第四話
陛下はあれから政務にお戻りになりました。
私はというと初日という事もあり異例ではありますが、ご好意で私と一緒に来てくれた騎士とメイドと私で慰労会?的なお食事をさせて貰い、いつものメイドにお風呂に入れて貰い、寝る時間になりました。
陛下は先王が崩御されて3年という事もあるのか、結婚式等の行事のせいなのか、その両方なのかとてもお忙しくまだ政務をしていらっしゃいます。
……やっぱり、同衾ですのね。
私は存在感の大きい巨大で豪奢なベットを見て今夜からの事を考えました。
一応、初夜用のナイトウェアもあるのだけれど……今日は使うべきじゃないわよね。普通のにしましょう。
寝る準備を粛々としていると、陛下がやってきました。
「お疲れ様でございます、陛下。お先にお風呂などは済まさせていただきました」
「疲れただろう」
「いえ、大丈夫ですわ」
「先に寝ていて良い」
そう言うと、陛下はお一人でバスルームに入って行かれました。
陛下はお一人でお風呂に入るのね。
寝てて良いって言われても……正確には初夜では無いけれど初めての夜なのに寝てて良い物なのかしら?
初夜の心得は教えて貰ったけれど、清い関係のまま同衾する作法何て教えて貰ってないし……。
とりあえず、本でも読んで待っていましょう。
「起きていたのか」
30分位で陛下はナイトガウンを着て出てきました。
「やはり、初めての夜なので……待っているべきかと……」
そう答えた私は、なんと本日4回目の口付けを受けることになりました。
そして、トータル6回目ですが今までで一番長いです。
誰も見ていませんが、とても恥ずかしいです。
いつか慣れるのでしょうか?
「姫、貴女を幸せにする」
ヤダー。こんな薄着で口付けをされて、真剣なお顔でそんなセリフ言われたら……。
「……」
何て言ったらいいのでしょうか。
「姫、抱きしめても?」
「……はい」
陛下は私を抱きしめてベットに横になります。
「待たせたな。疲れているのに。……おやすみ」
陛下はそう言うと、私の髪を撫でます。
おやすみと言いつつ、陛下は目をつぶりません。
どうしていいか分からず、陛下を見つめてしまいます。
「どうした?」
「陛下はお休みになられないのですか?」
「姫を寝かしつけてから寝る」
「……」
「寝れないか?」
「殿方と一緒に寝るのは初めてなので……」
「すまない」
「いえ。私が嫌がる事はしないと仰ってくれたので。きっと数日で慣れると思います」
「そうか。まず、目をつぶってみたらどうだ?」
「そうですね」
陛下に言われて目をつぶります。
陛下の大きい手は優しく私の頭を撫でます。
「おやすみ、姫」
目をつぶったまま私も答えます。
「お休みなさい、陛下」
……チュンチュン。
朝ですわ。意外とあっさり熟睡してしまいました。
目を開けると、陛下と目が合います。
「……!!」
危うく、うわぁ…などと言いそうになった所を王女のスキルで我慢しました。
「姫、良く寝れたようだな」
「はい。おかげさまで」
あら? 陛下の目は赤い様な気がします。
「陛下はあまり寝てらっしゃらないのですか?」
「姫をずっと見ていた」
ん……? 見ていた? ずっと? 私の寝顔を? 寝ないで?
「だ、大丈夫ですか?」
色々と。
「幸せな時間だった」
陛下は穏やかに微笑みました。
「……そうですか」
やはり、私に一目惚れされる方は普通では無いのかもしれません。
「今日は王宮を案内する」
「そうなのですか。ありがとうございます」
私が微笑んでそう言うと、朝一番の口付けをされました。
そして、そのままメイド達が来るまでずっと口付けをされたので、今日はもう数えるのを止めました。
初日からこんな感じで、口付け以上の事は本当にされませんでしたが、口付けは異常にたくさんされました。
一応、二人っきりの時だけでしたが……。
陛下は政務を私はお妃教育をして、寝室に戻ると数えきれない口付けをされて頭を撫でられ抱きしめられて同衾する日々。
あっという間に一か月が経ちました。
そして、結婚式当日です。
やはり、我が国が衣装に威信をかけたように結婚式もそれはそれは気合が入った豪華な式でした。
特に、この日の為に国力を注いで作った花嫁衣装はもちろん素晴らしく、国王陛下の正装である黒と金の軍服も二人の髪の色と偶然一緒で、私達の衣装は完璧な対になっていました。実際に、私達の登場の時には来賓の感嘆の溜息が溢れていました。
そして、陛下は宰相から『人前で口付けたり抱きしめたりするのは結婚式くらいにしていただきます』と、言われていたので、人前でも抱きしめたり口付けを遠慮なくしてきます……。
宰相から許可?済ですし、陛下と私の仲の良さを結婚式で国内外にアピールするのは両国にとって悪い事では無いので私は素直に受け入れています。人前では久しぶりなので恥ずかしいのですが……。
今日の場合は、口付けも抱きしめられるのも公務の様な物だと自分に言い聞かせています。今日こそ王女としてお妃教育の成果を出さなければ。
パレードも王宮でのバルコニーでの挨拶でも、陛下にはたくさん口付けされましたが、私はやりとげました!! 陛下を受け入れつつ、新婚らしく絶妙に照れつつ、幸せそうな笑顔で私は全てをこなしました!!
