陛下の気持ち 2
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姫に国として正式に求婚した後、姫との顔合わせの日が決まった。
そして、宰相と幼馴染の近衛隊長が私の執務室にいる。
「いいですか、陛下。普通なら大国の王の求婚が断られる事などまずありません。が!! 今回は違います。王女と王太子と我が国の3か国は、隣国であり同等の歴史と伝統がある国です。だからこそ尊重しあい友好的な関係を長年築いてきました。その結果、陛下と王太子が王女とお会いし、王女が決めるのが一番平和的ではないかとの話になりました」
なるほどな。ライバルが他の国の王太子なら別だが、長年隣国として良い関係を築いてきた3か国故にか。我が国が大国だからと強引に姫を娶ってしまえば、明確な上下関係が出来てしまう。そうなれば長年の友好関係はあっさり崩れる。それは3か国共、一番避けたい所だろう。
ならば、姫が個人的に選ぶという形が最善か。
「今回は大国という、こちらの優位は全く役に立ちません。陛下自身のお力で王女に選んでいただきませんと」
「そういう事になるな……」
「ですから、今日は陛下に対策をお教え致しますので頭に叩き込んで下さい。当日、その場にいるだろう近衛隊長もちゃんと聞くように」
宰相は顔合わせには参加しない。
なので、私と幼馴染の近衛隊長に厳しい口調で言った。
「分かった」「了解です」
私と近衛隊長が答えると、宰相はコホンと咳をして講義を始めた。
「まず、ライバルである王太子ですが、金髪碧眼の見目麗しく優しく優秀と評判のお方です。簡単に言えば女性の憧れの王子様ですね。優秀さ以外は陛下と真逆のお方です。そんな王太子に勝つにはどうしたらいいか? 陛下と王太子は真逆だからこそ、あえて同じ武器で戦うのです」
「同じ武器?」
「王太子の武器は天使のような笑みと優しさです。陛下が同じ武器で戦えばどうなるか? それはギャップとなるのです」
「……ギャップ?」
「恐れながら陛下は、笑顔を見せない冷酷無比な王と言われています。そんな陛下が笑顔と優しさを見せれば、王太子の笑顔や優しさを簡単に凌駕出来るのです。なぜなら王太子と陛下の容姿は真逆だからです。王太子の武器は想定内。陛下の武器は予想外。しかも、このようなギャップに多くの女性は弱い」
「という事は、姫に笑顔で優しく接したらいいのか?」
「そうです。しかも、普通の笑顔と優しさで結構です。それだけで王太子以上のインパクトを与えられます。間違っても、いつものように言葉少なで無表情にならないで下さいよ」
「……そうか。思ったより簡単だな」
「簡単ですかね~? 今まで笑顔を見せないように教育されてきた陛下なのに」
私が答えた後、幼馴染の近衛隊長が言った。
2歳年上の元帥の息子である彼は宰相と同じように私に遠慮がない。
宰相は隊長の言葉に眉をピクリと動かした。
「……普通の笑顔でいいのです。一番簡単で効果的な方法を古参の者と必死で考えたのです。やれますよね? 陛下?」
「大丈夫だろう」
「うーん、笑顔をクリア出来たとして優しさをアピールするのはどうするんですか?」
「それも考えています。陛下、初めての挨拶のポイントは姫を誉め、姫に会えた喜びを伝えるのです。それから、姫の話や質問に丁寧に答えるのですよ。一言で返すのは厳禁です」
「常に簡潔に言うように教育された陛下に出来ますかね~」
宰相の後に、また隊長である幼馴染が口を挟む。
「……いつものように「よろしく頼む」ではなく「今日は美しい姫にお会い出来てとても光栄です。良き一日になるようによろしくお願い致します」と言えばいいのです。流石にこれくらい言えるでしょう?」
「そうだな、難しくはない」
「言葉は難しくないですが、それプラス笑顔ですよ~。本当に出来ます?」
「お前は、いちいち何なのだ!!」
私が答え隊長が口を挟み、宰相は隊長に怒鳴った。
「いやいや、陛下とは俺が5歳で陛下が3歳の時からの仲ですが笑顔の陛下なんて見たことないですし。まして、女性にそんな風に話した所なんて見たことないんで。この国に足りないのは王妃だけ。この国の悲願でしょう? 出来るかどうか念を押してもいいじゃないですか」
「……そうだ。この国の悲願だ。だから、出来る出来ないではない。やらなければいけないのだ。分かりますね? 陛下?」
「そうだな」
「うーん、いくらその場に俺が居るといっても、陛下を笑顔にしたり言葉をちゃんと言わせるのは俺には出来ませんしね~」
「陛下にお任せする部分は大きい。だが、お前もフォロー出来る所はして貰わないとな。きちんとお前のすべきことはして欲しい」
「俺が出来るフォローですか~。例えば5年越しの想いが溢れて陛下が姫を襲ったら姫を助けるとか?」
「ふざけるな!! 大げさじゃなくこの国の一大事なのだぞ!!」
「だからこそですよ~。だって、姫は陛下にとって「初恋の君」じゃないですか。初恋は男にとって大きいものですよ~」
「陛下を何だと思っている? 陛下じゃなくても顔合わせの席で姫を襲ったりする馬鹿はいない!!」
「あはは。冗談ですって。でも、陛下。俺からもアドバイスを。女は強引な男が好きな場合もありますが、ほぼ初対面での強引な行動は引かれますよ? しかも、陛下は優しさというギャップで勝負しなきゃいけないんですから、怖がらせるようなことは絶対にしちゃダメですよ? これは真面目な話です」
