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無法丸は舌を巻いた。
縫の艶っぽい肉体にではない。
無法丸は、たとえ眠っていたとしても自分に近づく者はすぐに察知できる。
寝込みを襲われるのは武芸者にとっては命取りであるから、それは当然と言えた。
しかし、この縫という女。
最初に現れたときも、まるで気配が無かった。
優とトワに無法丸が同行すると知るや、無理矢理くっついてきて、なし崩しに同じ部屋で泊まると言いだした。
優とトワの向こう側で寝ていたはずが、いつの間にやら無法丸の上にのしかかり、果ては唇まで合わせているとは。
しかも、無法丸が夢の中の日向と混同するほどの隠形の技。
(忍びか?)
しかし、今まで無法丸が出逢った忍びたちとは、まるで違う。
何とも不思議な女。
それが、この縫であった。
「無法丸」
縫が囁いた。
「今なら、くそがきたちも寝てる。大丈夫だよ」
真顔だ。
無法丸は大きなため息をついた。
虎造は渡世人だった。
諸国を廻って博打とケンカ沙汰で稼ぐ。
まあ、あまりにあこぎな所業には手を染めないと決めていたから、善良な男と言えるかもしれない。
歳は三十。
十で家を飛び出してから、ずっとこの世界のわらじを履いている。
身体は大柄で頑丈だった。
大きな両拳で相手をぶん殴り、素手のケンカで負けたことは数えるほどしかない。
ごつごつとした顔と、がっしりした肉体には無数の刀傷があり、これまでの激闘を物語っている。
太く荒々しい二本の眉毛の下に鎮座する、獣のように爛々と輝く両眼でにらまれるだけで、チンピラ風情なら縮み上がって道を空ける迫力を持った男。
それが虎造であった。




