44
「ターシャ」
華阿弥がターシャの両肩に手を置き、口を尖らせ、顔を近づける。
「いやーーーっ!!」
今度は華阿弥の左頬をターシャが思い切りぶった。
「『時間管理局』のルールで、ここまで事情を知ったお師匠様の私に関する記憶を消去しなければなりません」
ターシャが悲しげに告げた。
「そうですか…その前に、今のびんたで記憶が無くなりそうでしたよ」
左右の頬を真っ赤に腫らした華阿弥が答えた。
ターシャが左手首の光る帯を右手の指で何やら叩きだす。
ぴっぴっぴっと、かん高い音が響いた。
「それじゃあ、これからお師匠様の私に関する記憶を消しますね」
「どうせ消すなら、最後にちょっとだけでもお願いします!」
「師匠っ!!」
ターシャの大声に、華阿弥は抱きつこうとする動きを止めた。
「すみません」
華阿弥が謝った、次の瞬間。
眼も眩む強烈な閃光が起こった。
それと同時に。
「華阿弥お師匠様、ありがとうございました。さようなら」
ターシャの声が華阿弥の耳に聞こえた。
光が消えた。
檜舞台には、華阿弥だけが座っている。
「ん?」
華阿弥が言った。
「稽古の途中でした…か?」
怪訝な表情。
華阿弥の記憶から、ターシャに関するものは完全に消えていた。
「おや?」
華阿弥が驚く。
「これは…女人の甘い香り…」
辺りを見回す。