君の隣に俺はいない
BSS作品になります。お手柔らかにお願いいたします。
「か、か、佳奈絵! お、俺……」
今日こそ想いを伝えると決めていた。それなのに、喉の奥でつっかえてるみたいにその先の言葉が出てこない。
「ん? どうしたの、慎二?」
続きを促すかのように、彼女は俺の顔を覗き込んでくる。朱色に染まった陽の光のせいなのか、彼女の頬は心なしか赤くなっている。
学校からの帰り道、周囲に人影はなく俺と彼女の二人きり。
この機会を逃せばこんな機会は二度と訪れないかもしれない。
そんなことはわかっている。わかっているはずなのに……。
「えっと……」
またチャンスはある。二人きりになれる時間なんていくらでも……。
それより今の関係を壊したくない。彼女に拒絶されてしまったら今まで通りにはいなくなる。
――ならいっそのこと、絶好のタイミングが来るまで待とう。
そんな考えが頭をよぎった。
「ごめん、やっぱなんでもない」
結局俺は先延ばしにするという最悪の選択をしてしまう。
「そっか……」
彼女の表情に変化はない。だか、俺の言葉を聞いた彼女はどこか寂しそうに見えた。
「私、待ってるから」
彼女の言葉の意味は分からない。俺が告白するのを待っているという意味なのか、それとも俺が諦めるのを待っているという意味なのか。
「あ、ああ……」
俺たちはお互いその後口を開くことはなかった。
次の日朝、通学途中に彼女から声をかけられた。
「よ! 慎二くん! 今日はいい天気だよ!」
まるで昨日のことなどなかったかのように、けろっとしていた。
「昨日も晴れてわけだし、それ言うなら今日もいい天気だろ」
「アハハ、そうだねぇ~」
彼女と話をしていると、昨日の選択は間違っていないように思えた。こんな風に話すことができるのだから、無理して告白する必要なんてなかったのだ。
俺たちには俺たちのペースがある。今はこの関係を大切にしていこう。
俺、後藤慎二には木村佳奈絵という幼馴染がいる。
まだ小学生にもなっていない頃、佳奈絵は隣の家に引っ越してきた。
窓を開けると、すぐそこに佳奈絵の部屋がある。佳奈絵と初めて言葉を交わしたのも窓越しだった。
ある日、何の気なしに部屋の窓を開けたら目の前に佳奈絵の顔があった。
俺が「うわぁ!」と驚くと、佳奈絵も同じように驚いた。その様子がツボにハマったのか、今度は二人とも笑いだした。
「わたし、かなえっていうの。あなたは?」
「ぼくはしんじっていうんだ」
俺たちはこの時からお互いの存在を認識し、話すようになっていった。
佳奈絵とは小学校、中学校、そして高校まで同じ学校に通った。時間にしておよそ十年、両親を除けばもっとも長い時間を共に過ごした仲になる。
いつの頃からか、佳奈絵に恋心を抱くようになった。嬉しいことがあると、花のような美しい笑顔になる佳奈絵のことを、俺は堪らなく好きになってしまっていた。
佳奈絵の容姿が大人びていくのに連れてその想いは強くなっていった。佳奈絵のことを思い浮かべて、人には言えない行為に及んでしまったことさえある。
しかし、俺には自分の気持ちを伝える勇気が持てなかった。友達以上恋人未満、幼馴染という関係にどこか居心地の良さを感じてしまっていたのだ。
佳奈絵と一緒にいられるならそれでいい。俺たちには恋愛なんてまだ早い。
そう、自分に言い聞かせていた。
それが、一生の後悔に繋がるなんて思いもしなかった。
★★★★★
「なあ、後藤。お前木村と付き合ってるのか?」
まだ太陽が辛うじて沈んでいない部活終わりの夕方、そんなことを聞かれた。
聞いてきたのは同じクラスのイケメン、紅晃。部活の片付けが終わってちょうど帰ろうとしていた時、俺は紅から呼び出された。
「いや、付き合ってないよ」
「じゃあ、俺が木村に告白していいってことだな?」
Noとは言えなかった。誰にだって告白する権利はあるし、それを邪魔する権利もない。たとえその人に恋人がいたとしても、告白するか否かは自由なのだ。
「大丈夫だ」
「本当に、いいんだな?」
佳奈絵は待ってると言っていた。俺が想いを伝えない限り、きっと誰かと付き合うなんてことはしないだろう。
根拠もないのに妙な自信があった。紅はきっとフラれる。フラれなかったとしても、佳奈絵は答えを保留するだろう。
