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アレックスとティファニー  作者: そんたく
剣を与えられた日
6/29

女同士

 ティファニーの朝は、いつも心地よいリズムで始まる。


「カコーン・・・、カコーン・・・」という、小気味のいい乾いた音。

 それは早朝アレックスが、エミーナ邸と彼自身の家で使う、一日分の薪を割る音だ。

 日が微かに昇り、朝霧が窓から部屋へ流れ込む。

 その中に含まれる土の匂いは、確実に春の到来を告げていた。


 今日は待ちに待った、ティファニーの休日だ。

 更に今日は父母も狩りに出かけているので、マリアの面倒も見る必要がない。

 休みといってもこんな場所だ、遊び相手がいなければ昼過ぎにはやりたいこともなくなってしまう。

 結局農作業の手伝いに出るのだが、休みに働くというのは気分がいいと、彼女は感じていた。

 

 この日は二度寝を決め込もうかとも思ったが、それは兄に申し訳ない。

 いつもどおり、もそもそとベッドから這い出した。


「おはようございます!」


 そう言いながら囲炉裏間に入るが、当然誰もいない。

 こんな日の過ごし方はいつも決まっている。エミーナの屋敷へ向かい、書を漁るのだ。

 本といえば高級品だ。男爵家とはいえその蔵書の数は指折り数えるほどしかない。

 その本も既に何度も目を通し、なんなら内容をそらんじて見せることも出来るのだが、彼女は本を読むという行為自体が好きなのだ。


 休みの日にしか着ない、若草色のお気に入りのワンピースに着替えると、外を流れる小川で顔を洗う。

 手を振って水気を払うと、後ろにはアレックスが薪割を終えて、それを纏めているところだった。

 昨日のことが少し気にかかるが、ティファニーはいつも通り兄に接することにする。


「お兄さま、おはようございます!」


 アレックスは声に気づき、明るい笑顔で返事を返した。


「おはよう、ティファニー。今日はずいぶんゆっくりだな」


 昨日のことはすっかり忘れているようだ。

 彼女はそんな兄が、大好きだった。


 ティファニーはアレックスが持つ薪のいくつかを受け取り、一緒に主の家へと足を向ける。

 台所裏の薪置きにそれを放り投げると、裏口から兄より一足先にエミーナ邸へ入った。


「あら。おはよう、ティファニー。お気に入りを着ているところを見ると、今日はお休みね?」


 エストの明るい声が彼女を迎える。

 今まさに朝食の準備にとりかかろうとしていた彼女は、おかず用の燻製肉を一枚余分に出してくれた。


「おはようございます、お姉さま!」


 ティファニーも明るい笑顔で答える。

 ティファニーはエストを実の姉同様に慕っており、そして尊敬もしていた。

 ティファニーとアレックスに、字の読み書きを教えてくれたのはエストだったし、マリアの台所仕事を見かねて、ティファニーに料理の手ほどきをしてくれたのも彼女である。

 この荘園で、ティファニーにとっては唯一の「女同士」だった。


「お姉さま、お手伝いしますわ」


 そう言うと、ティファニーはエストの隣に滑り込む。

 こうなってしまうとアレックスの出番は一切なくなり、むしろ何をしても邪魔者扱いされるのは目に見えている。


「・・・じゃあ、僕はちょっと剣の稽古をしてきていいかな?」

「どうぞ」

「どうぞ」


 ティファニーとエストの声が重なる。

 二人は楽しそうに、顔を合わせて笑いあう。


 アレックスは内心、昨日の夕方のことでエストと顔を合わせ辛い心境だったから、少しほっとしていた。

 しかし、今日の食卓は女性3人に囲まれることになる。きっと辛いものになるだろう・・・。


 稽古を終えて迎えた朝食は、アレックスの予想通りの展開だった。

 大、中、小の女性に囲まれ、アレックスはほとんど会話に口を挟めず、黙々と食を勧める羽目になる。

 彼は早々に朝食を平らげ、エストに後片付けを任せて農園へと逃げ出す。


 食事の後片付けが一段落し、エストとティファニーは台所の隅で一休みをしていた。


「ティファニー、いらっしゃい」


 ティファニーの待ちに待った時間の到来だ。

 彼女は椅子を一つ携えると、それをエストの前に置き、腰かける。

 エストは道具箱の中から一本のブラシを取り出した。

 それは猪の毛を植えたヘアブラシで、なかなかに見ない逸品だった。

 ティファニーが持つブラシは毛が棘のように固く、あまり使う気にはなれなかった。

 ティファニーの髪は長く美しいが、母によく似て強いくせ毛だった。しかし、エストの魔法のブラシにかかればたちまち大人しくなっていく。


 そのわずかな時間は、貴重な女同士の語らいの時である。

 この時間を利用して、二人は数多くの秘密を共有していた。

 ご機嫌に両足をパタパタとばたつかせ、時折後頭部を甘えるようにエストの胸に押し付ける。


「お姉さまは、学校へ行ってみたいと思いますか?」


 エストは優しく彼女の髪をかしながら答える。


「そうね・・・。わたしはただの侍女だからそんなお金は無いけど・・・。いけるのであれば行ってみたいわね」


 ティファニーの予想通りの答えが返ってきた。


「ティファニーは学校に行きたいの?」


 パタパタと機嫌よく動いていた足が、ぴたりと止まる。

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