夜の警備
その日の夜から、アレックスとティファニー、そしてマリアは、エミーナ邸で寝泊まりをすることになった。
野党の襲撃を警戒し、エミーナ達の警護が目的である。
本来、荘園荒らしは、近くにある荘園を次々と襲撃をしたりなどはしない。
同じ地域の荘園を標的にすれば当然警戒もされるし、国から軍も派遣されるからだ。しかし、今回の件はカリストの話を聞く限り、一帯の荘園が次々に襲われているということだ。
目的は判らないが何か理由があるのであれば、軍が派遣される前の短期間のうち襲撃を繰り返す可能性がある。であれば、今日にでもそれが起こったとしてもおかしくないのだ。
エミーナは荘園を出て、王都に避難することも考えたが、その場合無防備な移動中に野党と遭遇する可能性もあるし、治療は成功したとはいえカリストを連れての移動は困難を極める。
一同は食事を終え、寝るまでの一時を過ごす。
本来穏やかな時間のはずだが、緊張のためか口を開くものはいなかった。
しばらくすると、別室で打ち合わせをしていたエミーナとマリアが室内に入ってきた。
アレックスとティファニーは、この日初めて鎧と剣を身につけたマリアの姿を見る。
マリアの鎧は焼き入れがされた鉄が使われているらしく、全体が黒く光沢を持っている。
所々に金色の装飾がされており、アレックスには一般的な兵士が纏うようなものより上質な鎧に見えた。
手に持つ剣は、アレックスのそれと比べると倍はあろうかという両手剣だ。
父の件と比べても、間違いなく長いだろう。
遠目に見れば、この鎧の戦士を女性だと思うものはいないだろう。
以前エミーナが、エストがマリアに憧れて騎士を目指したと言っていたが、その気持ちがよくわかる。
いつもの優しい笑顔は健在だが、今日のマリアは凛々しく、頼もしく目に映る。
アレックスも今日は、鎧を身にまとっていた。もちろん腰には剣を携えて。
そういえば、エストはアレックスが物心ついた時には既にこの荘園にいた。
しかし、エストはエミーナの侍女である。
いったい何処から来て、いつから侍女をしているのだろう?
「みんな、聞いて下さい。今晩からの計画をはなします」
エミーナの声は穏やかだったが、カリストの手術の影響か、声には明らかに疲労が含まれていた。
「マリアとアレックスは、交代で荘園の見張りをします。エストとティファニーは部屋で休みますが、睡眠は交代でとるようにして下さい」
幸い今日は天気も良く、月明かりも明るいために外を見まわるのは容易だった。
しかし隣の荘園は同じ状況で襲撃を受けているのだから、油断はできない。
「お母さま、お父さまは戻ってきてくださるのでしょうか?」
ティファニーが不安げに尋ねる。
「そうね・・・。話は届いているはずだから、早ければ明日には着くと思う。大丈夫、きっとすぐに来て下さるわ」
優しくティファニーの頭を撫で、笑顔を返す。
その様子をみたエストは、エミーナに目を向ける。
エミーナもまた、マリアと同じように優しい視線を返した。
アレックスは月明かりの中、エミーナの館を中心に荘園の周りを警戒していた。
歩きなれた場所なため、月の明かりのみを頼りに歩く。
松明など持って歩こうものなら、それは弓矢の良い標的でしかないからだ。
月明かりが照らすエミーナの荘園は、幻想的で美しい。
数日もすれば雪舞の花は全て散ってしまうだろうから、まさに今日が見どころといったとこだろう。
例年であれば、雪舞の花の元、庭で酒宴などを設けてもいいくらいだ。
何から何まで昨日の風景と変わらない。本当にこの日常の延長に向けて、そのような危険が迫っているのだろうか?
ふと屋敷に目を向ける。
あそこには今、ティファニー、マリア、エスト、エミーナがいる。
そう、アレックスが愛する人たちがいるのだ。
「もし今夜襲撃が在ったら、僕は戦えるのだろうか?皆を護ることが出来るのだろうか・・・」
震える手を剣の柄にかけるが、鞘から少し持ち上げただけで元に戻す。
金属が触れ合う小さな音が、春の空気に溶け込んでいく。
もしここで刃を目にし、心が恐怖に囚われることが怖かった。




