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牧田との交流は別段、言うほどのものでもなかった。淡い友人関係に過ぎなかった。
彼との出会いは、文学系のグループの集まりでだった。彼は小説を書いていて、僕も小説を書いていた。もっとも二人共、未熟の段階にあるのが互いにわかってはいたが。
そのグループは作家の卵の集まりという風で二十代が多勢を占めていた。三十代もいたが、全体的に若者の雰囲気を持っていて、人生これからという感じだった。
それはある同人誌を媒介としてゆるく繋がったグループだった。その打ち上げで、僕は牧田と出会ったのだった。顔見知りが大半だったが、牧田とはそこで始めて会った。
酒の席という事もあって、別段の緊張なく会話をした。僕は今でも彼の仕草を覚えている。彼は机の上の、箸袋を丁寧に折りたたんでか紋様のようなものを作っていた。それは手癖だったのだろうが、妙にそれが綺麗だったのを覚えている。
少し話して、作家とか哲学者の話になり、話ができる人だなと思い、アドレスを交換した。そんな、よくある感じだった。
実際の所、その時には僕はその文学志望のグループに見切りをつけ始めていた。彼らと話してよくわかったのだが、彼らは別に文学そのものには興味を持っていなかった。古典文学の話などを振っても、興味がなさそうな様子を見せるのが普通だった。その代わり、誰々が新人賞を取ったとか芥川賞、直木賞を取った話などは好んでしていた。そのグループからも新人賞を取った人が二人出ていた。
当然の事とも言えるが、彼らは作家になる為に本を読んだり何かを書いたりしているのだった。その過程において、迂遠な古典作家などは大した興味の対象になっていなかった。一応読んでおく程度か、全然読んでいない人もいた。彼らにとって憧れの対象は、現代に生きている同時代の作家、それも日本人作家に限られていて、そんな風に「作家」になりたいと思って日夜努力しており、その為に、僕などが考える文学という概念とは全く違うものをそこに見ていた。僕は、古典文学に打ちのめされる経験から文学に興味を持ったのだが、そういう経験がある人は、文学関係の人にもほとんどいないとようやく気づき始めていた。
そうした中では、牧田は僕と近い存在と言えた。絵画や音楽に明るく、文学に対しては、詩を中心に美的なものを見出そうとしていた。川端康成や芥川龍之介、三島由紀夫なんかを評価していて、文体の美について彼はよく語っていた。彼にとっては形式としての美が芸術の本質であって、思想や内容よりもその絢爛たる様が彼の耳目を引いたのだった。
彼と僕とは気が合って、二人で会う事もあった。彼が、僕の事をどう思っていたかは今もよくわからない。僕を評価してくれていたのか、なんとも思っていなかったのか。今となってはよくわからないが、彼が芸術に対してまっすぐ直接的な興味を持っている部分と、僕が哲学や文学に直接興味を持っている部分は共鳴していた。少なくとも僕の方ではそんな風に感じていた。