2人の後悔
男は竈に手を伸ばし、火が付いたままの薪を一本拾い上げアレックスに投げつけた。
アレックスはそれを逆に好機ととらえ、投げられた薪を難なくかわすと上段から一気に剣を振り下ろす。
その時・・・、
「きゃっ・・・!」
背後からエストの小さな悲鳴が上がる。例え火がついていた薪が直撃したとしても、冷静に対処ができれば致命的な状況になることは無い。
しかし、アレックスの気を引くには十分だった。
男はアレックスの切っ先に生じた微かな動揺を見逃さず、振り下ろしに対抗するように斜め下から剣を弾き上げた。
乾いた音と共にアレックスの剣は宙を舞い、天井にぶつかった後男の足元に転がる。
アックスはすぐに、背中から短剣を取り出し構えた。
剣の技術では2人の間に大きな違いはなかったが、経験の差が明暗を分ける。
ここからさらに間合いが大きく違う短剣と長剣の戦いとなれば猶更だ。
アレックスの額に汗がにじみ出る。しかし、アレックスは右手の短剣を強く握りしめ、左手を立て代わりに前へ突き出す。
(相手の攻撃を左手で受け止めれば・・・)
当然そんなことをすれば、鎧があるとしても左手は無事ではすまない。
左手を深々と切り裂かれた場合、恐らくそれは致命傷にはなるだろうが即死には至らないはずだ。
命を落とすまでの間に相手を行動不能にできれば、ティファニーとエストを生かす時間が作れるかもしれない。
(2人が生き延びれば、僕の勝ちだ)
アレックスは相手の斬撃を受け止めるために左手に力を入れる。
狙うのは後の先、つまり先に相手に攻撃をさせ、それを左手を犠牲に剣の動きを封じ、右手の短剣で相手の脇腹を貫く。
経験と間合いで劣るアレックスが勝利を収める為の、数少ない道筋。
アレックスは相手の攻撃を受け止めるため、グッと足を踏みしめ、相手の男はすり足でゆっくりと間合いを詰め、作業台の前に差し掛かった。
その時アレックスの目に入ったのは、見慣れた木製の箱だった。
「お兄さま!しゃがんで下さい!」
アレックスはティファニーの言葉の意味を、一瞬で理解する。
「留まらぬ風の王よ、風に仕えし7の精霊たちよ、稲穂を揺らし道を築け!」
アレックスの陰で密かに魔法印を切り、発動条件を満たしたティファニーの魔法「風の道」。
圧縮された風の渦を打ち出し、相手の足を止める魔法であった。熟練の魔術師が行う「風の道」であれば、相手を十分に怯ませるほどの風圧を作ることが出来る。
しかし、未熟なティファニーの力では軽いものを巻き上げる程の威力しか出すことは出来なかった。
しかし・・・
「な、なんだ!」
男の視界を一瞬で黒い物が覆う。
それは男の目や口に入り込み、男から冷静さを奪った。
男は目を開けることが出来ない闇の中、「ドン!」という踏み込む音を聞く。その音に向けて闇雲に剣を振るうがそれは空を切り、次の瞬間自分の喉に何か熱い物が突き刺さるのを感じた。
アレックスは男のむき出しの喉に、深々と短剣を突き立てた。
この短剣は、あの時ゴブリンを殺めたものである。
不快な感触が手に伝わるが、アレックスは力を緩めることは無かった。
男の視界を一瞬で奪ったもの、それは箱に溜められていた灰であった。
竈の薪を集めて灰にしたものを肥料の代わりとして畑にまく、時折台所でアレックスは薪の燃えかすを砕いてそれを作っていた。
ティファニーの魔法は未熟であったが、砕かれた灰を撒き散らすのには十分の威力があった。
アレックスは男が絶命するのを確認すると、ふうと1つ大きく息を吐く。
「お兄さまぁ!」
ティファニーがぼろぼろと涙を流しながらアレックスに飛びつく。
「わたし、あの時にただ見ているだけしか出来なくって・・・、本当にごめんなさい・・・」
一瞬何のことを言っているのかわからなかったが、すぐにあのゴブリンと対峙した時のことだと理解した。
彼女の心にも、あの事件は小さな影を落としていたのだろう。
あの時ティファニーはアレックスが傷つくのを見ていることしか出来なかったが、今度は迷わずに行動し、2人の命を救ったのだ。
「ティファニー、まだだ。外には奴らの仲間たちがまだいるはずだ。きっとすぐに仲間が入ってくる・・・!」
アレックスも少量だが灰を目に入れてしまっている。それに、今まで全力で動き続けているのだ、そろそろ体の自由が利かなくなってきてもおかしくない。
目が痛いからと言って、一瞬の瞬きが死へ直結することもあるのだ。
それでもアレックスは負ける訳にはいかない。
彼の背後には、アレックスの勝利を信じて疑わない者たちがいるのだから。
しかし、しばらく経っても防塞を崩して侵入しようとする気配は感じられなかった。
アレックスは耳を澄まし、注意深く外の気配を探る。
(騎馬の音・・・?)
外は先ほどより騒がしく、さらに馬のいななきや駆ける音まで聞こえてくる。
そしてその気配の中、アレックスは聞きなれた声を発見すると、全身の力が一気に抜けていくのを感じた。
「お父様だ・・・」
ティファニーが再びアレックスに飛びつき、力が抜けきった彼はそれに耐えることが出来ずに後ろへ崩れ去った。
父の救援が間に合ったのである。




