表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アレックスとティファニー  作者: そんたく
偽りの英雄譚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/29

水車小屋

 次の日アレックスが目を覚ましたのは、日が昇ってしばらくしてからだった。

 胸の中ではティファニーが小さな寝息を立てている。

 雪舞の花の花びらが1枚、彼女の頬にたたずんでいた。

 昨日マリアに殴られた跡が大きく腫れ、ズキズキと痛む。


 アレックスの気配を感じてか、マリアが部屋へ入ってくる。


「おはよう、アレックス。ティファニーはまだ寝かしておいてあげて。さあ、顔を洗ってらっしゃい」


 アレックスはティファニーを起こさないようにそっと布団を抜け出し部屋を後にする。

 外の空気と朝日を受け、アレックスは小川へ向かった。

 今日は心なしか、景色がはっきり見える気がする。

 ブラシを口に突っ込み歯を磨いていると、いつの間に切ったのか、微かに痛みを感じた。


「アレックス!」


 不意に飛んできた女性の声・・・、エストだ。

 彼女は小走りに、アレックスの元にやってくる。

 アレックスはバツが悪そうに彼女を迎えた。

 エストはアレックスの元に着くと同時に、左手を大きく振りかぶった。


パシッ!


 アレックスの頬を、熱い痛みが襲う。


「ほんとに・・・、血だらけのあなたを見たときは、死んじゃったと思ったんだから!」


 アレックス達を助けにきたのは、エストだった。

 彼女は朝の2人の会話、そして昼間の態度を不審に思い、農夫と共に彼等を探しに出たのである。


「ごめん・・・」


 アレックスは素直に謝り、自分の行いの軽率さを恥じた。


「ゴブリンなんてやっつけても、あなたが怪我をしたらしょうがないじゃない・・・!」


 エストはアレックスの胸に飛び込み、細かく肩を振わせる。

 アレックスはもう少しで、最後のエストの洞穴の思い出に、とんでもない悲劇を刻み込むところだった。


「ごめん、エスト・・・。後でまた行くよ。エミーナ様にも謝らなきゃいけない・・・」


 そう言い残し、アレックスはその場を去った。

 今の彼には、エストの涙に耐えることが出来ない。


 家に帰ると、ちょうどティファニーが目を覚まし、部屋から出てきた所だった。

 不安げな表情で部屋を見回すと、その視線の先にアレックスを見つけた。


「おにいさま・・・?」


 そういうとティファニーはアレックスの元に進み、ギュッと彼に抱きつく。


「ティファニー、ごめんね・・・」


 彼女は黙って首を振った。

 何も言わずにただ、アレックスに回した手に力を入れる。


 それからのアレックスとティファニーは、多忙を極めた。

 朝食を終えた2人は、マリアに再度1から叱責を受け、荘園に住む全ての人に謝罪して回る。


 人々の反応は区々(まちまち)で、激しく叱責する者や笑って許してくれる者、中にはゴブリン退治の武勲を褒め称える者もいた。

 言葉は様々だが、全ての人が最後に「生きていて良かった」と、付け加えてくれた。

 そんな彼等の笑顔を見るたび、アレックスは自分のしたことの愚かさを身に刻んでいった。


 次に2人を待っていたのは、エミーナが与える罰だった。

 2人は村外れの水車小屋の、掃除を命ぜられる。

 粉を挽くための小さな水車だが、普段は1年に1度、荘園総出で行う作業である。

 特に水車部は藻がこびりつき、水の冷たさも相まってそれを全て落とすのは重労働だった。


 2人が作業を終えたのは、日が沈む直前の頃だった。

 アレックスが積極的に汚れ仕事を買って出たので、彼の体は泥だらけである。


「お兄さま、お鼻に泥が付いてますわ」


 そういうと、ティファニーは手に持ったぼろ布でアレックスの鼻を拭う。

 泥は落ちるが汚れは広まり、鼻とさらに頬まで汚れが覆うことになった。

 そんなアレックスの顔を見てティファニーはコロコロと笑い、兄の手から愛くるしく逃げ出した。


「ティファニー・・・!」


 アレックスは彼から笑って逃げようとする妹を呼び止める。

 彼女はアレックスから5歩ほど離れ、エミーナの邸に咲く雪舞の花の木の根本で足を止め振り返った。


 雪舞の花は徐々に花を咲かせていた。

 吹く風が、わずかだがその花びらを乗せていく。


「どうなさいました?お兄さま」


 彼女は美しく咲く花を背に、可憐に笑って答えた。


「皆んなに本当のことを言えばいいじゃないか・・・!あと・・・、どうして僕を責めない?」


 彼の言葉に、ティファニーはキョトンとした表情を浮かべる。


「皆んなに言えばいいじゃないか。・・・お前の兄は、ゴブリン相手に怯えて泣き叫んでいたって・・・」


 ティファニーは兄の言葉を理解すると、クスクスと笑って答えた。


「そんなはずはありませんわ。お兄さまは立派に、勇敢に戦ったもの。だって・・・」


 2人の間を強い風が吹き抜け、日の落ちた空には星々が瞬き始める。

 それは紺色に染まり、暮れる空に舞う雪のような花びらを、艶やかに照らした。

 ティファニーは耳にかかる髪の毛を、小さくかき上げる。


「お兄さまは最後まで逃げ出さずに、わたしを護ってくれたんですもの・・・」


 彼女の眼差しは揺れることなく、真っ直ぐにアレックスを捉えた。

 どんな形であれ、ティファニーにとってアレックスは、彼女の命を泣き叫び怯えながらも護ってくれた英雄なのである。


 こうして小さな荘園に、小さな英雄譚が、1つ産まれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