訪問者
雪舞の花は朝日の中誇らしげに花開き、雪が解けて久しい風景に再び雪のような花びらを見せる。
荘園を貫き流れる小川に浮かぶ白い花弁は、季節の訪れを確実に感じさせるもんだった。
あと数日もすればこの花もすべて散り、訪れる雨季の気配に身を潜めることになるが、それはまだ少し先である。
朝食を終えて少し時間の空いたアレックスは、荘園を出て草原を走り、体を鍛えていた。
こうしていれば剣を振っていないことを不審に思われず、心のわだかまりも汗と共に消えていくような気がしたからだ。
開きはじめは春の花々に、彼が心を止めることは無かった。
あれからアレックスは、剣が握れないままだった。
それができなければ、もちろん騎士になることも出来ない。
父は、そして母は、初めて剣を手にした時、それが持つ死の恐怖を感じることは無かったのだろうか?
死を与えられる恐怖、そして死を与える恐怖。
相手を殺めることが出来る時は、相手もまた自分を殺めようと狙っている。
(死の恐怖を克服するということが、強くなるということなんだろうか?僕はずっと騎士になりたいと思っていたけど、騎士になって何をしたかったんだろう・・・)
自らに問いかけるが、答えは出ない。そもそもその答えは、アレックスの中にあるのだろうか?
柔らかい春の日差しも、アレックスの心を照らすことは無かった。
その時、視界の端に何か動くものを捉える。
一瞬あのゴブリンから受けた恐怖が体をよぎるが、しばらくするとそれは騎影だということがわかった。
忘れ去られた荘園とはいえ、稀ではあるが客人は来る。しかし、その騎馬は街道とは違う方向から現われたのだ。
感じる違和感に、アレックスは腰に剣が在ることを確認しつつ、その騎馬から荘園を立ち塞ぐ場所に陣取り待ち構えた。
しかし、その姿が鮮明になるにつれ、アレックスは顔色を変える。
「誰か!マリアとエストを読んできて!早く!」
アレックスは荘園に入り、近くの農夫に大声で叫んだ。
騎馬は荘園の入口にたどり着くと、騎乗した男性は、落馬寸前の形で地面へ降り立った。
その男は全身数か所に包帯を巻き、その包帯もまだ乾かない血で濡れている。
走り通しだったのか、男も馬も息が荒い。
アレックスはその男に見覚えがあった。
「カリストさん!どうしたんですか!?」
その男は以前、この荘園に仕えていた騎士の従士だった。
アレックスの記憶では、荘園を出た後に別の者に雇われ、ここから1日ほど離れた別の荘園の守護をしていると聞いたことがあった。
「アレックスか・・・、大きくなったな・・・。エ、エミーナ様を・・・」
「はい!すぐにお母様とエストが来ますから!」
満身創痍のカリストはアレックスの返事に答えることも出来ず、ただ荒く息をするのみだった。
ほどなくマリアとエスト、そして事態を察してかエミーナも現れた。
遠目でカリストを確認したのか、エミーナの歩みが早くなる。
「カリスト!どうしたの、その傷は!?・・・アレックス、お湯を沸かして!あと蒸留酒と包帯の準備も!」
エミーナはいつになく緊張した声でアレックスに指示を出す。
アレックスは弾かれたようにエミーナ邸へ走り出し、エストもその後を追った。
エミーナ邸の台所に飛び込むと、竈に残る小さな火種に藁と薪をくべると、鉄鍋に満杯の水を入れて火にかける。
走り抜けるアレックスを見かけたのか、ティファニーも慌てて台所へとやってきた。
「お兄さま、いったい何事ですの!?」
「ティファニー!家から包帯をぜんぶ持ってきてくれ!あと、家の竈にも火を熾して!」
ティファニーはアレックスの緊迫した空気を察してか、事態に対して何も尋ねずにただ頷くと指示に従った。
次にエストが屋敷に飛び込むと、手当をするための道具が入った箱をがさごそと漁り始める。
アレックスは昔、鉈で足を大きく傷つけた時に同じ光景を見た。
恐らく傷口を縫うのだろう。
エミーナはなぜか医学の心得があるらしく、以前も大けがをした近隣の住民が訪ねて来ることがあった。
羊の小腸から作り出した伸縮性の高い糸と、強く湾曲した特殊な形の縫い針を使い、裁縫をする様に傷口を縫っていくのだ。
「アレックス、お湯はできた?」
そんなにすぐに湯が沸くはずは無い。エストも冷静ではないらしい。
「あなたの家でもお湯を沸かしてきて!あとティファニーにも手伝ってほしいから呼んできて欲しいの」
そこまで話した時にティファニーが再度現れた。
「お兄さま、布と包帯をもってきましたわ!お湯ももうすこしです」
既にそれを手配していたアレックスに、エストは微笑んで「ありがとう」と答えた。
非常事態であるが、微かに心が一息付けたことを感じる。
「じゃあ、お湯が出来たら裏口の外に置いて戸を叩いて。絶対に中に入ってきちゃだめよ!あと、火傷に気を付けながらアレックスが運ぶのよ!ティファニーは危ないからダメだからね!」
そういうとエストは2人を屋敷から追い出した。
こんな時にも2人への心配を欠かさないエストに、呆れるを通り越して関心する。




