71
「この花々の匂いと思い込み、私がひそかに流した、先ほどとは別の種類の香料をお二人ともに吸い込まれましたね。油断されましたな」
「何だい」
縫が緊張感の無い声で言った。
花をひとつ手折り、鼻へと寄せる。
「この花の匂いじゃなかったのか」
言い終わると同時に縫の身体が跳ね上がり、無法丸の頭頂部に右手をついて、逆立ちの状態になった。
左手には紫の花。
それも束の間。
無法丸の首へと両腕を回し、背負われた格好となる。
無法丸の顔に自分の顔を近づけ、二人の顔の間に紫の花を持ってきた。
「てっきり、花の良い匂いだと思ったのに! ねぇ、無法丸」
無法丸は答えない。
「このきれいな花たちを寝床にして、これから二人で甘いひとときを過ごそうと思ってたのにさー」
縫の言葉に無法丸は何の反応も示さない。
「はははは!」
楽法が大笑いした。
「どうやら遅かったようですね。お二人のお楽しみは、あの世で続けられるが良いでしょう。すでに音を聞き、匂いを嗅ぎ、眼を見てしまいましたので、もはや逃れる術はありませぬよ」
楽法がいっそう琵琶を激しく、かき鳴らした。
「あとは私が命令するだけ。今さら耳を塞いだとて、完全には音を防げない。まあ、塞ごうとしても見過ごしませぬが」
「なるほど、その手もあるのか」