「いいよ」
「わかった。後になってから、何か言うなよ」
だから俺は許可してしまった。
俺はわかっていなかった。紅が真剣だと言うことを。本気の想いをぶつけられた時、人は心が揺り動かされることを。
あれから数日が経ち、佳奈絵からも紅からも何の音沙汰がない。
やはり佳奈絵は紅からの告白を断ったのだろう。
俺もうかうかしていられない。今はまだ大丈夫かもしれないが、佳奈絵に愛想を尽かされてしまうかもしれない。
そうだ、今度佳奈絵を映画に誘おう。佳奈絵が観たいと言っていた映画が最近始まったばかり。二人きりになるいい機会だ。
そして今度こそ、俺は佳奈絵に告白する。
そう思っていた矢先――
俺は見た。見てしまった。
佳奈絵と紅がキスしているところを。
俺が近くで見ているというのに、二人の顔は磁石のようにくっついて離れようとはしない。お互いがお互いに夢中で、俺のことなど眼中に入っていないのだろう。
俺はその様子を呆然と眺めていた。案山子のようにただ突っ立っていることしかできなかった。
「んふぅ……」
しばらくすると、二人は息が切れたのか唇を離した。そして間髪入れずに額を突き合わせ、互いに見つめ合う。
佳奈絵の瞳は潤んでいた。あれだけ長い時間口づけしていたのに、まだもの足りなそうな顔をしている。
俺がいるのは体育館倉庫の裏、人があまり来ない場所。告白スポットとして学校内で有名だ。
俺がそんなところにいたのは、部活で必要な道具を取りに来たからだった。
「あ……」
目が合った。
「――ッ!」
叫びたくなる衝動を必死に抑え、俺は全力でその場から走った。
どこに行けばいいのかはわからない。ただどこか遠くへ行きたかった……。
それから俺は佳奈絵から距離を取るようになった。廊下ですれ違えば目を逸らし、佳奈絵が声をかけてきても無視した。
佳奈絵の顔を見ると、あの光景がフラッシュバックして吐き気を催すようになってしまったからだ。
次第に佳奈絵もそんな俺に声をかけてくるようなことはしなくなった。
当然、窓越しに会話するようなことはなくなり、佳奈絵の部屋のカーテンも閉まっていることが多くなった。
そんな空虚な日々を過ごしていたある日のことだった。
本来その日は部活の合宿のはずだった。
バスに揺られ移動している最中、天気予報になかった雨が急に降りだした。時間が経っても、雨が止むことはなかった。
部活は外でやるものであったため、合宿は中止となってしまった。バスは学校に戻りその日は解散となった。
家に着いた頃には辺りはすっかり暗くなっており、雨は霧状になるくらいには収まっていた。
こんなことなら合宿を継続しても問題がなかったのでは? とも思ったが、安全を考慮した結果なのだろう。
ベッドで横になろうと部屋に入り、照明のスイッチに手をかけた時、俺はあることに気付いた。
佳奈絵の部屋から明かりが漏れている。他の部屋は電灯が点いていないのに、佳奈絵の部屋だけが点いていた。
窓を覗くと、佳奈絵の部屋のカーテンに二つ影があった。一つは佳奈絵のもの、もうひとつは……。
考えるまでもない。紅のものだった。
そして二つの影は激しく動きだした。ギシギシとベッドが軋む音、甲高い艶かしい声が俺の部屋まで響いてくる。
心が……壊れてしまいそうだった。
あ……ああああ…………。
俺は悟った。
佳奈絵は俺とはもう別の道を歩んでいるのだと。紅と共に生きていくことを選んだのだと。
俺は長い間佳奈絵を想い続けてきた。その想いは佳奈絵に届かず、紅の想いに敗れ去った。俺の想いよりも紅の想いの方が強かったのだ。
俺の方が先に好きだったのに……。
………………
…………
……
「本当に良かったのか? 後藤のことが好きだったんだろ?」
「うん……好きだったよ。でもね、今は晃くんのことが好き」
「ありがとう、とても嬉しいよ。でもどうして、俺のことを?」
「私、初めてだったんだ。男の子に好きだって言われたの」
「意外だな。てっきり後藤は言ってるもんだと思ってた」
「ううん、慎二はそんなこと言ってくれなかったよ。きっと、私のことを兄妹にみたいに思ってたんじゃないかな?」
「そっか……俺はちゃんと言うぞ! 佳奈絵、好きだ!」
「うん! 私も!」
最後まで読んで頂きありがとうございました。