騎士
アレックスは、力の限り走った。
鎧と剣が耳障りの音を立てるが、それももう耳に入らない。
アレックスが賊を発見し、警戒の声を上げた直後、どこからかガラスが破られる音を聞いた。
荘園の中でガラスが張られているのはエミーナの屋敷のみだから、それがどこでなっているのかは明らかだ。
アレックスの声が聞こえていたのなら不意打ちにはならないであろうタイミングではあったが、今屋敷でまともに戦えるのはマリアしかいない。
数人のアレックスを追う影があったが、それは彼の眼には入っていなかった。
彼の眼はひたすら前に向けられ、わずか数十秒走ればたどり着く、エミーナ邸への道のりのみに注がれていた。
走りなれた道のりが、永遠にたどり着けないのではと錯覚させる。
家の角を曲がり、エミーナ邸がアレックスの視界に現れる。
そこには無残に破壊されたテラスの姿が・・・
アレックスは無意識のうちに、腰の剣へ右手を添えた。
剣の柄を握る手に、じっとりと汗が握る。
「お父様、僕に力を貸して下さい・・・!」
アレックスはゆっくりと剣を鞘から引き抜いた。
アレックスの視界に、冷たく研ぎ澄まされた刃と、それに映る月と風に舞う白い花びらが入る。
頭がシンと静まっていくと同時に、体の奥に呼び起される小さな力を感じる。
それは今までのような背筋をなぞるような冷たい感覚ではなく、縮み上がる心を踏みとめてくれるような、そんな力。
父バッツは、アレックスにこう言った。
「『騎士』とは何か?」
アレックスが真剣を抜くのは数度目であるが、その度に彼の心は恐怖に支配された。
それは戦う理由と覚悟がないままに力を手にした結果、剣の持つ「殺せる力」に怯えたのである。
しかし、今回は違った。
アレックスは剣をしっかりと握りしめると、今まさに満開に咲き散らす雪舞の花の木の元を、力いっぱい駆け抜けた。
目に入ったのは無残に砕け散ったテラスの惨状だったが、迷うことなく室内へ躍り込んだ。
まさにその時、マリアが力強く剣を振り下ろし、1人の男に死を与えた瞬間だった。
そしてもう1人の男が、マリアの頭部に向けて一撃を振り下ろさんとしている。
アレックスは室内へ駆け込んだ勢いを落とさず、両手に剣をしっかりと握りしめ、男の背後に向かう。
父の教えが頭を横切る。
「胴を払うときは、切っ先の深さと角度に気を付けること。背骨や肋骨は剣で切り払うことは出来ない。剣が止まれば傷は与えられず、相手の攻撃を防ぐことも出来ない・・・」
アレックスは男の横をすり抜けざまに、胴へ向けて渾身の一撃を放ち、そしてその切っ先は止まる事無く振りぬいた。
「だああぁぁぁ!!」
アレックスの叫び声に呼応するように、彼の切っ先が走る延長に血のしずくが飛び、続いて赤い線が描かれていく。
切られた男はアレックスに向き剣を振り上げるが、それを振り下ろすことなく崩れ落ちる。
アレックスの手に、あのゴブリンを殺めた時と同じような、肉を切り裂く感覚が伝わる。
アレックスは1つの命を奪った。それは同時に、マリアの命を救ったことになる。
今の彼に、それ以上望むものは無かった。
そんなことを考える間もなく、アレックスを追っていた数人の男が室内になだれ込んでくる。
「アレックス!ティファニーを!」
マリアが叫ぶ。
アレックスは瞬時に彼女の言葉を理解し、台所へつながる扉を突き破る。
その時アレックスが見たものは、部屋の隅で怯え寄り添うティファニーとエストの姿、そして裏口に作られた防塞をこじ開け、1人の男が室内に入り込んだ姿だった。
「姫だ!姫はここに居るぞ!!」
男は剣を抜き、エストを目にすると大声で叫んだ。
「うおおおぉぉぉぉ!!」
アレックスは雄叫びを上げ、男に切りかかる。
「アレックス!!」
「お兄さま!!」
2人の声がアレックスを迎える。
アレックスの力の乗った一撃を男は弾くが、お互いに態勢を崩すことは無かった。
男は構え直し、アレックスはティファニーとエストの前に立ちはだかると、2人に声をかける。
「後ろに下がっていろ!」
2人は「はい!」と返事をしながらそれに従う。
アレックスが来た扉からは、恐らくマリーが持ちこたえてくれているのだろうか人が来る気配は無い。
大丈夫、母は世界一強い。
アレックスは目の前の敵に集中した。
1対1ならば、けっして遅れを取ることは無いはずだ。
先に動いたのは相手の方だった。
アレックスは放たれる上段からの打ち込みを防ぎ、身を返して男の胴を払った。しかしそれは難なくかわされる。
(強い・・・、しかしお父様程ではない!)
それから2人は数号打ち合うが、お互い致命的になるような打撃は無かった。
しかし、アレックスが無傷でいられたのは上質な鎧によるところが大きく、この状態が続けば先に倒れるのはアレックスだろう。
再度男からの攻撃を弾き、2人は膠着状態を迎えた。
部屋中に緊張した空気が流れる。
五感は澄み渡り、視覚は男のわずかな動きも見逃さず、聴覚は男の呼吸が聞こえるほど冴えわたっていた。
しかし、それは敵も同じだった。




