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「ぶちかますぞ!!」
虎造が咆哮した。
無法丸と縫は林の中を駆けていた。
「それほど遠くには行けないはず」
無法丸が言った。
「それなら良いけどね」
縫が答える。
二人は木々のまばらな開けた場所に出た。
一面に紫の花が咲いている。
二人は花の中へと踏み入った。
「良い匂いじゃないか」
縫が笑顔を見せ、花を愛でる。
無法丸の片眉が、ぴくりと動いた。
「おい!!」
無法丸が怒鳴る。
「違うぞ! これは」
無法丸が、そこまで言ったところで突然、琵琶の音が鳴り響いた。
ゆっくりとした旋律。
二人の背後の林から、楽法が現れる。
「やあやあ、お二人様。ここでまた出逢うとは、何やら縁を感じまするな」
楽法が言った。
琵琶の演奏は続けている。
無法丸の顔が曇った。
「そのご様子だと」
楽法が続けた。
「私の術の仕組みには気づいておられるようですね」
薄く笑った。
「琵琶の音、匂い、視線、それぞれの相乗効果で暗示をかけ、最後に独特の発声で術に落とし、相手を操るといったところだろ?」
無法丸が言った。
「さすがでございます」
楽法が琵琶を奏でながら、軽く頭を下げた。
「崖の上では早々にそれを見抜き、匂いをお嗅ぎになるのを防いだようですが…」
楽法の眼が、ちらりと周りの花を見た。