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そして、こう言った。
「お前にはもう、教えることが無くなった。俺は次の弟子を捜すから、自由に生きるが良い」
男は無法丸の元を去った。
無法丸は不思議と寂しくはなかった。
男に対しては技を教えてくれた感謝はあったが、それ以外は何の感情も湧かない。
おそらくは男の目的が常に露骨に感じとれたせいであろう。
剣術にしか興味がない男に対して、顔も思い出せぬ父親への思慕めいたものを重ねたり、身代わりにすることはなかった。
ただ、いつも心にぽっかりと穴が空いているような虚無感はある。
それは何をしても埋まらなかった。
無法丸は当面、その穴は無視すると決めた。
まずは、この世を生き抜くのが、一番大事だと考えた。
分からないことは後回しにするべきだ。
自由になったのだから、まずは自分の名を決めた。
何ものにも縛られず、己の思うままに生きたいと「無法丸」とつけた。
それから、諸国を一人旅し始めた。




