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アレックスとティファニー  作者: そんたく
剣を与えられた日
4/29

小さな嘘

「アレックス?」


 返事が無いアレックスを不審に思い、エストが顔を覗き込む。

 再度アレックスは慌てた。


「も、もちろんだよ!だって僕はエミーナ様の小姓だし、この荘園が大好きだから!」


 アレックスの返答を聞き、エストは満足げにほほ笑んだ。


「そう、よかった!じゃあ、きっと・・・、ずっと一緒だね」


 エストの笑顔に、アレックスの胸は「ちくり」と小さな痛みを感じる。

 アレックスはまだ、エストに父から従士に出すという話が出たことを伝えていない。

 従士になって他の騎士に仕えるということは、少なくとも数年この荘園を離れることになる。

 ここの荘園に若い男女は、アレックス、ティファニー、エストの3人しかいない。

 エストを荘園において出るというのは、どうしようもないこととはいえ妙な罪悪感に襲われる。


「お茶、ありがとう!また明日ね!」


 アレックスはお茶の残りを一気に飲み干し、エストにカップを突き返した。

 そのままエストの顔を見ず、エミーナの屋敷から外へ駆け出す。


 辺りはすっかり日も落ち、ハーブのお茶で温まった体のせいか、吹く風はより一層冷たく感じられた。

 聞きなれた小川のせせらぎが、妙に耳障りに感じる。

 本来家まで歩いて一分もかからない距離だ。しかし、何故だか走りたい衝動に駆られ、一人日の落ちた草原へ駆け出した。


「わあああぁぁぁーーー!」


 衝動を吐き出すかのように、自然と声が漏れる。

 湧き上がる淋しさ、切なさ、そして理解できない心の奥のもやもやに苛立ちを感じる。


 エストはこの荘園で、一生を暮らすつもりなのだろうか?

 それともいずれはこの荘園を出て、外の世界で身を立てるのだろうか?

 怒涛どとうの如く噴出する感情に正しい言葉を当てはめられるほど、アレックスはまだ大人では無かった。


 一頻ひとしきり駆け回り胸のもやもやを追い払ったアレックスは、家族の待つ家路へついた。

 開け放たれた窓からは、彼を迎えるかのような温かい光が溢れる。


 アレックスの家は石造りのエミーナの館と違い、木造の質素な家だ。

 建ててからの年月を物語るかのように、重い扉を開くと「ぎーっ」と、大きな音をたてる。

 バッツの声と囲炉裏に燃える薪のはぜる音が、アレックスの帰りを迎えた。


「遅かったな、アレックス」


 父に出迎えられるのは、4ヶ月ぶりだ。


「はい、ただいまもどりました」


 食事の用意は終わっており、あとはアレックスが席に着くのを待つばかりだ。

 今日の食卓には鶏肉が上がっていた。

 父の帰宅に奮発したのだろう、久しぶりの肉料理に舌鼓したつづみを打つ。

 いつもは広く感じるこの囲炉裏も、今日は微かに窮屈に思う。

 家族が揃うということは、きっとそういうことなのだろう。

 アレックスは、この家に生まれて良かったと思った。


 食事は和やかに進み、バッツは城から持ち出した秘蔵の果実酒を、勿体ぶりながらも家族に振る舞う。

 高級品であるため皆が酔えるほどの量ではないが、微かに全員の口を柔らかくすることは出来たようだ。


「アレックス!何度もいうが騎士の剣とは忠義の剣だ!礼に始まり礼に終わる。今日のようなことでは、まだまだ従士には出せんぞ!」


 昼間の訓練の事を言っているのだろう、どうやらこの父は見かけによらず酒に弱いようだ。

 思いかけず出た従士という言葉に、アレックスの脳裏をエストの姿が横切った。


「・・・そっか」


 アレックスの淡白な反応を見て、一同は不審がる。

 普段の彼なら、その一言をいわれて反論しないはずが無いのだ。

 微かに空気が重くなる。しかし、こういう時に茶々を入れるのはティファニーの仕事だ。


「どうしましたの、お兄様?いつもの元気がありませんわ」


 そういいながら、兄のコップをさっと取り上げる。

 それに明るく答えてみせるのが兄の役目だが、今日はそんな気分になれない。


「何でもないよ。今日はちょっと、疲れたからさ」


 アレックスは力無さ気に微笑む。

 バッツとマリアが不審げに顔を見合わせるが、詮索をしようとはしなかった。

 アレックスも間もなく14才、既に立派な大人である。

 そんなアレックスに気遣ってか、話題は次に移っていった。

 バッツの王城での武勇伝、酒のせいで大分饒舌じょうぜつになっていたが、城での華やかな暮らしはアレックスを魅了した。


「お父様はなぜこんな片田舎の、小さな荘園の守をしているのですか?」


 つい、アレックスの口から零れそうになる。

 しかし、それは自重した。

 理由は分からないが、それは聞いてはいけないことのような気がしたから。


 

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