あくまでも王妃らしく!!
だって、宰相の許可は今日限定です。今日を乗り越えたら人前でこんな事は二度とされないのです!!
そう割り切れば羞恥心を凌駕して王妃らしく出来ました!! 誰かに褒めて欲しいほど!!
そして、宴の席です。
陛下の希望で、長い椅子に二人で座る事になりました。もちろん、抱きしめやすく口付けしやすいようにでしょう。何という口付けへの執念。
ここまで来ると、やっぱり陛下は立派な?ドSなのかしら……と、思えてきます。
こちらに来て一か月。陛下は私が嫌がる事を一切なさらず、お優しかったので忘れそうになっていましたが。
所構わず何度も口付ける陛下。今日ほど陛下がドSっぽいと思った日はありません。
そしてさらに今日は、私の3人の兄達も宰相の息子も天才魔術師も来ています。
そして、隣国のドS王子である王太子も。
陛下だけでは無く、ドSを3人も相手にしなければいけないなんて。
今日の式だけで、私は結構な体力と気力を消費しています。ですが、本番はこれからでしょう。
兄達は私達の仲が良すぎる姿に苦笑しつつも、たった一人の妹が国王陛下に寵愛を受けている事実をとても喜んでくれ心からのお祝いを言ってくれました。
そして、ドS王太子ですが……。
「国王陛下、王妃殿下、本日は誠におめでとうございます。お二人共輝くばかりにお美しい。恐れ多い事ですが、特に王女殿下の余りの美しさに叶わなかった夢を思い出してしまいました」
流石、安定のドS王太子です。後半、王女殿下と言ったのはワザとでしょうか?
相変わらず、切なそうな顔と声で悲劇のヒーローを演じて下さいます。
「今日は良く来てくれた。礼を言う」
陛下が簡潔にお礼を言ったので、私も王妃の笑みで答えました。
「せっかくのお祝いの席です。王妃殿下、私に殿下と踊る名誉をお与えください」
うわー。踊りたくないわ……けれども、陛下とのファーストダンスは終わっているので、ここで断る訳にはいかないのが外交の難しい所です。私が言える言葉は残念ながら一つしかありません。
「ええ、もちろん喜んで」
そして、王妃の微笑です。
心の中では、今日もまた指を痛めつけられるのでしょうね…と、不安でいっぱいなのですが。
ドS王太子は、優雅にエスコートして下さりダンスが始まります。
あら? 今日は普通に踊って下さるわ。指の代わりに足を踏むという事もありませんし……。流石に大国の王妃になった私に配慮して下さっているのかしら?
そう思っているとダンスが終了しました。
手の甲に口付けする時です。
「……!!」
初めて踊った時と同じ、指輪を一番痛く指に当てて下さいました……。
今日は無いと思っていたので、油断していたせいか思いっきり痛い顔をしてしまいました。が!! ドS王太子は策士なので、やはり私がお辞儀をして一番顔を伏せたタイミングで攻撃してきました。
今回も誰も気づかないでしょう。
安心しきった所にドS行為……これは、精神的にもダメージが大きいです。
たった一回で肉体的にも精神的にも攻撃してくるなんて……本当に彼はキングオブドS以上の完全無欠のドSです。
「本当に、貴女が人の妻なのが残念でなりません……」
痛めつけた手を離さないまま、天使の様な笑顔で言う王太子。
いえいえ、こちらは本当に貴方が夫じゃなくて良かったですわ。
「まあ、お上手ですこと」
まだ与えられる痛みと本心は隠し王妃の笑顔で答えます。私に出来るのは完璧に王妃の仮面をかぶるだけです。なにも反撃出来ないのが悔しい様な気もしますが。
「姫!! 僕とも踊って下さい!!」
まだ、王太子がいるのに声をかけてきたのは……天才魔術師でした。
正装をしている彼は、本当に天使の様です。
一難去ってまたドSです。
王太子から私の手を奪う様に握ります。
「……っ!!」
突然の事と新たな痛みに、王妃らしからぬ声を出しそうになりましたが何とか耐えました。
「あっ!! 姫、指を怪我されていますよ!! これは指輪の痕!! 王太子殿下!! ヒドイです!!」
天使の様に綺麗な美声は思った以上に人々の注目を集めました。
そして、皆に見せつける様に私の痛めた指を魔法で治します。
「姫……お可哀想に……」
天使の様な容姿の14歳の彼が涙目でそう言うと周りが流石にザワつき始めました。
「王太子殿下……残念です。殿下はお優しい方だと信じておりましたのに」
追撃するように言ったのは、なんと宰相の息子でした。
「王妃殿下、もしかして私の指輪が間違って当たっていたのですか? 申し訳ありません、お優しい殿下は私に気づかせないようにして下さったのですね」
ドS王太子は王太子で、得意の表情をしてらっしゃいます。
やはりドSが3人そろってしまうと、私の我慢や努力など完全無視なのね?
