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濃霧の中をこちらに近づいてくる影がある。
「カーミラ」
近づいてくる影が呼びかけた。
女の美しい声だ。
虎造を磔にしていた黒衣の女、カーミラの顔に動揺が走った。
「詩音か」
カーミラが言った。
霧の中から、美しい女が姿を現した。
顎の辺りまでの長さの銀色の髪。
銀髪の左側に、黒色の三つの大輪の花を型どった髪飾りをつけている。
顔色はカーミラと同じく抜けるように白い。
柔らかい曲線を描く眉毛は髪色と同じ銀。
大きく、くりりとした栗色の瞳の上部には長く整った、まつ毛。
そして、その上には紫の染料が眼の縁に沿って塗られていた。
鼻筋の通った鼻。
紅を引いた艶やかな唇。
全面に白い曼珠沙華の華模様をあしらった紫色の着物を、すっきりと着こなしている。
両手には透けたレースの黒手袋。
右手にキセル。
黒い帯の上には一輪の大きな赤い華が挿してあった。
詩音と呼ばれた女がカーミラの赤い瞳を見つめた。
「また、悪さをしているのか?」
詩音が呆れたように言った。
カーミラが後方へ跳んだ。
まるで体重が無いかのように、瀕死の虎造とお龍を飛び越え、ケルベロスの隣へと舞い降りる。
「お前には関係ないことじゃ。勝手気ままに生きる、お前にはな」
カーミラが詩音に言った。