洞穴の主
獣道も足場が良かったわけではないが、ここから先は尚更である。
一歩毎に絡みつく草や蔦を、短剣で切り開きながら2人は進む。 所々に突き出す枝が、アレックスの頬に一筋の傷をつけた。
生い茂る木の葉が光を遮り、まだ昼間だというのに辺りは薄暗い。
しかし、先ほど一頻り笑い声を上げた為だろうか、不思議と緊張は解けていた。
そうだ、相手はそもそもゴブリンなのだ、ちょっと剣を振り回して驚かせば、逃げていくに違いない。
たとえ戦うことになったとしても、バッツに仕込まれた剣技がある。歴戦の勇者とはいかないが、剣技でいえばそこらの人に劣るものではないはずだ。
狭い洞穴だ。どう考えてもあそこに住めるのは一匹か二匹、大丈夫・・・、危険は無い・・・。
「ティファニー!すぐに洞穴を取り返してやるからな!」
自然と声が大きくなっていることを、少年は気づいていなかった。
そして、いよいよ目的の洞穴が2人の視界に現れる。
洞穴は小さな崖に、ぽっかりとその口を開けていた。
入口の高さは2リール弱、二人並んで横に立っても、何とかぶつからずにすれ違える程度の大きさである。
子供の遊び場としてはうってつけだ。
洞穴の周りは若干開けていて、剣を振り回す広さは十分にあり、足場も所々木の根が張り出しているものの、ここまでの悪路を考えると大したことは無い。
一陣の風が森の木々を揺らし、アレックスの頬に流れる汗を静かに冷やす。
彼は傍らの木に最後の目印を刻むと、短剣を背中へしまった。
見慣れたはずの洞穴は、彼らを待ち受ける魔物が大きな口を開けているかのように見える。
そして薄暗い森の中、微かな木漏れ日が、洞穴の中にうごめく「何か」を照らした。
アレックスは全身の汗が引くのを感じる。
「お・・・、お兄さま!」
「あ、ああ、わかってる。下がってろ・・・」
アレックスは動揺するティファニーを手で下がらせると、逆にゆっくりと一歩前へ踏み出す。
足は鉛のように重く、洞穴まで気が遠くなるほどの距離があるかのような錯覚に襲われる。
自分の鼓動が耳障りに感じるほど、激しく脈打つ。
「だ、大丈夫、相手はゴブリンだ・・・、気圧されなければ・・・!」
アレックスは意を決し、鞘から剣を抜き放つ。
しゃーっと小さい音を立て、両刃剣が手に現れた。
研ぎ澄まされた、冷たい刃がアレックスの目に入る。
初めてそれを見た時と同様、冷たい何かが背筋を走り抜ける気配を感じた。
アレックスは剣を両手で握り、ゆっくりと正面で構えた。
切っ先を真っ直ぐ洞穴の中の何かに合わせる。
「てぃやあああぁぁぁぁぁっ!」
肺いっぱいに空気を吸い込み、自分の恐怖ごと追い払うように気合の声をあげた。
声が木々や壁に反響し、辺りにこだまする。
近くで鳥が飛び立つ音が聞こえた。
洞穴の中の気配が一瞬動きを止め、ゆっくりと木漏れ日の中に姿を現す。
(・・・小さい?)
その姿はアレックスの予想以上に小さかった。
腰は曲がっているが、真っ直ぐ立ったとしても彼より頭一つは低いだろう。
むき出しの歯茎からは4本の犬歯が飛び出し、不快は色の液体がしたたり落ちる。
全身に生える疎らな体毛、身長の割に短い脚と、それに反して奇妙に長い腕。
その腕にはどこで拾ってきたのか、刃渡り50シール程の錆びついた鉈が握られていた。
ゴブリンである。




