街道までの護衛
アレックス達が生還を果たしてから三日、荘園はすっかりと日常を取り戻していた。
時折アレックスへ、農夫から「騎士様」というからかい半分の声も上がったが、それも間もなく皆の記憶の中に埋没していくだろう。
その日の朝食後、アレックスはエミーナに呼び出される。
またゴブリン事件の罰と称して、重労働を課せられるのだろうか?という不安がアレックスを襲う。
「アレックス、手紙をお願いしようと思うの。一緒に行って街道までエストを護衛してくれる?」
エミーナは食後のお茶を一口飲み、ティーカップを置くとそう言った。
この荘園には外部から人が訪れることはほとんどない。
そのため手紙を出すときは誰かが街道まで出向き、そこを通りがかる商人や旅人、または運よく兵隊が通りかかればそれを託すのだ。
手紙を託されたものは、その目的の町の門兵にそれを渡すと、供託金から多少の駄賃がもらえるという仕組みになっている。
もちろんタイミングよく通行人が街道を横切るとは限らず、また手紙の仕事を請け負ってくれるとも限らない。
また、怪しげな人物に大切な手紙を託すことも出来ない。託された手紙が相手に届かないということも、珍しくないのだ。
アレックスは困惑する。
手紙は今まで、だいたいマリアが街道まで運んでいたから、今回はなぜ自分とエストにその役が回ってきたのだろうか?
街道までは半日ほどかかり、道中も可能性は少ないが危険もある。
運悪く手紙を託せる人に出会えなければ、その日の内に帰ってこられないことも考えられるのだ。
「ぼ、僕がですか?」
動揺するアレックスをしり目に、エミーナは何事もなかったかのように言葉を続ける。
「そうよ?エストはもう用意をしているわ。急がないと今日中に帰ってこれないわよ」
そしてさっさと自室に引き下がってしまった。
呆然とするアレックスに、屋敷の外からエストの声が飛ぶ。
「アレックス、早く準備をして!帰れなくなるわよ!」
「あ、ああ!ちょっと待ってて!」
アレックスは慌てて外へ飛び出す。
「野営の用意は持ったから、あなたは護衛の準備だけお願い」
「・・・うん」
彼は自宅へ駆け込むと、そこにはマリアとティファニーが並んで何か裁縫の手仕事をしている。
「お母様、今から街道まで、手紙の護衛に出ることになりました」
「気を付けて行ってらっしゃい。早く帰れるといいわね」
初仕事だということに気づいていないのか、返事は実にそっけない。
「お兄さま、わたしも一緒に連れていってくださいな!」
ティファニーの我がままをマリアが制す。
アレックスは黙って武具が置かれた部屋の扉を開けた。
ここに入るのはあの日以来だ。
そこにはあの時と同じように、アレックスの剣と鎧が主人を待っていた。
アレックスは剣に伸ばす手を躊躇う。
しかし意を決すると剣だけを手にし、鎧はいつもの皮の鎧をつけて家をでる。
「行ってまいります!」
いつもと違う雰囲気を感じ取ったティファニーが兄を見るが、マリアは黙って針を走らせ続けた。
アレックスはエストの元に走りながら、鞘に付いている革ひもを腰に2回まいて縛り付けた。
今日は剣がやたらと重く感じる。
「さあ急ぎましょう。春だから商人はすぐに捕まると思うけど、遅くなると街道は誰も通らなくなってしまうわ!」
「うん」
アレックスは短く返事をすると、馬房へ向かう。
あの日以来、アレックスはエストと会話をすることが、非常に困難に感じてしまっている。
やがてアレックスは栗毛の馬にまたがり現れた。
エストは剣を携えて馬にまたがるアレックスを頼もしそうに眺める。
「それじゃあ行きましょう。よろしくね、アレックス」
笑顔でそう声をかけると、2騎は雪舞の花に見送られ、草原へと消えていった。
しばらく進むと草原は終わりを迎え、辺りは疎らに木が生える林へと姿を変えた。
「こうして荘園を出るのは久しぶりね」
確かにそうだ。
いったい何時ぶりだろうか?
最近荘園を離れたのは、4ヶ月前に父が城へ勤めに出るのを家族で街道まで送った時だが、その時はエストはいなかった。
あの時は林の木々が全て赤く染まり、落葉の真っ最中だった。
馬が落ち葉を踏みしめる心地よい音に、ティファニーと2人で心を躍らせたことを思い出す。
その時散った葉が、いままさに新しい芽となって息を吹き返しているのだ。
2人は時折馬を競わせ、時折小川で小休止を取りながらのんびりと街道へ向かう。
しかし、時折アレックスが見せる落ち着かない素振りを、エストは目に捉えていた。
やがて日が天頂に昇り、2人に空腹の虫が騒ぎ出す。
「そろそろお昼にしましょうか?」
お昼といっても非常食の干し肉をかじるだけだ。馬上で移動しながらでも、問題なく済ませられる。
「せっかくだから、あそこに座って食べましょう」
エストは川の淵の、小さな草地を指さした。
2人は近くの木に馬を繋ぎ、川べりの草地に腰かけた。
固い干し肉を噛み千切りながら、もさもさと咀嚼する。馬たちも美味しそうに小川の水を飲み始めた。
アレックスもエストも、干し肉の独特の臭みは嫌いではなかった。
2人は猪の胃袋で作られた水袋に入れられた水を回し飲み、ほっと一息つく。
木々が疎らなこの林は、風がよく吹き抜けた。
嗅ぎなれた草原とは違う、微かな土と緑の香は、心を穏やかにしてくれるような気がする。