好き勝手に宰相に言っていた隊長が私を見て言った。
彼なりに私を本気で心配してくれているのは分かる。
「分かっている。姫に怖がられては勝ち目はない」
「そうですよ~。ただでさえ怖がらせやすいんですから。それと、俺の経験から女は男の自慢話も嫌いますからね。陛下は女性と雑談なんて経験ないでしょ? だからって話題の提供に腕自慢や知識自慢なんてしちゃダメですよ」
「そうか。それにしても姫は「初恋の君」になるのか?」
「え? そうだから姫に求婚するんじゃないんですか?」
「姫の存在は大きいし特別で大切だ。だが、恋心と言うより尊敬に近い気がする」
「へー。そうなんですか。どちらにせよ、初恋っていうか5年越しの想いっていうのは隠すんですよね?」
「そうだ。陛下も絶対に忘れないでください。陛下は最近の王女に一目惚れをしたと求婚したのです」
即位してから他国の宴には出ていない。
独身の王が宴に出ると周りが騒がしくなる。それが嫌で平等に欠席していた。
しかし、行事や式典には出ていたので遠くから姫を見かけたと言っても信じて貰えるだろう。
「分かっている」
「うーん。3年も求婚を待ってトータル5年も想うなんて、立派な初恋だと思うんですけど~。それに「初恋の君」って結構嬉しくないですかね~? アピールポイントだと思うんですけど?」
「もう決定した事だ。ただでさえ、3年も王妃がいない状態は普通ではない。実際あらぬ噂もある。陛下の5年の想いを邪推されたらどうする? 時間もなく失敗が許されないのだ。だからこそ簡単で効果的な方法を考えたのだぞ? 姫に求婚する理由も一番無難な物にするのは当然だ!!」
このままでは宰相と隊長のケンカになりそうだ。
それに圧倒的に劣勢の私にリスクの少ない方法を教えてくれる宰相は正しい。
「宰相。5年越しの想いは隠す。そして、笑顔で優しい言葉で話す。その他のアドバイスも理解した。大丈夫だ」
「信じていますよ、陛下。陛下の想いと国の悲願を叶えて下さると!!」
「俺も信じますよ。王女が王妃になって貰えるように、一緒に行く俺達も出来る事は何でもすると話してますから。メイド達だって王女が来たら誠心誠意お仕えすると言ってますからね」
この3年、王妃問題はこの国の一番の不安要素になっていた。
宰相や隊長だけではなく、他の部下達やメイド達も王妃を期待し協力しようとしているのか。それに応えなければな。
「ありがとう。教えて貰ったことを無駄にしない」
私が真剣に言うと、幼馴染の隊長は私に歩み寄り背中を軽く叩く。
「正直、本気で陛下の5年物の初恋を心配してたんですけど、尊敬の気持ちなら大丈夫でしょう」
2歳年上の幼馴染は、私を安心させるように言った。
2歳年上で剣の才がある彼に10年以上勝つ事は出来なかった。
私の弱さを誰よりも知っていて軽口で励ましてくれる彼は時に兄の様になる。
彼の軽口は宰相にとってはイラつくのだろうが、私にとってはいい意味で緊張が解れる。
当日も彼が側にいてくれる。
それは私にとって心強かった。
そして、本当の意味で彼の偉大さを私は後に知るのだった。
____顔合わせ当日
遠くからでも分かる、美しく可憐な少女……。
姫が優しく微笑んで私を出迎えてくれている。
だが、これは王女としての笑みだろう。
初めて会った日の笑顔ではない。
その事実にショックを受けた。
今まで生きてきた中で一番……。
「よろしく頼む」
挨拶をしなければ……。
反射的にいつもの言葉を言ってしまう。
まさか自分がこんな思い違いをしていたとは。
私にとって姫は5年間ずっと特別な少女だった。
だか、姫にとって私はほぼ初対面の相手にすぎない。
当たり前の事実で正しい反応なのに、こんなにも胸が痛むのか。
「はい、こちらこそ、大国の国王陛下にお会いできて光栄でございますわ。よろしくお願い致します」
姫が笑顔でそう言う。そうだ、笑顔……そう思っても表情も口も動かない。
私はかろうじて首を縦に動かした。
「……早咲きの薔薇が見事に咲いている場所があるのです。どうぞこちらへ」
姫は明るく言ってくれるが、ほんの少しの戸惑いを感じた。
私はそれに動揺し、また首を縦に動かすだけしか出来なかった。
……まずい。笑顔で優しい言葉が掛けられない……。
「陛下は薔薇はお好きですか?」
姫は優しい声で質問してくる。
答えなければ。
「普通だな」
しまった。一言で返してしまった。
少しでも話を広げなければ。
「……そうですか。私は好きですわ」
「何色が好きなのだ?」
「何色でも好きですけれど……やはり、赤が一番好きですわ」
「覚えておく」
……一応、会話にはなっているか。
「陛下は何か好きなお花はございますか?」
「……スズランだな」
正直に言ってしまったが、良かっただろうか。
「スズランですか。私も好きですわ。可憐ですものね」
北の地に咲く、可憐だが強い白い花。
どこか姫を思わせる花だ。
「純粋が花言葉だからな」
姫のように。そう言うべきなのに……。
「そうなのですね」
それと、もう一つ。
私が一番好きな花言葉を伝えたい。
「再び幸せが訪れる」
「え?」
「もう一つの花言葉だ」
何故言えないのか?