ドS3人の攻防が始まってしまいましたが、ここで王妃となった私が守らないといけないのは不本意ながらドS王子です。
「ええ。前回もそうだったのですが、王太子殿下の指輪が当たってしまって……。ですが、故意ではないと私は分かっておりますので、どうかお気になさらずに」
少しだけトゲを含ませつつ、私は聖母の様な王妃スマイルをして一応彼を庇いました。何と言っても、彼は隣国の王太子です。どんなにドSだとしても王妃としては友好の為に笑顔笑顔です。
もちろん、もうこれ以上話を大きくしないでと、ドS3人への牽制でもあります。
「姫……お優しい。姫は昔からお優しいですね……」
天使の顔に涙目という最強の武器を持って攻撃する天才魔術師。
「……そうですね。王妃殿下がそう言うなら……王妃殿下の仰る通りです。王太子殿下、申し訳ありませんでした」
絶対にそう思ってないような言い方で宰相の息子もまた追撃します。
「いえ、私こそ王妃殿下の優しさに気づかず……とんでもない失態を。王妃殿下お許しください」
こちらもキラキラした涙目で私に訴えるという対抗手段をしてきました。
「もちろんですわ。どうか王太子殿下、今日の宴を楽しんでらして」
私はそう微笑み、私の一回目の制止まで完全無視したドS3人に再び、もう終わりです解散!!と、態度で告げたのでした。
なのに。
「王太子殿下。踊られる時は指輪を外したらどうだ? 流石に三回目があれば私も黙っていられない」
陛下まで参加されてしまいました。
陛下の淡々とした口調は本当に次は無いと言う風に聞こえます。
陛下の静かな怒りに周りは緊迫します。
それと同時に、会場の空気が王太子に対して冷たい物になりました。
一連の会話で、皆様の中にも王太子が私の指を傷つけた事実が二回もあったとインプットされてしまったので。
「……申し訳ありません。ご忠告痛み入ります」
不利な状況下でも、得意の困った様な笑顔で王太子は答えました。
「今までは偶然だったろうが、次からは故意では?と、思われる。殿下は気をつけるべきだろうな」
一応の譲歩を与えながらも陛下がきっぱりそう言うと、流石に分が悪いと思ったのか王太子は笑みを消し礼をして静かに去って行きました。
「姫!! 僕と踊って下さい!!」
天使の様な美声で天才魔術師が言います。
彼の無邪気な姿と行動で、周りの空気が和むのを感じました。
これを利用しないと、流石に王太子の国の方達が不憫だわ。
「ええ」
14歳の彼は、初々しい感じでリードします。
そんな彼を周りはほのぼのと見ています。
「ちょっと、やり過ぎじゃないかしら?」
私は彼に小声で言いました。もちろん笑顔のまま。
「そうでしょうか? 姫の指をあんなにするなんて許せません!!」
貴方だって何度も同じ以上の事をしていたのに。貴方がそれを言うの?
