恋心
アレックスはエストを食いしん坊とからかうが、しばらくすると話題も尽きる。
2人はそれぞれ毛布に包まりながら、時間がただ経過するのを待つようになった。
「じゃあそろそろ休みましょうか?最初の見張りはどっちが立つ?」
夜も大分深けた頃、エストが提案する。
アレックスは少し考え、自信なさげに問いかけた。
「エストは・・・心配じゃないの?さっき言った通り、僕は今剣を怖くて握れない。何かあった時に・・・、きっとエストを護ってあげることなんて・・・」
焚き火に照らされたエストの顔は穏やかだった。
彼女には不安がるような表情は一切感じられない。
小さく「ふふっ」と笑顔を作ると、アレックスに優しく言う。
「心配なんてこれっぽっちもしてないわ。だってアレックスがいるもの」
「だって僕は・・・」
アレックスの唇にエストは優しく指を押し付け、その先の言葉を封じた。
間近に迫るエストにアレックスは固まる。
彼女は唇に触れた手をそっと頬に回すと、反対の頬にお休みのキスをする。
アレックスの体が硬直する。
「大丈夫よ。あなたは何があっても、絶対わたしを護ってくれるもの。じゃあ、先に寝るね?おやすみなさい・・・」
エストは固まるアレックスを余所に毛布に包まり、何事も無かったかのように寝息を立て始める。
アレックスはエストの唇が触れた頬を、そっと指で触れた。
それは毎日、ティファニーやマリアと交わすのと同じお休みのキスだったが、なにか心をかき乱すようなものに感じられた。
花のような微かな匂いが、いつまでも心の中に留まり続けるような感覚。
エストはアレックスが生まれた時から傍にいた。
その時、2人の間に性別はまだない。彼女が女性だと気づいたのも、まだ最近だ。
そして今日気づいたのは、アレックスの心の中に暖かく優しい何かがあり、その輪郭が明らかにエストと重なることだった。
柔らかい月の明かり、揺れる焚き火の明かりに照らされる彼女の寝顔、穏やかな風にそよぐ彼女の髪を、彼は気高く美しいと感じる。
アレックスはこの時、初めて「恋」という言葉の意味を理解する。
それから数度、2人は見張りを交代をしながら、次第に空は白んでいった。
朝日の温もりを感じる頃、2人は馬を並べて荘園へ向かい歩みだす。
アレックスがあまりよく寝れなかったのは、夜の闇が不安だったわけではない。
様々な考えが頭をよぎり、それが眠りにつくのを邪魔したのが理由の一つ。
もう一つは、2人で過ごす夜が過ぎていくのを惜しく感じたからなのかもしれない。
「アレックス、ありがとう。次に町へ行くときは、あなたに護衛をお願いするね」
そう言って笑顔を作ると、彼女は朝日に照らされる林の中へ、足早に馬を走らせる。
きっと荘園では、雪舞の花が見事に咲き誇っているだろう。