花言葉のように姫に再び会えて幸せだと。
いつも通り簡潔に言うだけで精一杯とは……。
「陛下は博識ですのね。それに、可憐な姿に素敵な花言葉のスズランがお好きだなんて……」
「意外か」
しまった。これは知識自慢になるのだろうか?
「嬉しい意外さですわ」
姫は言葉通り嬉しそうに微笑む。
これは王女の笑みでは無いように見えた。
胸がドキリとする。
「どういう意味だ?」
「陛下のお優しい御気性が垣間見れた気がして……」
初めて会った時と同じ優しい笑み。
5年間、ずっと思い出していた姫の笑顔だ。
その瞬間、姫が光り輝いて見えた。
世界が揺れ胸が熱くなる。
「……」
私は立ち止まり、姫の顔を見つめた。
なんて、清らかで美しいのか。
そういえば、姫は私に怯えない。
それどころか、嘘の無い言葉で私を優しいと……。
触れたい。姫に。
私は右手を姫の頬に添えた。
「……優しいのは姫だろう」
初めて会った日と同じ、姫……貴女は優しい。
そして、あの日以上に姫……貴女は美しい。
驚いたように姫は少し口を開けて私を見る。
その熟れた果実のような赤い唇に吸い寄せられる。
……姫……。
「陛下ーーーー!!」
幼馴染の大きな声が聞こえた。
「……なんだ?」
「…き…今日はまだ顔合わせの機会に恵まれただけですよ!! まだ、陛下と王女殿下の婚約が決まった訳でもありませんっ」
「……そうだな」
……私は何をしようと……。
口付けようとしたのか? 姫に。
「無作法をした……」
姫は許してくれるだろうか……。
「……いえ、お気になさらず……」
姫を見ると姫の頬は赤い。
怒っているのでは無い。
照れているように見えるが。
「国王陛下。今日は王女のもう一人のお相手である隣国の王太子殿下もいらっしゃいますし、我が国の王太子の誕生祝いの宴があり他国の方も大勢いらっしゃいます……ですので、どうか……」
姫の騎士が言う。
尤もだな。
「そうだな。自重する。すまない」
頭を下げた後、姫に顔を向ける。
私を見る姫の目は、好意に満ちて見えた。
かつて女性にこんな目で見つめられた事など無い。
しかも、見つめているのは私の大切な姫だ……。
酔った時のような浮遊感に襲われる。
何か、何でもいい言わなければ……。
「初恋の君に会えて浮かれていた」
何を言っているのだ? ……よりによって、こんな……。
「……陛下と私はいつ頃、どこで初めて会ったのでしょうか?」
もう、隠すのは無理だな。
「5年ほど前だ。ちょうど、この庭だ」
「えっ?」
「姫は薔薇で怪我をしていた」
「そうですか……陛下が我が国にいらっしゃっていたなんて知りませんでしたわ……」
「我が国の高官の息子という事にしていたからな」
「そうなのですか……」
姫の頬から赤みが消える。
ショックを受けているように見えた。
……宰相の言う通り、5年越しの想いは隠すべきだったか。
何から何まで教えを守れず、破ってしまった……。
一番に注意された事すら。
本当に私は浮かれていたのかもしれない。
何故、浮かれたか。
それは……。
落ちてしまったからだ。
姫に。
しかも、初恋という一番厄介な恋に。
たぶん、次で陛下の気持ち完結予定です*.+゜