……そう思いましたが、そこには触れずに言いました。
「各国の方がいらっしゃってる場ですよ? 私が耐えれば収まる事だったのだから」
「僕は嫌だったんです。王太子の様な人間にだけは姫の痛がる顔なんて見せたくなかった!!」
「……」
何となく、彼が言いたい事が分かりました。
同じドSとして、他のドSが私を痛めつけるのが許せないって事ですわね。
だから、この前も今日も私を助けたのね。
はぁ…ドSの独占欲と嫉妬なんて知りたくなかったけれど。
「そういえば、いつから「私」から「僕」になったの?」
「僕が私と言っていたのは年上の素敵な女性の前で大人ぶりたかったからです。でも、その女性と会えなくなってから僕と言った方が僕の魅力が発揮されると気づいたので」
天使の笑みで言う彼はとても純粋そうに見えるのに、言っている事は少しの健気さと、それ以上の黒っぽさを感じさせます。
なるほど。天使の様な美貌の彼は、僕という一人称に合せて口調も幼くしているのね。今日、私を皆の前で姫と呼んだのも幼く見せる演出なのかしら。
「……そう。また、しばらく会えないでしょうけど体には気をつけなさい」
彼の成長を複雑な思いで感じながらも、彼とのダンスは無事に終わりました。
「王妃殿下。今日という良き日は私ともダンスをして下さいますよね?」
宰相の息子が昔の様に嫌味っぽい言い方で誘ってきました。
彼は私の父である王から私に近づくなと言われています。でも……。
「そうですわね」
今日は特別です。それにしても、彼と踊るのは久しぶりです。
15歳で公の場に出るようになってダンスをする時は彼とばかり踊っていたので。
「相変わらず、ダンスも笑顔も完璧すぎますね」
「そうね。おかげさまで」
昔なら彼の言葉に傷ついただろうけれど、私も強くなりました。
彼の嫌味に笑顔で答えます。
「……姫が選んだ夫が国王陛下で良かった。王太子殿下なら耐えられなかった……」
「殿下は貴方以上ですものね」
やはり彼も同じドSに、しかも自分より強力なドSに私を渡すのは耐えられないみたいですわね。
私がそう言うと、彼は苦笑しました。
「姫もお分かりになりますか。今更、信じられないかもしれませんが、私は貴女の幸せを心から願っているのです。貴女は私達の様な人種を選ばなくて正解です」
「……陛下は、貴方とは違うけれど……」
でも、ドSですわよね……。大きい部類で言ったら同じなのでは?
「陛下は私達とは全く違います。陛下は姫を傷つける事は絶対になさらないでしょう。だからこそ、姫の選択を嬉しく思っておりますよ」
え? 全く違う? 確かに陛下は私を傷つけた事なんて一度も無いけれど。
「……貴方には陛下はどういう風に映っているの?」
「姫を溺愛する、優秀な君主として映っておりますが?」
「……そう」
「今日の私の言葉は、姫の結婚へのせめてもの祝福ですから。嘘はありませんよ」
「……」
いつの間にか曲は終わり、宰相の息子は手の甲に口付けして去って行きました。
もしかして、陛下って……。
「王妃、私とも踊って下さい」
陛下が誘ってくださいました。
「ええ、もちろんですわ」
陛下は相変わらず安定したリードをしてくれます。
「陛下……王太子殿下にあんなにハッキリと言ってしまって良かったのですか?」
「ああ」
「ですが、友好の為にはあそこまで言う必要は無かったのでは?」
「私は姫を守ると言っただろう?」
私はプロポーズの言葉を思い出しました。
「それに牽制も必要だ。脅しを周囲に見せるのも大国の王として必要なのだ。気にするな」
確かに陛下の言葉をドS王太子も周囲も忘れないでしょうし、彼は私にドS行為はもうしないでしょう。
「……陛下」
「姫の優しさと我慢強さは美徳だが……私に頼れ、きっと守る」
「……」
「もちろん、姫の様な外交も確実に必要だ。その時は姫に任せる」
陛下は私の気持ちも、王妃としての努力も分かって言ってくれている。
それでいて『姫を一生守る』この言葉を誠実に実行して下さったのね。
ヤダ……私の陛下カッコ良すぎるわ……。
……それに、やっぱりとてもとても優しい。
「陛下、貴方が私の夫で私は本当に幸せ者です」
「私もだ」
陛下の穏やかな笑顔。今思うと、最初に聞かされていたように、陛下の笑顔を見た事のある人がいないなんて信じられない。基本的には陛下は無表情なのも知っているのだけど。
そうだわ。正解はあちこちにあったのに。
私は思い込んでしまっていたのね。
陛下ごめんなさい。陛下は私の事を分かってくれていたのに。
私やっと、陛下の事が少し分かりました。
そして、自分の気持ちも……。
陛下……大好き。私、世界で一番貴方が大好きです。
「陛下……」
初めて私は陛下に口付けを強請りました。
陛下は踊りを止めて、愛を込めて口付けして下さいました。
こんな時、周りなんて気にならないのね。
初めて皆の前で口付ける陛下の気持ちが分かりました。
私の中にあるのは陛下への溢れるばかりの愛です。
陛下も同じはずです。
幸せだわ。とっても幸せ。きっと陛下もそうなのですね。
やっと、答え合わせが出来た様な気がします。
陛下を知りたい、本当の陛下を。陛下の全てを知りたい。
……でも、私だけでは解けない問題があるのだけれど……。
陛下は答えを下さるかしら?
陛下…何故、私に一目惚れしたと求婚したのですか?