんなものを着ていく先などあるはずもないが、きっと優しい母は、言わなくてもそれをプレゼントしてくれるだろうという予感があった。


「はい、お母さま!約束ですわ!」


 彼女は大輪の花のような笑みで答える。


 バッツは1人部屋から離れ、囲炉裏間で家族を待つ。

 目を閉じれば暖かい炎と薪が爆ぜる音、隣の部屋からはアレックスとティファニーのはしゃぐ声と、共に笑う妻の声。

 

 床にあるカップを無意識に取りそれを口に運ぶが、中身はすでに飲み干されて空っぽだった。

 バッツがずっと欲しかった物は、きっとこれなんだろう。

 手にしたカップの中に、湯があるか無いかなど、実に些細なことだとわかる。

 やがて支度を終えたアレックスが、バッツの前に姿を現した。

 彼の顔が赤いのは囲炉裏の炎に充てられたのか、それとも興奮によるものなのか。

 ティファニーとマリアも、共に笑顔でアレックスを見つめる。


 使い込まれた鎧は、昔から彼が着ていたのかと思えるくらいに自然な着心地だったが、腰の剣はまるで飾りのようだった。

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